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112.家族になる契約

 悶々と悩み続け、結論が出たのはユリアスさんの結婚式でのことだった。

 ウェディングドレスに身を包み王子の隣で微笑む彼女と、二人を祝福するために集まった人々で溢れる会場内を見渡して、気付いた。



 恋愛どうのこうの以前に、私ってこの世界のことあんまり知らないんだなって。



 攻略本みたいなものを見て知った気にはなっていたけれど、あの村と初めて足を運んだ町と、王都以外の場所をほとんど知らないのだ。仕事で足を運んだけれどそれっきり。


 普通の生活だって送ったことがない。

 軟禁の次は野営で、その次がホテル暮らしからの貴族のお屋敷。


 豪遊豪遊なんて掲げていた頃が懐かしい。

 きっと学園に通わなければ、私はあのまま突き進んでいたのだろう。



「結婚とか恋愛とか、そういうのの前にまずは一人で異世界旅行でもしてみるか」

 レオンさんはお城勤めで、エドルドさんはギルド勤め。ついてきてくれる人はいない。けれど異世界人の旅なんてそんなものでしょ。

 パーティードレスを脱ぎ、いつもの服に着替えた後で2人の前で宣言した。


「私、旅に出ます。大陸中を回って色んなところを見て来る」

「そうか。寂しいがロザリアが決めたことだ。親として止めるつもりはない。だが、手紙は出して、定期的に顔を見せてくれよ。寂しいからな!」

「もちろんです」

 レオンさんは背中を押してくれるが、エドルドさんは私の宣言に視線を落とす。


「……私との結婚は?」

「申し訳ないのですが辞退させて頂きます。妥協でするものじゃないですし、それにせっかくジェラールさんがヤル気になっているのに邪魔しても悪いですから」

「妥協しているつもりはありませんが……あなたを止める権利はありませんから。その気になったら言ってください」

 残念そうに零すエドルドさん。

 だがこれが私の出した答えだ。

 結婚も恋愛も切り捨てるつもりはない。そのうち考える時が来るだろうし、恋愛だっていつかするかもしれない。けれどエドルドさんとは、損得勘定に流されて特別な関係になりたくなかっただけ。なんだかんだで私だって彼には情がある。


 恋愛的なものなのか、家族的なものなのかは小さすぎて分からない。

 将来、今の決断に後悔するかもしれない。


 けれど人生なんてそんなものだ。

 後悔するくらいエドルドさんが幸せになってくれたら、私は祝福の言葉を送るだけだ。



 翌日、私はメリンダの姿で王都を旅立った。

 化け物と呼ばれた私を覚えている人や、ロザリア捜索に関わっていた人に見つからないため。そして何より、レオンさんと旅していた時とはまた違った心持ちでいたかったから。



「行ってきます」

 手を振って家を出てから、色んな場所を回った。

 仕事で訪れた場所はもちろん、王都までクエストが回ってこないような田舎。南方の地も訪れたし、何度となく国を跨いだ。


 河童にもあった。

 日本画にあるような、人に似せたものではなく、二頭身の可愛らしいタイプ。人を脅す時には妖術を使って身体を大きく見せたり、恐ろしい姿に化けたりしているらしいが、力を使い果たすと頭のお皿は干からびるようだ。

 水分不足で倒れた河童に近くの湧水を掬って水をかけ、持っていた保存食をあげたら仲良くなれた。

 話を聞けば、冒険者が洞窟内に忘れていったとあるグルメの味が忘れられずに人を襲っていたらしい。いわずもがな、グルメマスター考案の地球グルメである。何度か食べた中でも、一番はみそ田楽だそうだ。河童なのに田楽……と呟けば、彼は首を傾げていた。


「グルメマスターのご飯が食べたいならさ、こんなところにいないで外に行こうよ」

「え?」

「王都に行けばいっぱいあるよ。連れてったあげる」

「いいんですか!?」

「ええ」


 アイテムボックスから出した木桶を差し出し「ここに入って」と言えば、彼は素直に従った。疑いの心すら持たれずに、さすがに心配になる。


「このまま私が誘拐するって思わないの?」

「あなたがどう思っていたとしても私ではあなたに勝てませんし。それになんだかここは落ち着きます」

「河童さんさ、家族とかいないの?」

 トントン拍子に進んでしまった河童さんの王都行きだが、ご家族がいるなら声をかける必要がある。誘拐するつもりはないのに、勘違いされても困る。きょろきょろと洞窟内を見渡す私に、河童さんは桶からひょっこりと顔を出して答えてくれた。


「いませんよ。親もいなければ兄弟もいない。どこから生まれたのかすら知らないんです」

「寂しくないの?」

「知らなければ寂しいとは思いませんよ。……けれど、あなたは家族と離れて寂しいと感じるんですね。いいご家族なんですね」

「ええ」


『いい家族』と言われて思い浮かぶのはレオンさんとエドルドさんの姿だった。

 まだ旅を始めてから3年くらいしか経っていない。

 王都だって仕事の関係でちょくちょく足を運んでいるし、顔だって見せている。


 なのに、私は寂しいのだ。


「家族。家族、ねぇ」

 河童さんを入れた桶を抱えながら呟いて、エドルドさんの隣に私やレオンさん、ジェラールさんやグルッドベルグ家の人以外がいる姿を想像する。。


 なんか、イヤだな。

 結婚を断っておいて。

 祝福の言葉を送ると決心しておいて。

 今さらそれはないだろうって思う。

 恋愛感情を自覚したのかと聞かれればやはり『分からない』と答える他ない。エドルドさんに向ける感情は王都を立ったあの日からあまり変わっていないのだ。


 ただ、あの人の隣は安心するし、知らない人がいることに胸がざわつく。


 誰かに恋をすれば感情の違いに気付けたのかもしれないが、残念ながら今回の旅で運命の出会いなどなかった。


 酒場で声をかけられてもその場限り。

 奢られるのも、宿への誘いも断って、ひどく冷たいベッドで眠った。


 ホテルやお屋敷に居た頃とは大違い。

 胸の中がぽっかりと空いたような気がして、寒くてたまらない。

 そんな時は決まってレオンさんに会いに行った。けれど離れればすぐに寒さは戻ってくるのだ。


 河童さんと共に馬車でガタゴトと揺られながら、私はエドルドさんをホッカイロのように、寒さ対策に使おうとしているのかもしれないなんて思い始める。あの人なら女避け目的であっても私の隣にいてくれるだろう、と。


「河童さん、ご飯を食べた後にやりたいこととか見たいものってある?」

 気持ちの悪い考えから目を逸らすように河童さんに質問を投げかける。けれど河童さんの答えはとても簡単なものだった。


「いえ、私はご飯を食べたらすぐにあの洞窟に帰ります。あそこが私の家ですから」


 まるで家に帰るのは当然とばかりに。


「そっか。帰りも連れて行ったあげる」

「ありがとうございます」


 王都に到着してすぐに河童さんを片っ端からグルメマスターの店に連れて行った。さすがに全部は食べられないだろうけど、せっかくの王都なのだ。全種類食べていってほしい。ということで、河童さんには少し、大半は私が食べた。気に入ったものはメモして、帰りがけにまた寄ると決めて。



 木桶を抱えて王都を回っていると、聞き覚えのある声が耳に届いた。

「メリンダさん、なにしているんですか?」

「エドルドさん!」

「こっちに帰ってきているなら連絡くらいしてください」

「……夜には帰りますので」


 まさかエドルドさんと会うなんて。

 ついさっきまで馬車の中で嫌な考えが頭にあったからか、なんだか気まずくて目を逸らす。


「ゆっくりしていったらどうですか?」

「でも河童さん、おうちに返さなきゃなんで」

「河童さん?」

「彼です」

 首を傾げるエドルドさんに、河童さんの入った木桶を掲げて見せる。

 けれどエドルドさんはどうやら河童が苦手だったらしく、分かりやすいほどに顔を歪めていく。


「男ですか?」

「へ?」

「この生物は男ですか?」

「えっと、河童さん性別ってどっちですか?」

「雄ですが……」

 河童さんの答えにますます皺を寄せていく。

 そんなに河童の雄雌って大事なのだろうか?

 私は訳も分からずに首を傾げるだけだが、河童さんはすっかり委縮してしまっている。


 可哀想に。

 きっと虫の居所が悪いのだろう。

 こういう時はさっさと立ち去るに限る。


「私達はこれで……」

 軽く頭を下げて離脱を試みるが「なぜ逃げるんですか。数カ月ぶりにあったんだからもう少しゆっくりしていけばいいじゃないですか」と腕をひかれる。


 明らかに機嫌が悪い。

 このまま残っていても八つ当たりされるだけだ。何とかして離脱しなければと全力で思考を巡らせ、とある糸口を見つける。


「でも私、この子をグルメマスターに見せに行かなきゃいけないので!」

「グルメマスターに?」

 ユリアスさんを言い訳に使ってしまうようで大変申し訳ないが、こうでも言わなければ逃げられそうもなかったのだ。実際、『グルメマスター』というワードにエドルドさんの力はみるみる抜けていく。


「グルメマスターに見せるために連れてきたんですか?」

「え? ええ、そうです。この子、グルメマスターのファンだそうで。人以外にもグルメマスターのすばらしさをわかる相手がいたので、是非と思いまして」

「そう、ですか……」

「はい!」


 河童さんは何がどうなっているのか分からないだろうに、必死でコクコクと首を縦に振っている。赤べコのようだ。


 このままごり押しすればイケる! と確信した時だった。


「ではその用事が終わったらうちに寄るように」

「え?」

「夕食は用意しておきますから」

「……はい」


 完全に逃げ道を塞がれた……。

 現実は甘くないことを思い知らされる。

 王都をトボトボと歩きながら、どうせだったらユリアスさんに河童さんを会わせようと城に向かう。アポは取っていないため、チャットで『今大丈夫ですか?」と確認を取る。すぐに『大丈夫!』と来た返事に、今王都にいることと、河童を見せたい旨を記せばすぐに用意すると言ってくれた。途中でロザリアスタイルに変更し、木桶を抱えて門番に声をかけた。

 数分前にチャットしただけなのに話は通っているらしく、すぐに客間に通してくれた。


「本物の河童だ! 可愛い!」

「グルメマスターにお会いできて光栄です」


 涙を浮かべる河童さんを両手に抱えながら、ユリアスさんはグルグルと回る。

 突然のチャットからの訪問なのに、ユリアスさんは「ありがとう」と言うだけで深く追求してくることはない。ただ連絡してくれて嬉しい、とだけ。多分、何かあったことは伝わっているのだろう。


 私が話そうとしないから聞かないだけ。

 少し悲しげに下がった目じりに申し訳なさを感じる。けれど私自身も何が起こっているのか分からない。だからこそ、ほぼ3年ぶりに会うユリアスさんなのに話を弾ませることも出来ずにいる。



「ロザリアさんはしばらく王都にいるの?」

「あ、いえ。今日の夜には旅に出る予定です。河童さんを洞窟まで送って行かないと」

「それって急ぎなの?」

「え?」

「私、来週からまたしばらく公務が続くの。だから久々にロザリアさんとゆっくりお話ししたいなって。明日でも明後日でも。予定が合わないようだったら今度でもいいんだけど……」

「えっと……」

 迷う私の返事を遮るように河童さんは「私はいつでも構いません!」と高らかに宣言した。

 その言葉にユリアスさんはにっこりと微笑んで「じゃあ来る前にチャット送ってね」と告げて、河童さんを抱えた。そしてそのまま私の背中を押し、部屋を追い出した後で彼女は真面目な顔を作った。


「何があったのかは分からないけど、何かあるなら早く解決した方がいいわよ。私みたいにずるずる伸ばしていたってろくなことにならないんだから」


 なんとも説得力がある言葉を投げつけ、バタンとドアを閉める。

 でも多分、ユリアスさんが思っているのとは違うのよね……。今日、なんであんなに怒っているか確認した上で誤解を解かないと。


 河童さんという味方を失くしたことで、行きよりもずっと足が重く感じる。

 逃げちゃダメ、逃げちゃダメだと自分に言い聞かせ、シャトレッド屋敷へと向かった。



「あのモンスターは一緒じゃないんですね」

 迎えてくれて、第一声がそれか。

 そんなに河童が苦手だったのだろうか。だとしてもそんなあからさまに嫌な顔することないだろうに……。思わず呆れた声が出てしまう。


「グルメマスターの元にいます。次に彼女に会いに行った時に引き取る約束です」

「本当にグルメマスターに見せに来たのですね。てっきりあの場限りの嘘かと思いましたが……」

「学園でお会いした時にお話ししたことがあったので」


 信じてもらえないのも無理はないだろう。まさかグルメマスターとチャットを通して頻繁に連絡を取っている仲だとは思うまい。そのチャットさえなければ河童さんを見せに向かうことも出来なかった。


 転生特典に感謝である。


「そうですか」

 エドルドさんはひとまず納得したように頷き、奥へと通してくれた。

 このままダイニングルームに向かう、と思ったのだが、たどり着いたのはエドルドさんの書斎だった。

 夕食を用意するというのは、私を釣るための嘘だったのだろうか。


 眉を顰める私にエドルドさんは「これにサインしてください」と一枚の紙を差し出した。


「これは……結婚届け?」

「結婚しましょう」

「は?」

「あなたがいないこの場所は暗闇のようでした。辛くて、苦しくてたまらない。あなたに私の想いをしっかりと伝えられなかったことに後悔したのも一度や二度のことではありません」

 淡々と言葉を紡いでいくエドルドさん。

 けれど私には何が何だか分からない。


 過去を悔やむのもいいが、今現在も私には彼の気持ちが全く伝わっていない。


「あの、一体どういうことですか?」

「結婚してほしいということです」

「なぜ?」

「この先、ずっとあなたと居たいので。あなたが好きなんです」

「は?」

「私は当主ではないので、子は望みませんし、父親との同居にも異論はありません。あなたに愛情を返してほしいなんて傲慢なことも思いません。ただ隣にいて、隣に居続けるという証明が欲しい」

「エドルドさん」

「何ですか?」

「そういう情報はもっと小出しにするべきでは?」


 情報量が多すぎる。

 とてもではないが、夕食前に結婚届けを渡しながら言うセリフではない。

 夜景の見えるレストランとか、二人のであった日とか、特別なことは今さら望まない。けれどせめて子どもとか同居の前に告白するところからスタートしてほしかった。

 頭を抱える私だが、エドルドさんは死んだ魚のような目で反撃してくる。


「ずっと小出しに想いを伝えていたのに、あなたは気づかなかったでしょう……」

「えっと、それは……すみませんでした」

「伝わっていないことを理解していたのに放置していたのは私の落ち度ですからお気になさらず。それよりもサイン、してください」

「結婚届けってそんな流れでするものじゃないと思うんですが」

「私はあなたと結婚出来ればそれでいいです。イヤなところがあったら改善しますので言ってください」

「とりあえずその強引なところ直してくれません?」

「あなたがサインをしたら直します」


 エドルドさんにとって結婚とは、社会が生み出した他人と家族になるための契約書に過ぎないのだろう。別に結婚なんてしなくても家族にはなれる。実際、レオンさんと私は立派な家族だ。


 けれど、多分エドルドさんにはそれではダメなのだ。

 元婚約者は逃げ出して、私も一度彼から逃げた。

 それが怖くて、逃げないと約束する何かが欲しいのだろう。


 好きだと言ってくれた言葉を鵜呑みにするつもりはない。けれど隣にいて欲しいと言ったその言葉は私の持つものとよく似ている気がする。私にとっては愛だの恋だのよりもずっと分かりやすい欲望でもある。

 だから私は強引に見えるのにひどく震えた手を取ることにした。



「私と一緒になるということはもれなくお父さんも付いてくるんですけど、そこは大丈夫ですね」

 家族になりたいと思っているのは同じだから。


「もちろんです」

「もし今後子どもが出来たり引き取ることがあったとしても、その子どもを愛さなくても構いません。だから見捨てないと約束してください」

 別にエドルドさんを信用していない訳ではない。エドルドさんは見捨てられる側の気持ちを知っている。あの人達のように子どもを手放すことはしないだろう。

 頭ではそう理解していても、これから先、共に暮らすのならば言葉が欲しかった。約束をして欲しかった。


「あなたの子どもを野放しにしたら大変なことになるのは分かりきってます。最後まで、父親としてしっかりと面倒みますよ」

 その言葉は一見すると投げやりに見える。

 けれど何年も私に付き合ってくれたエドルドさんらしい言葉であった。

 緩みそうになる頬を気合いでなんとか引き締め、最後の確認をする。


「王都のギルドマスターの名にかけて?」

「いえ、あなたの夫の名にかけて」

 夫、か。

 まだあんまりしっくりこないけど、きっと長い時間一緒にいれば徐々に馴染んでくるのだろう。


「では今日から夫婦としてよろしくお願いします」

「こちらこそ」

 エドルドさんに右手を差し出せば、力強く握り返してくれる。


 色気も胸の高まりもない。

 けれど胸にあった小さな穴にストンと音を立ててピースがハマったような気がした。


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