33.憧れの屋根裏部屋は憧れのまま
エドルドさんの住居はまさしく屋敷そのものだった。
仕事でお貴族様のお屋敷に行くことがしばしばあるが、彼らの屋敷と外見がよく似ている。少し小さめなのは当主ではないからだろうか。それでも庭の花壇までしっかりと手入れが行き届いており、窓はピッカピカだった。
レオンさんが王都に帰ってくるまでここで暮らすのか。
こんなところに一般市民が下宿してもいいのだろうかと気が引けてしまう。
思わず馬車を降りてすぐに上を見上げて固まる私の心境に察しがついているだろうエドルドさんは「ほら行きますよ」と声をかける。
エドルドさんの先導で玄関を跨げば三人の使用人が待ち構えていた。
「おかえりなさいませ」
「ただいま帰りました。ではロザリアさん、ご紹介します。調理人のヤコブ、メイドのマリア、執事のユーガスト。そして先ほどの御者がガットです」
「ロザリアです。よろしくお願いします。って、え? メリンダじゃなくていいんですか?」
「屋敷内には信頼出来る者しかいないので、ロザリアとして生活して頂いても構いません。もちろん外での使い分けは徹底してもらいますが」
「ありがとうございます!」
使い分けって……と突っ込みたいところだが、有り難い申し出ではあるのでスルーを決め込む。
それにしても貴族のお屋敷というと使用人さん達が何人もいるイメージだったのだが、案外少ないようだ。少数精鋭タイプなのだろうか。見た限り、平均年齢はゆうに50を越えているだろう。ちなみに調理人のヤコブさんが若く見えるために低く見積もって、である。
「あ、上着とお鞄預かりますね!」
「ありがとう」
「明日は何時頃のご出勤でしょうか?」
「早めの昼食を取って昼前に出て行こうと思う」
「かしこまりました」
「では私は彼女を部屋に案内してくる」
「お夕食はどうしましょう?」
「すぐ済むだろうから用意しておいてもらえるか」
「はい!」
生家から信頼出来る人を何人か引き抜いてきたのか、使用人達というよりも家族の距離間に近いように見える。
メイドのマリアさんと執事のユーガストさんなんてずっとニコニコ笑みを浮かべている。なんだか微笑ましいものを見るような視線は主にエドルドさんと私に注がれている。
例えるならば息子が初めて友達を家に連れてきた時のような……。
もしかしてエドルドさんってお友達いないのかな?
おそらくエドルドさんが貴族だと知っていただろうレオンさんとは親しいのだろうが、お友達枠にカウントされるかは謎だ。それで言えば私もお友達ではないのだが、困った時はお友達の娘枠にエントリーをしておこう。
そんなことを考えていると前方から声をかけられる。
「ロザリアさん、行きますよ」
「はいっ」
先ほどよりも少し早いスピードで歩き始めるエドルドさんの後を小走りで追いかける。
くるりと半円を描くように作られた階段を登り、二階へと上がる。
どうやら私の部屋は二階にあるらしい。
もしかして屋根裏部屋とかかな?
私、前世からひっそりと憧れていたのよね。
一軒家だったけど、屋根裏は昔使っていたおもちゃとかオフシーズンの家具が置かれていて、人が暮らせるような場所ではなかったのだ。天井裏への階段が出されるのも、主に二月の末の一回だけ。
ひな壇を出すためのそれも私が高校を卒業した頃には出さなくなっていた。
毎年出し入れするのが面倒になったお父さんが姪っ子に譲ったのだ。私もひな壇ではしゃぐ年ではなかったため構わなかったのだが、クリスマスツリーとひな壇の飾り付けを楽しみにしていたお母さんは盛大に落ち込んだ。
一週間に渡る家事ストライキを行った結果、雑貨屋さんで購入した手乗りサイズの鳥のぬいぐるみを並べることで納得していた。ぬいぐるみに着せる服はお母さんが手作りし、簡易ひな壇はお父さんがDIYをして作った。
折り畳んでしまえるようにと作ったのだが、ぬいぐるみはシーズンごとに衣装を替え、並べられていたため仕舞う機会はない。
ちなみに私のお気に入りは夏場に麦わら帽子を被せられたふくろうちゃんだ。
お名前はポーポーちゃん。お母さんが命名したその子は冬になるとなんとトナカイの角を生やされる可哀想な子でもある。
そんな鳥さん達のおかげで我が家の押し入れは一年に一度も開けらなくなってしまった。
相当埃が溜まっているだろうし、開ける用事もないということで私が死ぬ時まで4年ほど未開の地を貫いていた。
あんなところに寝ろと言われても高速首振りを披露するだけだが、ここは中世ヨーロッパと魔法ファンタジーを混ぜたような世界。
しかも立派なお屋敷ときた。
ここなら私が憧れた屋根裏部屋もあるかもしれない!
勝手に期待してエドルドさんの後ろを歩いていた私だが、残念ながら案内されたのは屋根裏部屋ではなく二階の一室。
「こちらがロザリアさんの部屋です」
ドアノブをひねってゆっくりと開けばそこには馴染み深いキングサイズベッドが……。
「ってなんでキングサイズベッドがあるんですか!」
「ロザリアさんはキングサイズベッドで寝ているとレオンから聞きましたので用意しました」
「レオンさんめ……」
旅先で普通サイズベッドで寝ていることを知っている癖に。
嘘の情報を吹き込むんじゃないと怒りたい所だが、レオンさんがいるのは馬車で半日はかかる南方の地。
わざとやっているのか!?
すぐに会いに行けない距離であることが憎らしい。
もしかして私が怒るために南方に足を運ぶと思っているのだろうか。少し前までのレオンさんならともかく、メリンダ人形を隠していたレオンさんならやりそうな気がしてならない。
ここで彼の計画に乗ったら、私の親離れ計画が初っぱなから頓挫してしまう。
グッと怒りを押しとどめ、代わりに被害者であるエドルドさんにお礼の言葉を送る。
「ありがたく使わせて頂きます」
「ちなみにこのベッドを購入するにあたって使用感を確認したところ、非常に良質な睡眠が取れることが分かったので、私の部屋にも同じものを導入しました」
「はぁ……」
「色違いで揃えましたとレオン宛の手紙に書き記しておきました」
「その情報いります!? やっぱり遅れてきたこと怒ってますよね」
「怒ってませんよ」
「嘘だ……」
サイズだけでなく、ベッドと寝具もホテルに置かれていたものと同じものを揃えてくれたらしい。お試ししたら気に入ったため、全く同じものを自分の分も購入したのだろう。そこまではいい。
だが色の情報はいらないだろう。
しかもよりによって面倒臭い相手に伝えたものだ。
これが嫌がらせでなければなんだというのだ。
私の疑いの視線をエドルドさんは華麗にスルーし、身の回りの物の説明をしてくれた。
中でも驚いたのがクローゼットの中に制服が20着も用意されていたことだ。
しかも夏服と冬服ごとに、だ。コートも二着用意されている用意周到ぶり。
「多すぎません?」
三年分にしてもいくら何でも多すぎる。
しかも私は絶賛成長期中。
スカート丈は若干短くなっても構わないが、上着がパッツンパッツンなのは避けたいところだ。
小さくなったら買い足すにしても、こんなにあるのにすぐに着れなくなったら勿体なさすぎる。
「レオンさんが用意したものと、ギルド側が用意したものです」
「2で割っても多いですって。というかレオンさんはともかく、なんでギルド側から支給されているんですか? そしてなぜサイズを知っているんですか」
「見れば大体分かります。それにすぐに仕事で汚れますし、破れてしまうこともあります。申請すればギルドで新しい制服を用意しますが、手元にある程度用意しておくに越したことはありません」
「あ、制服で直行すること前提なんですね」
どうやら私は馬車馬のように働かされるらしい。
ロザリアとメリンダの二人分の仕事をこなすつもりだったし、転移を取得した私にとってそこまで苦ではない。
だがここまで当然のように制服を並べられると複雑な気分になる。
「ちなみに損傷率が一番高いバッグは申請後すぐにお渡しが可能です」
「了解しました~」
だがわざわざベッドまで良いものを用意して貰ったからには、慣れるしかないのだろう。




