53.本日三人目の重要人物
もう今日はなるべく移動しない方がいいだろう。
精神力も0に近い私はすごすごと図書館へと向かう。
昨日借りた本はまだ読めていないが、どうせ物語性がある訳でもない。②はまだ返却されていないようだ。そして昨日はあったはずの④も不在。どうやら私と同じ時期にこのシリーズを読んでいる生徒がいるらしい。私には全く楽しさが見いだせないのだが、そんな私が借りているせいで飛び飛びで読んでいると思うとまだ見ぬ相手に少しばかりの罪悪感が募る。1日1巻ずつ読んでいるとなると、少しずらした方がいいか。もしくは逆走するのも手かもしれない。昨日は借りてしまったが、なるべく図書館内で済ませておけば次の来館時には借りられる状態になっているはずだ。読んでいる学生が複数人存在しなければ、の話だがさすがにそこまでは構っていられない。
とりあえず今日は前巻と並べて置かれた最終巻を手に取り、席に座る。
いつもの窓際席は調べ物をしている生徒に使われていたため、不自然にぽっかりと空いた席の中央を陣取る。
図書館の中央だから空いているのだろう。
ーーそう思った十数分後、私は自分の頬を殴り飛ばしたい衝動に狩られることとなる。
なんでグルメマスターの婚約者が前に座っているの!?
しかも彼の手の中にあるのは、先ほど私が手に取ろうと思っていたもの。
ちらりと見えた『スポーツ力学⑤』の文字に、仲間だと思って席を確保されたのだろうかと思わず身体を震わせてしまう。けれど彼は何かアクションを起こすこともなく、ただただ平然とページをめくるだけ。
ではなぜよりによってこの座席を選んだのだろうか?
他にも席は沢山、と周りを見渡して合点がいった。
ちょうどこの席の左右上下5席分がまるっと空けられているのだ。つまり空洞のこの席は元より王子様の予約席であった。
普段から周りを気にしていなかった私も私だが、ここまで精神を削られることが起きると、今日は厄日か? と自分の運を疑いたくなってしまう。
けれど唯一の幸運を上げるならば、彼への注目度が前の二人よりもうんと低かったこと。
周囲の生徒達は席を空けはするものの、彼自体への興味は薄いらしい。漫画やラノベである『王子だわ! 王子がいらっしゃるわ!』的な展開はなく、誰もがそれぞれの時間を静かに過ごしている。
もしやこの王子、ただ単にこの周囲を自分のスペースと認定しているだけなのだろうか。
思えば、前世の電車でも指定席を決めている人は多かったように思う。普段乗らない電車に乗ったら、ガラガラに空いているのに隣に腰を降ろされるということを何度か経験している。
友人曰く、自分の席が埋まっていたからその隣を取ったのだろう、と。
試しに目的地ではない駅で降りると、隣の席に座っていたその人は私が座っていた場所に移動していた。
目の前の彼もそうなのではないだろうか。
これ以上メンタルを削られたくはない私はものは試しと本を抱えて立ち上がる。
そしてほどよく離れた場所で本棚に隠れ、今し方座っていた場所を確認した。すると何ということだろう。王子様は私の座っていた場所に移動したではないか。心なしか顔が緩み、自分の特等席に腰を落ち着けられたことを安心しているようにも見える。
貴重な知識を与えてくれた前世の友人に感謝の念を飛ばしつつ、私は適当な場所に腰を下ろす。
それにしてもまさか王子様回避が一番楽だとは思わなかったわ。もちろん彼は前者二人とは違い、私に興味を持っていなかったというのも大きいだろう。恋愛漫画ではよく、共通の趣味や物を手にしていると話しかけられやすいとあったが、実際やられたらたまったものではないのだ。
ペラペラとめくりながら文章を追いかける。
最終巻だけあって、まとめのような項目が多い。
それも前に14巻執筆した経験が生きているのか、1巻目とは比べものにならないくらい説明がわかりやすい。いっそ最終巻だけ読んでスキル習得でいいのではないかと思ってしまうレベルだ。
これを読んだ後にわかりにくいものを読まなければいけないのか。後ろから読む作戦は失敗だったかもしれない。すっかりスポーツ学のポイントを押さえてしまった私は、これからまだ10冊以上も読むことを想像して、思わず大きなあくびが出てしまう。
早く終わらせようと思っていたが、分散させた方がいいかも? なんて思いながら、棚へと返却する。今日は他の巻を読む気もなくなったため、新たに手にとったのは絵本だった。
私はこの国の有名な童話を何一つとして知らないのだ。
童話も有名なものくらい押さえていないと、常識知らずと思われてしまうかもしれない。
これを機会に手にとってみるのもいいかもしれないと思ったのだ。
『救国物語』
絵本の棚に置かれていたありきたりなタイトルのそれを選んだのは、2頭身で描かれたイラストが可愛かったから。
ただそれだけの理由で選んだその本の主役はなんと『癒やしの聖女』と呼ばれる少女だった。その称号なら私も持っている。けれど絵本に描かれたその少女は私とはまるで違っていた。
優しい両親の元で育った少女は怪我を治す力を持っていた。優しい少女はそれを人のために使い、彼女の噂は瞬く間に広がっていった。隣村から隣町へ。はたまた山を越し、領地をも越え、ついには王都にいる王様の元へと届いた。不思議な力を持った少女に興味を抱いた王様は、田舎の小さな村に住む少女を王都へと呼び、身体の弱い息子の病気を治してくれと頭を下げた。すると優しい少女は「わかりました」と首を縦に振り、たちどころに王子様の身体を癒やしていった。息子の元気な姿にたいそう喜んだ王様は是非息子の妻にと少女を望んだが、少女はゆっくりと首を振った。少女は王都に来るまでの馬車の中で、何人もの病気で苦しむ人々を見てきたのだ。少女は彼らも自分の力で癒やしてあげたいと願った。だから王子様と結婚することは出来ないと告げた。少女の優しさに感動した国王様は彼女に聖女の称号を与え、全面的にバックアップすることを約束した。国王様の支援を受けた少女は各地で癒やしの力を振るった。
どんなに小さな村でも王都に住まう貴族でも、お礼に大金を払うと約束してくれた人でもお金を持たぬ人でも皆平等に。
国や領土も関係ない。
やがて人々は彼女を『癒やしの聖女』と呼ぶようになった。優しい彼女の元にはいつだって人が集まり、仲間として共に大陸を渡り続けた男の一人と結婚したらしい。子を成し、孫が出来、その身体が老いてもなお、癒やしの聖女は人のために力を使い続けた。
物語の最後のページには彼女の肖像画と共に名前が書かれていた。
『ロザリア』
まさかの名前被り。
私の名付け親は何を思ってこの名前を付けたのだろうか?
意外とメジャーな名前とか?
けれど私はかの聖女様になれそうもない。
同じ力はあっても、スタート時点からまるで違うのだから仕方ない。
今後も私が回復系の魔法を人のために使うことなどないだろう。使うとしたらレオンさんくらいかな。それでもレオンさんのためではなく、私のためだ。
元気のなくなったレオンさんなど見たくないのだから。
あ、癒やしの力って老いにも使えたりするのだろうか?
絵本なので詳しいことは書かれていない上、脚色されている部分も多いだろう。
これ、同じものを手元に一冊おいておこうかな。
初版発行年を確認すると今よりも300年以上前の年が印字されていた。かなりのロングランにしてベストセラー絵本で間違いはないだろう。
王都の本屋さんに置いてあるといいな~。
こうして異世界転生して初めて購入する本を絵本に決めたのだった。




