13.ツンとデレの割合
「あ、そういえばこのギルドの買い取りカウンターってどこにあるんですか? 見当たらないんですけど」
「このギルドではカウンターを分けていないので、こちらでお受けしますよ。持ち込みがあるのですか?」
「はい。これお願いします」
袋ごと差し出せば、ちらりと中身を覗いたエドルドさんは恨めしげにボソッと呟いた。
「…………やっぱり一人って嘘じゃないですか」
しっかり聞こえているけれど、気にしたら負けだ。
裏へ下がったエドルドさんが持ってきてくれた報酬は依頼達成報酬よりやや少ないくらい。想像よりもずっと多い額に顔をニヤけさせながら、依頼ボードへと向かうのだった。
それからも私はパーティーを組まずにガンガン仕事をこなしている。
あれからいつ訪れてもエドルドさんが担当する1番カウンターだけガラガラ。
すっかり常連になってしまった私が思うに、この不人気さはエドルドさんの態度と目つきが悪いからだろう。
何度も接していれば彼にはただ単に愛想というものが通常装備されていないだけだと分かる。
初対面の私の身の心配をしてくれるくらいの優しさだってある。
けれど1~20番までのカウンターにそれぞれ職員さんが座っている巨大ギルドで、わざわざ愛想のない職員さんのカウンターのリピーターになるのは極めて稀と言ってもいいだろう。
すっかり1番カウンターの常連になった今も未だにまた懲りずに大量に持ってきて……って毎回呆れた顔されるし、手早く処理をしながら小言も忘れない。
子ども扱いも相変わらず。
けれど少しは心を開いてくれたのか、処理の時間がかかる時にはお菓子をくれたりする。
初めはたまたま来客用のお菓子が余っていたから。
だが頂きものをしたら返さねば! と出先で買ったお返しもののお菓子を渡してからは、時たまお茶とセットで出してくれるようになった。
さすがにギルドカウンターで手続き中に一服する冒険者なんて私の他にはいないため、毎回注目を集めている。だが私の後ろに手続き待ちの冒険者がいないこともあって、私が注意されることはない。
今日も私が呑気に出されたお茶を啜っている間、エドルドさんはいつも通りてきぱきと処理を行っていく。その脇にはちゃっかり自分の分のお茶とお菓子が用意されているが、突っ込むものはいない。だから私は今日も出先で買ったお菓子を彼のティーカップの横に置く。
チラリと視線を動かしたエドルドさんの口から短くお礼が出るが、それ以上の会話はない。その代わり空になりそうだった私のカップに温かいお茶が注がれる。
お茶に来ているのか、仕事の達成報告に来ているのか分からなくなりそうだが、お茶とお菓子が美味しい上にしっかりとお金はもらえるので何の問題もない。
ちなみに私が集計待ちをしている間にも他のカウンターには列が出来ている。
中でも人気なのは17番カウンター。閑古鳥が鳴いているエドルドさんのカウンターとは真逆で、ピーク時には20人以上の冒険者が列を成す。
他の場所に並べば早く済むのだろうが、多くの冒険者さん達が時間をかけても並ぶのには当然理由がある。
そのカウンターの職員さんは女の私から見ても可愛らしいと思える、ふわふわの髪とクリッとした瞳が特徴的な女性だからだ。つまり守ってあげたいと思うようなゆるふわ系の職員さん目当て。
クエスト受注・達成の処理を行う際に、デートの誘いをかける男性冒険者も少なくはない。
そんな彼らを手慣れた様子で躱わしつつ、けれども丁寧な対応で仕事をこなしていく彼女の手腕はエドルドさんとは違うベクトルではあるがなかなかのものだ。
仕事は人より多くて大変なんだろうけど……。
「終わりました。こちら報酬と買い取り金額になりますのでご確認ください」
「問題ないです」
人の心配をしている間に処理が終わったらしい。
今回、クエスト数自体はいつも通りだが、買い取りが多かったので時間がかかったのだろう。
「では今日の分もいつも通りで?」
「はい」
「ではこちらを」
「ありがとうございます~」
ホテル代とプラスαの分だけ受け取って、残りは口座に入金してもらう。
私もエドルドさんもすっかり慣れたものだ。
早いもので私が王都に来てから数カ月が経過している。
私はすっかりエドルドさんのカウンターの常連兼あのホテルの住人となった。
2日目の朝にこちらを見つめていたおじさんこと料理長とは、感想とリクエストを伝える仲にまで進展している。エドルドさんとはお茶飲み仲間(仮)くらいにはなっていると思う。
相変わらずソロじゃない疑惑をかけられてはいるものの、バンバン依頼をこなしてがっぽがっぽ稼いでランクは上げた私を信頼してくれている……と思う。
ただ単に豪遊するお金欲しさに仕事し続けて、気付いたらAランクまで上がっていただけだけど。
それでも王都に移ってから一年未満。前の村での活動期間を合わせると二年ちょっとでここまでランクが上がるなんて異例らしい。
「お相手の腕がよほどいいのですね」
エドルドさんはとげとげしい言葉をかけながらも「まぁパーティーだとしても最速なんですが……」と零す。
ツンからデレに入るまでが早すぎる。
これも少しは仲良くなれているのでは? と思う理由の一つだ。
これでは何も言い返せやしないじゃないか。
代わりにふふ~んと調子良く胸を突き上げればハッと鼻で笑われる。
子どもだからって馬鹿にしやがって!
いや、ロリコンよりは全然いいんだけど。
いくら顔が良くてもまだ12歳の子ども相手に手を出す男はお断りなのだ。
森を抜け出してから2年が経過した今も真っ平らな胸は、私の子どもらしさをより一層強調している。
そろそろ膨らみが出ても良い頃だとは思うのだが、幼少期の栄養状況が影響しているのだろう。今は栄養満点な食生活を送っているというのに、胸だけではなく身長もあまり伸びてはくれない。
「そんなことよりもロザリアさん。今日は急ぎで外出する予定ありますか?」
「いつも通り、依頼受けようと思ってますけど」
「そうですか。まだ何も予定がない、と。なら好都合です」
「仕事も立派な予定ですけど? 私の貴重な収入源!」
「来客用のお菓子とお茶用意してあげますので応接間で待機していてください」
「……それ、美味しいんですか?」
「王子が婚約者への贈り物として選んだ品と聞いています」
「なるほど。待ちましょう!」
「……念のため言っておきますが、他の人からお菓子あげるからと言われてもついて行っちゃ駄目ですからね?」
「着いていきませんよ!」
いくら何でも子ども扱いしすぎでは?
一応前世では成人していたんですけど!?
友達や家族からは子どもっぽいと言われていたけど、防犯の初歩『知らない人にはついていかない』くらい肝に銘じている。
今回は安心と信頼のギルドが用意してくれた物だから食いついただけで。
いくら婚約者を溺愛し、最近では様々なお菓子とお茶を買いあさっていると噂の王子が選んだ一品とはいえ、ほいほいついていくほど馬鹿ではない。
店名とお菓子だけ聞いて自分で買いに行くし!
「そうですか? 信用出来ませんね」
「そこまで疑いますか……」
「だってあなた、この前私が渡したキャラメルを速攻で口にしたじゃないですか」
「あ、あれ凄く美味しかったです! どこのキャラメルですか?」
「……毒でも入ってたらどうするんですか」
「エドルドさんが毒入りの食べ物渡す訳ないじゃないですか~」
「はぁ……そういうところですよ」
エドルドさんが私に毒を盛る理由に思い当たる節がないのだから警戒する意味がない。
それに毒を盛られたところで私、毒耐性Lv.10取得済みだから命に別状はない。
心に傷は負うかもしれないが、食べても食べなくても被害は変わらない。
なら食べるでしょ。
「で、あれはどこのキャラメルですか?」
呆れるエドルドさんからしっかりと店名を聞いて、応接間へと向かう。
「今用意しますから良い子で待っていてくださいよ」
きっちりと念押しされた後、私の元へとやってきたのはモンブランだった。
それも頭にマロングラッセが乗っていて、周りは銀紙で覆われている。渋栗が使われた茶色い見た目ではなく、黄色のレトロタイプのモンブランだ。
まさか異世界でこのモンブランに出会うこととなるとは!
さすがは王子が婚約者に贈った品だ。
ちゃっかり自分の分も用意して一足先にモンブランを満喫しているエドルドさんに倣って、私もケーキとお茶のセットを堪能するのだった。