44.1年目はとりあえず多めに選んでおく
エドルドさんの部屋を出て、自室へ戻る。
もう部屋から出るような用事もないので、さっさとパジャマに着替えることにした。
ここに来るまではあまり寝る時の服装を気にしたことがなかった。
前世では当たり前のようにお風呂上がりはパジャマを着ていたが、そもそもこの世界ではお風呂に入るということが一般的ではない。
桶にお湯をもらって、濡らした布で拭く程度。
王都には公共浴場があるが正直、お値段は目が飛び出るほど高い。
仕事で汚れてかえってきた時に何度か利用したが、気軽に入るような場所ではなかった。
男性用の風呂は上級の冒険者もしばしば使うこともあるようだが、女性用は基本的にお金持ちしかいない。
泥や魔物の血で汚れた私の肩身の狭さはあまり思い出したくはない。
かといって山奥にある風呂は混浴という名の男性専用風呂。どうしても入らなければいけなければ、レオンさんに見張りを頼んでいた。
そんな生活にも慣れてしまったため、風呂に入るという習慣がなくなり、同時に寝間着に着替えるという習慣もなくなった。汚れていたら着替えるが、朝起きたらその服のまま外に出て行くので寝間着とは言えない。
けれどエドルドさんのお屋敷に来てからは、毎日当たり前のようにベッドの上にパジャマが置かれている。前世ですら週に2回しか洗濯していなかったパジャマが毎日綺麗に洗われ、畳んだ状態で置かれているのだ。
有り難く着用させていただかねばバチが当たる。
ちなみに今日は木イチゴ柄のパジャマだ。
ケーキと合わせてくれたのだろうか。
今日も今日とてマリアさんへ感謝の念を飛ばしつつ、腕を通す。
バッグの中からシラバスとペンを取り出し、そのままベッドに寝転んだ。
「何の授業を取ろうかな~」
ペラペラとめくりながら、めぼしい教科にチェックを入れていく。
私に必要な一般教養科目と、取得が簡単そうな運動系の科目を重点的にチェックを入れていく。
「『基礎馬術』ってこんなことまでやってるのね。乗れるようになりたいし取ろうかな~って、駄目だ。男子生徒限定じゃん」
男子生徒限定とかあるのか……。
前世でも運動は男女別れていたし、この世界でも同じなのかもしれない。ここで女子生徒限定の馬術授業がないことが気になるが、貴族のご令嬢が一人で馬に跨がる機会なんて早々ないからだろう。
チェックを入れた科目を見直してみれば、ちょくちょく『男子生徒限定』の文字が記載されていた。
残念だがこれらの教科は諦めるしかない。
来年も同じ科目をチェックしないように授業名の上にバツ印を入れておく。
もちろん反対に『女子生徒限定』授業もある。
お裁縫や刺繍など家庭科系のジャンルに偏っているため、私が受講することはなさそうだが……。
「錬金術の授業は……さすがにないか」
多いと思っていた授業数だが、運動系の授業に制限がかけられているとなると厄介だ。
ペラペラとめくっていき、興味の薄い『薬草学』や『地学』にもチェックを入れていく。
二週目でいくつか追加して、シラバスに挟んで置いた時間割を埋めていく。
いくつか重複してしまったものは、より楽そうなものを選んだ。オリエンテーションで合わないと判断したらもう一つの方を受講しようと思う。
「よし終わり!」
シラバスを閉じ、ペンと一緒にバッグへしまう。
これで今日の私のやることは終わり。
だがベッドに寝転んでも一向に睡魔はやってこない。行きも帰りも馬車で、仕事も受けていないためだろう。
身体も疲れていなければ、頭も使っていない。
このまま布団に入っていればいつかは眠くなってくるのだろうが、そこまでが暇だ。
こういう時は暇つぶしをするに限る。
ポイント交換一覧を起動し、いいスキルないかな~とスクロールしていく。たまに新しいスキルや物が追加されることがあるのだ。誰が追加しているのかは不明だが、最近ではネットショッピング感覚で楽しんでいる。
払うのはポイントだが、そこそこのスキルが揃い、衣食住が揃った生活をしている私がそれを使う機会はあまりない。少し変なものを買って散財したところで暇が潰せるなら構わない。人差し指でツツツーっと下げていき、書物まで来たところでお目当ての文字を見つけた。
『NEW』と書かれたそれは『書物』の右側にあった。
錬金術シリーズが追加されたのだろうか。
ノリは若干古いが、書いてあることは非常に役立つものばかりだ。つい最近では『ホットプレート』と着脱可能な複数の天板の作り方が書かれたものがあった。そのおかげでこの世界でもたこ焼きを楽しむことが可能になった。まだ作ってはいないが、材料は全てポイント交換で揃うため、いずれ作る予定だ。
さすがにエドルドさんのお屋敷で作るのは気が引けるため、南方に行った時にでもレオンさんと一緒に作ろうと思っている。
今回もなんか良い本来るといいな。
期待を込めてタップすれば一番上に新商品が並んでいたのだがーー。
「『運命の相手を探せ!』ってなんだろう」
タイトルだけでは何関連の書物なのかすら分からない。
指示書のようにも見えるが、ここに来て何かしらのミッションが発生するのだろうか。
『運命の相手』となると、人捜しミッションだろうか?
運命なんて抽象的なこと言われても困るので、もう少し詳しい情報が欲しいのだが、それは交換して初めて分かるのだろう。
「どうせポイントには余裕があるしたまにはこういうのもいっか」
ポイントだけでなく時間にも余裕があった私は、内容がいまいちよく分からない癖にやたらポイントだけは高い書物をタップするのだった。




