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52.逃げるが勝ちなのは逃げきれたらの話

 グルメマスターの時と同様、授業終了のタイミングでそそくさと立ち去ろうとしてーー失敗した。

 私が立ち去るよりも早く背後を取った男子生徒は深く頭を下げた。


「さっきの謝罪をしていなかったな。怪我がなかったとはいえ、危険に晒したことに違いはない。君の助言通り、後方確認を怠るべきではなかったと反省している」

 真面目で礼節を大事にする性格には好感が持てるが、場所が悪い。

 遅刻して入ってきた私達が確保した席はドア付近、つまり授業終わりにもっとも人が殺到する場所である。


 そんな場所で大男に謝罪される女子生徒。

 たった一瞬にして同じ授業を受講している生徒から観衆へと移り変わった周囲から「あの子って昨日シャトレッド様に手を引かれていた子じゃ……」との声が聞こえてくる。運が悪いことに昨日と同じ生徒が紛れていたようだ。

 ここまで人数がいればそりゃあ一人くらいいてもおかしくはないのだが、わざわざ口に出すこともないだろう。

 居づらさがMAXまで上がった私は「気にしないでください!」とダッシュで彼の前から姿を消す。

 スカートで全速力逃亡などしたくはなかったが、非常事態だ。戦闘中の着用を想定しているためか、スカートがめくれ上がることもない。まさかこんな所で感謝するとは思わなかったわ。予想外の活躍に驚きつつ、今後も重宝することになりそうだ。先ほど通ったのとは真逆の渡り廊下付近のいけがきへと身を隠し、目撃者が去るのを待つ。


「はぁ……」

 次の授業の欠席を決めた私は深くため息を吐き出した。


 明日で学園生活第一週は終わりを迎えるが、すでに登校拒否をしたくなってきた。


 なぜ私はあの渡り廊下を通ってしまったんだろうか。

 変に説教じみたアドバイスなんてしたせいで顔を覚えられてしまったのではないか。

 剣を避けてそのままスルーをすればこんなことにはならなかったのではないか。



 後悔が次々に押し寄せるが後の祭りである。

 ただでさえ昨日の出来事で注目を集めている私だが、先ほどの出来事で注目度は爆上がりである。

 魔法も武器も振るっていない上、地味な格好を心がけているというのに、なぜこんなに注目されなければいけないのだ。


 これでは食堂に隠された鍵を回収することすら出来やしない。


 明日から登校するふりをして、魔物討伐でもしようかな……。

 ロザリアはもちろん、メリンダの目撃情報がエドルドさんやレオンさんの耳に届いてしまったら困るが、そこはメイクでどうにかなるだろう。男性の人形も作成して、パーティーを装うという手もある。


 服と武器はポイント交換で調達して……。


 あ、案外いけそうな気がしてきた。

 善は急げ。

 今日の夜から作成を開始しようとノートを開く。

 人形の大体のイメージを書き込み、髪や瞳の色、年齢や性別を決めていく。バランスが偏らないように、かつ若い女の子がいてもおかしくなさそうなパーティーになるよう心がける。もちろんなるべく他のパーティーに顔を覚えられないようにしなければならない。王都にいるのが不自然にならないように、そこそこの実力者っぽく作りながらも、印象に残りづらい顔となるとなかなか難しいものだ。


「うーん」

「何を唸っているんだ?」

「わっ」

 スケッチに集中していた私は背後を取られていることに気づくのが遅れた。

 振り向いた先にいたのは先ほどの男子生徒。

 すでに授業が終わってから大分時間が経っているはずなのだが、まさか今まで私を探していたというのだろうか。

 それともたまたま暇でうろついていただけ?

 さすがに逆方面の庭ならバレないだろうと剣を振りに来た訳ではないだろう。


「絵、上手いな」

 ノートを覗き込む男に「ありがとうございます」とお礼を告げつつも、ステルス能力高すぎじゃないかと驚きを隠せずにいる。いくら油断していたとはいえ、人が近づいて来たことに全く気づかないことは今まで一度もなかった。

 ノートを見られたお返しにとステータスを覗き込むが、隠密系のスキルの所有はなし。少し体力や耐久、HPが高いだけで一般的なステータスの持ち主だ。


 ただ私が油断していただけ、だと。

 特殊スキルを持たぬ相手に背後を取られた事実が身にのしかかる。



「それで、どうかしたのか?」

「え?」

「何か困っているようだから力になれるかと思って声をかけたのだが」

「いえ、手伝って貰うようなことは特に」

 正直にそう告げると彼は期待が外れたように眉を下げる。


「そうか……」

「なぜ落ち込むんですか」

「先ほどの詫びをしたかったのだ」

「お詫びって……。もう謝ってもらいましたし、気にしていませんよ」

「ろくな謝罪もさせてもらえぬままではグルドベルグ家の沽券に関わる」

「私としては今後気をつけてくださればそれで構わないので」

「駄目だ! 詫びをさせてくれ!」


 ずいっと距離を詰め、私を真っ直ぐと見据える。

 沽券に関わるというが、断っている相手に詰め寄ることはいいのだろうか。


 真面目というよりも頑固という言葉がよく似合う彼は、私が何か希望を出すまでずっとこのままで居るつもりだろうか。

 ここで逃げて、また別の場所で詰め寄られても厄介だ。

 簡単に済ませてしまうと適当に彼からのお詫びの方法を決める。


「じゃあお茶でも奢ってください」

 前世で話を引き延ばしたくない時の常套句、お茶を奢れである。

 この学園には自販機などはないが、食堂では飲み物が注文可能だ。

 私の予定では、適当に何かを選んで奢ってくれたらそれで話は終わりになるはずだった。

 けれど私と彼には大きく認識の差が存在したらしい。


「茶会だな! 今週末でいいか?」

 食堂のお茶一杯から茶会にグレードアップしてしまった。


「あの購買のでいいので」

「うちのメイドの淹れる茶は美味いから期待していてくれ!」

「いや、そういう問題ではなくてですね。特に怪我はなかったのですから、そこまでしてもらう訳には……」

「迎えの馬車はこちらが出そう。今さらだが名前を聞いても良いか?」


 断っているつもりなのに、なぜか話が進んでいく。

 詫び以前に人の話を聞けよ。

 遠回しな言い方が悪いのだろうかと、今度はもう少しストレートな言葉を選ぶ。


「下宿の身ですし、迎えなんて寄越されても困りますので、お気持ちだけで……」

「そうか! で、下宿先はどこだ?」


 これでも通じないとは……。

 負けじとこれ以降もいくつかの方法で試したが、結局彼が屈することはなかった。最後の方ははっきりと迷惑だと告げたのだが「迷惑をかけたなら詫びをせねば!」のループに突入するだけだった。


「メリンダ=ブラッカーです……。ギルド職員のエドルドさんの家に下宿させて頂いています」


 折れた私が名乗れば彼は目を輝かせる。


「ドラゴン殺しのレオンの娘さんか! 通りで反射神経が高い訳だ! それにエドルドさんって言うと、エドルド=シャトレッドか!」

「多分そのエドルドさんです……」


 精神力がゴリゴリに削られた私が告げれば、では明後日! と手を振って立ち去っていく。



 そういえばあの人の名前知らないな……と気づいたのは一人になってからしばらくしてのことである。


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