48.監禁は良くないと思う
意外と同じ授業でもどうにかなるかも?
プリントを受け取って、呑気に授業を受けていた私の考えは甘かったらしい。
授業が終わり、席を立ったかと思えば義弟さんは真っ直ぐとこちらへ足を進めた。プリントをまとめて抱える私の腕を掴んだかと思えば、そのまま教室を出てどこかへと向かって歩き出す。
「えっ、あの、なんですか?」
義弟さんのいきなりの行動にはてなマークでいっぱいの私と、終始無言の彼。周りはなんだ? と疑問に思いながらも傍観を決め込んでいる。痴話喧嘩か? なんて声も聞こえてくる。
違うから、止めてくれ!
そう言い出せないのは、彼がお世話になっている家の義弟さんだから。この行動の原因もまたそのお世話になっている人、つまりはエドルドさん関連なことは確実なのだが。
これが6限終わりで良かったとプラスに考えることにしよう。
これ以降授業はないし、お迎えの馬車が来るまで30分以上時間がある。昨日の続きを読んで図書館で時間を潰すつもりだったが、今日は楽しめそうもない。早めに終われば読めるかもしれないが、何も告げずに歩き続ける義弟さんからいつ解放されることやら。
元より生物室付近には人が多くはない。
そこからさらに人の少ない場所に向かい続ければ、私達以外誰も居ない場所に到達するのもすぐだ。彼はしばらく誰の出入りもなさそうな校舎端の教室のドアを開けると、後ろ手で鍵をかけた。
カシャリーーと無機質な音が響く。
ここで普通の女の子なら恐怖を感じることだろう。
一部、イケメンに監禁されちゃった! と喜ぶ層がいるかもしれないが、私はそのどちらでもない。
閉じ込めるなら前のドアの鍵と窓もしっかり閉めればいいのに……と見当違いな思いを胸にしている。
女だからと舐めているのだろう。
だが実際のところ、私は彼を殴って気絶させることも出来るし、今し方鍵を閉められたドアですら蹴破ることが出来る。
せめてここに屈強な男が数人いれば、正当防衛と言い張れるのに……。
なぜ一人で行動するのか。
貴族の後継者である自覚はないのだろうか。
ああ、面倒くさい。
一向に口を開くそぶりのない義弟さんに思わずため息が漏れそうになる。カチコチと音を立てて進む時計は時間は有限であることを告げている。
婚約者(仮)になったというのに、なぜ面倒事に巻き込まれなければいけないのか。そもそも何の用件で私を空き教室に連れ込んだのか。
話してくれなければ何も始まらない。
けれど大体予想は付いている。
エドルドさんの話だろう。
良い感情をもたれていないみたいだし、今からでも婚約の話は白紙に戻せとかかな。そんなこと言われても話を勝手に作り上げたのはエドルドさんだし、言い返しどうしようかな? と空を見上げる。
だが義弟さんの口から出たのは想像の斜め上を行く言葉だった。
「お前の姉を紹介してくれ」
「は?」
メリンダ状態の私の姉ってロザリアのこと?
紹介してくれも何も、今まさに目の前にいる私がロザリアですけど? と言い出せないのがむずかゆい。
そもそも私に一体何の用事があるというのだ。
「俺だって、本当はお前なんかに頼みたくないんだ! けど兄貴は一向に取り合ってくれないし、だからといってお礼をしないのもシャトレッド家の品位に関わる」
ロザリアとして顔を合わせたことあったっけ? と思わず考えてしまう。けれど考え直した所でやはりあの日が初対面である記憶に違いはない。その代わり『シャトレッド』の名前でヒットが一件。数日前に読んだ書物に『ジェラール=シャトレッド』という名前があった。
名前の隣にあったイラストも銀髪の少年だった。
あのときは上から目線の俺様系ブラコンな彼とは似ても似つかないと思っていたが、こうしてまじまじと見てみるとパーツパーツはよく似ている。俯いた顔を前に向け、背筋を伸ばして勝ち気にすれば多分こんな感じ。義弟さんのお名前はエドルドさんに後で確認することにして。
やはり私と彼とでは関わり合いがないはずだ。
お礼とは一体何のお礼だろうか?
はて? と首を捻れば、義弟さんは苛ついたように頭を掻いた。
「第一、なんでお前だけ入学してるんだよ! 姉妹なら一緒に入学してこいよ!」
「そう言われましても……」
「確かに武者修行なんてあの人らしいけど。だからってまさか学園への入学を拒否するなんてあり得ないだろう……」
かと思えば今度は肩を落とす。
『あの人らしい』って君はロザリアの何を知っているというのだ。少なくとも実際のロザリアはレオンさんに押し負けて、名前を変え、顔もメイクでごまかして学園に通うような女だ。武者修行なんて行かなくても十分強いし、そんなものに行くくらいだったら、今頃レオンさんと一緒に南方で仕事をしているだろう。
「まぁいい。とりあえず紹介しろ」
「お断りします」
「なんだと!? 兄貴の弟であるこの俺の頼みを断るっていうのか?」
「はい。エドルドさんが取り合わない用件を私が勝手に通す訳にはいかないので」
「お前は姉妹だろう!」
「姉妹と言っても、つい最近なったばかりのものでワガママを通すだけの関係ではありませんから」
姉妹じゃなくて同一人物だけど。
お礼を言われる身に覚えもないし、そもそも高圧的な態度で紹介しろ、と言われてなぜ首を立てに振ると思ったのだろう。
お断りします、と改めて告げれば義弟さんの顔はみるみるうちに赤く染まっていく。
「……っ。帰る! 時間を無駄にした!」
それは私の台詞だ。
怒りで満ちた義弟さんは、わざとらしい大きな音を立ててドアを閉める。
なんとも子どもっぽい。
一体私に何の用事があったのかは定かではない。
唯一確実なのはこれだけのやりとりに30分近く時間を浪費させてしまったということだけ。
時計を見れば時刻はもうすぐ18時。
そろそろ迎えが来てしまう。
夕日が差し込む教室を後にして、待ち合わせ場所を目指す。
ギリギリ18時に到着した場所にはまだガットさんの姿はなく、ならばと図書館へと早足で向かい、本棚から一冊の本を抜き出す。
『スポーツ力学③』
誰かに借りられてしまったのか、読み途中の②は見当たらなかった。
だが内容に興味はない。用があるのは、シリーズ全てを読破すれば取得出来る『身体強化付与』だけ。一冊につき300ページもある本を15冊も読破して取れるスキルがわずか一つというのはなんとも味気ない。
ポイント交換で得る以外には書物を手に入れる機会などほぼないに等しい。王都にはお貴族様向けに本屋さんが開かれているが、公共風呂同様目が出るほど高い。少なくとも前世で読書の習慣がなかった私にとっては無用の産物だ。けれどタダで読めるというなら話は別だ。試し読みをして面白いと分かれば購入するという手もある。
温室に辿り着くためには図書館を決まったルートで歩き回る必要もあるし、馴染んで置いて損はないはずだ。
その過程でスキルが取れるのならば、怠い本も読破してみせようではないか。
明日②が戻っていることに期待をしつつ、貸し出し手続きを行うのだった。