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56.洞窟は暗い

 遅くなってもなんでも早く王都に向かえばいいものを、私が取った行動は少しお高いテントと家具を交換することだった。


 怒られたくないのだ。

 それにエドルドさんだって悪いし……。

 別に私がいなくても少し前の生活に戻るだけだし、探しすらしないんじゃないか。


 ーーそんなことを思っている自分がいる。


 その感情が人に迷惑をかけ続けることとなることくらい分かっている。頭ではちゃんと理解しているのだ。



 洞窟の外から拾ってきた枝と落ち葉でたき火を作り、小さな火を落とす。メラメラと燃え出す枝葉を長めの枝でツンツンと突き、身体を丸める。


 これからどうしよう。

 ここですぐに『王都に戻る』という選択肢を選ばねば、私はもう二度とあのギルドを使うことすら出来なくなるだろう。王都のギルド長とやらがどれだけ偉い役職なのかは分からないが、怒らせてしまったことにより、ギルドで仕事を受けられなくなるかもしれない。

 ドラマで目にする『二度とこの業界で働けると思うなよ!』という光景が脳裏に浮かぶ。前世ではどうか知らないが、この世界では現実に近いのではないだろうか。

 そもそも私のSランククエストを処理しているのはエドルドさんだったのだ。高ランククエストはまず回ってくることはないだろう。派手に動いていれば目立つし、まだ例のお貴族様にも探されている。


 頭を下げた次の日に、お貴族様に高値で売られてしまうかもしれない。

 エドルドさんはそんなことをする人ではないと信じたいが、お貴族様はプライドが高いのだ。エドルドさんの貴族の面をほぼ目にしていないが、裏切った私をどうするかなんて想像がつく訳がない。


「帰りたくないな……」

 口に出して、そもそも『帰る』家なんてないだろうと自分で自分を嘲笑する。


 産まれた村にすら私の家族はいない。

 軟禁小屋は『家』ではないし、お貴族様だって一度私を捨てたならば家族でもなんでもない。

 私を家族と認め、私も家族と認めたのはレオンさんだけだ。王都にはレオンさんが勝手に購入した家があるが、からっぽだ。何もない。誰もいない。そんな家に帰ったところでいるのはワガママな私だけ。


 いっそのこと、これからずっとこの洞窟で過ごすのもいいかもしれない。


 家出少女のような、なんとも子どもらしい発想だ。

 前世であったなら、じゃあこれからの食事はどうするの? 病気した時は? と問い詰めたい所だが、今の私にはそれを突破出来てしまう力があるのだ。

『癒やしの聖女様』と同じ力を使えば病気くらいへっちゃらだ。ポイント交換を使えば食事にだって困らない。他の人達が恐れる魔物だって私には収入源でしかない。狩って狩って狩りまくって。数年前みたいにテントで暮らせばいいだけのこと。ううん、あのときよりもずっとポイント交換というシステムに慣れてきているはずだ。内容だって少しずつではあるけれど、増えつつあるし、豪遊だって出来る。魔物が枯渇すれば困るだろうが、そうなったらその時に考えれば済むことだ。チート能力をこんなことに生かすなんて……と前世の私は呆れるかもしれないが、何が有意義かなんて時と場合によって変わるものなのだ。



 いいじゃん、洞窟生活!

 生活を豊かにするためのカラフルなマットやマグカップ。ポットにクッションまで出して、一人暮らしを謳歌する。


 テントで寝る日とは別に、カーテンを設置してベッドで寝る日も作った。

 久しぶりのシュラフもキャンプっぽくていいが、慣れたキングサイズのベッドはダイブすればふわっと跳ね返るくらいにふわっふわ。

 その日の気分で洞窟の模様替えをして、三食+おやつは美味しいものを食べる。

 レオンさんと会う前、そして会ってからもポイントを貯め込んでいたため、いくら使っても余裕があった。


 お金なんてなくても豪遊は出来る。

 時間など関係なく、襲ってくる不安は山の魔物達を狩り続ければ収まってくれる。

 最近ポイントをがっつり使うことがなかったから、なくなるんじゃないかって不安なんだと思う。だから狩った。狩って狩って狩って。数日もすれば危険を感じ取った魔物はいなくなってしまったが、少し離れた場所へと足を運べば他の魔物がいた。だからそこでも目に入ったものにはひたすらに武器を振りかざした。

 帰りは転移で一瞬。

 また明日移動するのも面倒なので、帰る前に現在位置を登録するのは忘れない。

 登録名は『セーブ地点』

 いちいち考えるのも、目印を探すのも面倒だった。


 洞窟へ転移すればドッと疲れが押し寄せる。

 疲れる訳ないのに……。

 身体の不具合が起きたかと、寝る前にはいつも回復魔法を自分の身体にかける。そうすれば少しだけ楽になれる気がして、結界が切れていないことを確認してから溺れるように眠った。




 食事にすら興味を持たなくなってきたのはいつからだろうか。

 最後に何を食べたのかすら思い出せないが、倒れなきゃいい。目の前の魔物の種類を認識することもなく、ただただ狩っていく。アイテムをストームで回収して、全てポイントに変換していく。

 こうなってくるとチート能力ですら、私を虚無へと引き込む要因でしかなかったが、それでも構わなかった。


 楽しみなど何もない。

 なぜか壊れた家具が洞窟に散乱していたが、それすらも気にならなかった。

 出しっぱなしのベッドに埋もれて魔法をかける。

 その繰り返し。

 今日も明日も明後日もその先もただただ狩って寝るだけ。


 不思議と洞窟に帰ることだけは止めなかった。

 ふとした瞬間に「ああ、帰らなきゃ」と頭に過るのだ。

 私は適当に選んだあの場所を『帰る場所』と認識していたのだろう。



「さみしいな……」


 王都を飛び出してどれくらい経った頃だろうか。

 私の口からぽろりとこぼれ落ちた。

 けれどその意味なんて分からない。分かりたくもなかった。分かってしまえば正気に戻ってしまう気がして、感情に蓋をした。

 ぐるぐると何十も紐で括って、重りを乗せる。

 これで変なことを考えずに済む。


 ーー安心した途端、それを邪魔する者が現れた。


「なら帰ろうぜ」

「え?」

「好きなもん奢ってやるからさ、一緒に飯食おうぜ」

 私へと手を伸ばすその人は、見覚えのある真っ赤な髪を揺らしながら笑う。

 たき火の日と良く似た色のはずなのに、不思議と安心感がある。


「レオンさん」

 その名前を口にすれば、我慢していたものが一気に溢れ出す。


「なんで。なんでっ、こんなところに、いるんですか!」

 涙がぽろりと溢れ、滴だったはずのそれはすぐに滝へと変わった。ダムは決壊し、歯止めを失って流れ続ける。


「娘が行方不明になったと聞いたら飛んでくるのが父親ってもんだからだよ。まぁ聞いたというよりも問い詰めたんだが」

「なにしてるんですか……」

「俺だけのけ者にして、他のSランク冒険者に捜索依頼を出したエドルドが悪い」

「そんなもの、出てたんですか?」

 まさか捜索依頼が出されていたとは……。

 しかもSランク冒険者を動かすとはなかなかだ。

 当然ながら難易度の高い上級依頼になるにつれて依頼料は上がっていく。Sランク依頼となれば一つ出すだけでも目が飛び出るほど高い。特に捜索依頼は期間が長期化することも多く、値段の相場が一定ではない。さらに受けてくれる冒険者が少ないのも特徴だ。だからこそ依頼者は値段をつり上げざるを得なくなってしまう、というのが現状だ。


 エドルドさんがギルド長の権力を使った可能性もあるが、それでもSランク冒険者達を動かすのは重労働であることに変わりはない。


「俺も昨日知った。予定を聞いてきたはずのロザリアがあれ以降全然手紙送ってくれないし、来てもくれない。おかしいと思って王都に行ったらロザリアもメリンダも姿はない。初め、エドルドは友人の元に泊まりに行っているだけだって言ってたんだが、一向に帰ってこなかった。だから問い詰めたら、メリンダ状態で姿を消したと口を割ったんだ。一晩探して、翌日から俺とレオニダ婆さんを除くSランク冒険者全員には出したってこともその時初めて知った」


 全員って……。

 いくら全体数が少ないにしても、3人を除く全てとなると結構な数がいるはずだ。一国のお姫様ならともかく、平民一人捜すのに動員する数ではない。

 探す側もそこら辺の小娘を探すのに躍起になっているとは想像もしていないだろう。


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