23.店のテーマソング
「……何、この曲」
「グルメマスターの曲らしいですよ」
仕事を終えて依頼達成に向かった私は、すでに退勤準備を済ませていたエドルドさんと共に、シュタイナー家が経営しているクレープ屋さんへと向かった。
目玉はその場で焼きあげたクレープに冷たいアイスを乗せたアイスクレープらしい。
道中、この店について説明してくれたエドルドさんによると、クレープにアイスを乗せるという食べ方自体は元々あったものの、一般的ではなく、店で販売された例はないとのことだ。
つまりアイスクレープの店頭販売を実施したのはシュタイナー家が初めてのことで、斬新なアイデアと商品で注目を集めているらしい。
今回もやはり店を構えるのは王都の一等地。さすがは国有数の名家だ。
外観は以前レオンさんと足を運んだレストランとよく似ており、王都の町並みとよく馴染んでいる。
だが私の思い描くクレープ屋さんといえば、外から注文を受ける用の大きめの窓がある店、もしくはキッチンカーで、この世界にそれらがあるはずないと分かっていながらも少し驚いてしまう。
そう、この『グルメマスターの曲』を聞くまでは。
店先で少年少女が歌っているこの曲を耳にしてしまえば、正直、店の外観なんて細かいことはどうでもよくなってしまう。
『あ~いす~あ~いす~
それは愛しの~デザ~ト~
こくみっん~しょくでもあ~るのです~
ごとうっち・アイスも良いけれど~
おうどっう・アイスも捨てがたい~
ホットケーキにのせても? よし!
クレープで巻いても? よし!
紅茶にコーヒー、飲み物投下?
もちろん! ありよりのあり!
あ~いす~あ~いす~
あ~いす~あ~いす~
それはっ、心のオ~アシス~!
いえい!』
「この曲ってずっと歌っている感じですか?」
これはもう、どこからツッコめばいいのだろうか。
クレープ屋さんの前でひたすらアイスを褒め続けるところ?
それともアイスを国民食ポジションに据えているところ?
そもそもなぜ店先で子ども達に歌わせているのかも疑問だ。
さらに言えば私以外誰も疑問に思っていないどころか、当たり前の光景として受け入れているところが異様としかいいようがない。
けれど私の質問がおかしいとばかりに、エドルドさんは首を傾げた。
「何をいまさら……。シュタイナー家の出店する店はどこもテーマソングがあるでしょう?」
「以前行った店はなかったんですけど……」
「……その店、本当にシュタイナー家が出店しているんですか?」
「レオンさんが陛下から頂いたらしいので本物だと思いますよ」
「それはおそらく正式オープン前だったので流れなかったのでしょう」
「高級志向だったから流れなかったとかでは……」
「誰もがこぞって聞きたがる曲を、貴族が訪れる店のみで流さない意味ってあります?」
「ないですね!」
この変な曲、誰もがこぞって聞きたがるの!?
シュタイナー家への忖度とかではなく? 本気で?
エドルドさんの趣味がおかしいだけではなく?
思わず疑いの眼差しを向ける私の前には次々にお客さんが並んでいく。そして彼らは口々によく分からない歌を口ずさむのだ。
『あ~いす~あ~いす~
それは愛しの~デザ~ト~
こくみっん~しょくでもあ~るのです~』
もしかして私の感覚がおかしいのかな?
ここに来て、異世界の人達との感覚の差に悩まされるとは思わなかった。
だがこれをハイセンスな流行最先端曲とは思いたくはない。
思いたくはないのだが……。
『あ~いす~あ~いす~』
長蛇の列に並んでいる最中、ずっと近くで歌われ続ければ嫌でも耳に入ってくるもの。
店先に立っている少年少女の上手い歌と、列に並ぶ客の若干下手な音が混ざり合い、脳内に深く刻まれていく。
無事注文まで辿りつき、出来たものから受け取ってクレープを口いっぱいに頬張っている間も脳内再生は続く。
『あ~いす~あ~いす~』
これは一種の洗脳じゃなかろうか。
今は食べている最中だからいいが、ホテルに帰った後、いや依頼中でもこの曲を思い出してしまったら最後、アイスを食べるまで延々と思考をアイスに引っ張られるという呪いの歌だ。
クレープ屋さんなのに。
呪いの歌を耳にしてしまった私はおそらく数日も経たずにこの列へと並んでしまうことだろう。
しかも歌だけではなく、味も魔性ときた。
なぜみんなこぞってこの曲を聞きたがるのかはさておきとして、店ごとにテーマ曲を作るというシュタイナー家の戦略は正しい。
歌で聴覚、味で味覚、外装で視覚に訴えかけ、五感のうちの3つも制覇しているとは恐ろしいものだ。外側に窓をつけさえすれば、嗅覚までをも刺激出来ることだろう。
さすがは公爵家。
シュタイナー家、そしてグルメマスターは今後とも注意が必要のようだ。




