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112/114

111.3年という時

 そんなこんなで、ゆる~く過ごしながらユリアスさんと王子の仲が進展するのを待つ日々。

 けれど互いになかなか踏み込むことはなく、時ばかりが過ぎていく。そして気づけば卒業も間近。つまりそれは、ユリアスさんとマルコス王子の結婚も間近ということで。

 そろそろ腹を括っている頃だろうと思っていたのに――全くその兆候はない。

 ただでさえ登校が減っていた通学も、後期ともなれば数えられる程度まで激減した。もちろん回数は減りながらも、彼女と会えば前世のダンスやゲームをするのは相変わらずだが。

 今日なんて久しぶりに直接会えて、今日こそは! なんて勝手に意気込んではみたものの、突如としてユリアスさんから送られてきたのは予想外の言葉。


「王子の好きな相手って男性なのかな?」

 ここに来てまさかの変化球。それも豪速な。


「え?」

「だって全然それっぽい女性現れないんだもん! もう一年もしないで卒業しちゃうよ?そしたら私と結婚する羽目になるのに、休日にすることといえば痩せた私と一緒に運動……。そろそろ魅惑の香水でも用意した方がいいかしら?」

「王子に好きになってもらう方に路線変更ですか!」

「いや、タイミング見計らって王子の頭にぶっかける用」

「あ、そっちですか……。もう諦めて結婚しちゃえばいいんじゃないですか?」

 なぜ彼女はこんな見当違いな考えにばかり行きつくのだろうか。

 ヒロイン役の私は三年も前から邪魔する気がないことは告げており、『シナリオ』で登場する二人の仲を邪魔する者はいない。私の他の相手もスパイス役にさえもならずにあの二人によって駆除されている。


 結婚まで間近に迫っていて、こんな発言。

 わざとにしか思えなくなってきたのは私だけだろうか。


 初めは王子だけ向いていた恋愛感情も、この三年間の彼の努力も相まってユリアスさんも抱き始めているのはじんじんと伝わっている。というかチャットに書かれている近況報告も、彼女にその自覚がないだけで惚気以外の何物でもない。


 砕けたら~なんてもしもの時用の受け皿を用意して、ファイトですよ! との言葉とガッツポーズでさっさとくっついてくれと背中を押す。

 ダメだったらその時は王子の頭をかち割ってやろうと思う。

 あの二人も協力してくれることだろう。


 けれどユリアスさんを送り出してから、数日後、まさかのチャットが送られてきた。


『たこ焼きパーティーの開催を希望します!』

 え、マジ?

 信じられずに目を擦っても内容は同じ。

 よし、かちわろう。ユリアスさんの愚痴を盛大に聞いてから想いを乗せてぶん殴ろう。

 そう決めて、レオンさんの家に置いたたこ焼き器の準備をしようと一度家へと向かった――のだが。


 想定外というものは、続く時には連続してやってくるものらしい。

 家の前には見知らぬおじさんと、使用人っぽい風体の人が立っている。知り合いではない、と思う。少なくとも私の知り合いではないし、レオンさんの知り合いならば彼が今、王都を留守にしていることくらい知っているはずだろう。となれば、残るは面倒事ただ一つ。急いで踵を戻そうとするも、時すでに遅し。完全に私をロックオンした金髪のおじさんは私の元へと駆け寄った。逃がさぬように肩をガッシリと掴まれ、見知らぬ顔が至近距離で視界に入る。正直、不快だ。不快この上ない。腕には鳥肌が立ち、全身で拒絶している。防犯ブザーを持っていたら、速攻でヒモを引いて投げつけるレベル。それでも、レオンさんの知り合いもしくは依頼者の可能性を確実に否定することの出来ない私に拒絶することは出来ない。

「君はメリンダ=ブラッカーだな!?」

「えっと、どちら様で?」

「君の姉、ロザリア=リリアンタールの実の父親だ! ロザリアは今どこにいる?」

 実の父親、か。

 そのワードに私の頭は一気に冷静になっていく。冷え切った、の方が正しいのだろうか。レオンさん以外が私の父親を名乗るなんておこがましいにもほどがある。


「レオンでもいい。あの誘拐犯は今どこに!」

「知りません」

 誘拐犯?

 この男はレオンさんを差してそう言っているのだろうか?

 怒りで低くなる声と共に漏れ出す殺気を隠すことなく、男に向ける。


「隠すんじゃない! 時間がないんだ!」

「……時間がないのは私も同じです。そこ、退いてくれません?」

「誰に向かって言っていると思っているんだ!」

 それでも今この場で魔法をぶっ放さないのは、この場所がレオンさんが私と一緒に過ごすために用意してくれた家だから。過ごした日数は少ないけれど、確かに私が家族と過ごすために存在する場所なのだ。そんな場所を捨てた娘を都合よく回収しようとするクズ如きのために汚したくはなかった。


「ちっ」

 あからさまな舌打ちをして、私はこの場を諦める。

 クズが近くにいてはろくにユリアスさんと話しも出来そうにない。


「どこへ行くんだ!」

 見知らぬ男の声は無視をして、会場を待ち合わせ場所である温室に移すことにした。


 歩いている間も苛立ちは収まらないが、そんな態度をユリアスさんに見せる訳にはいかない。今日の私は愚痴を聞くのに徹しなければいけないのだから。


 パンパンと頬を叩いて温室に到着するも、まだユリアスさんの姿はない。

 だからちゃっちゃっとたこ焼きセットを錬金術で作成する。

 どうせだからたこ焼き屋台を作っちゃおう。赤いのれんには白い文字で『たこ焼き』と書いた。道具はアイテム倉庫から取り出した。ユリアスさんが来る前に少し焼いておこうということでさっさと作り始める。


 しばらくしてやってきたユリアスさんにできたてのたこ焼きと共に麦茶を差し出し、たこパを開始する。

 さて王子の罪の重さはいかほどかと彼女の話に耳を傾けてはみたものの――なんてことはない。ちょっぴり天然で、恋愛感情には少々疎いユリアスさんの勘違いだった。


 出がらしの紅茶をすする王子を想像して、涙が零れ落ちそうになる。

 殴ろうとして、ゴメン。

 少し不憫な王子様に頭の中で一言だけ謝って、少しずつ勘違いを紐解いていく。

 本当はヒントを散らしていきたいところだが、時期が時期だ。やや強引に背中を押した。


 結局、三年間も同じ学校に通っていたのに一度も話したことはなかったけれど、ユリアスさんの話の中に出て来る王子様はいつだって婚約者が大好きだった。少し脳筋っぽいけど、だからかな。少し親近感のようなものを覚えている。


 だから、王子。

 今度こそちゃんとユリアスさんを捕まえなかったら、次こそどたま勝ち割りますからね。

 ユリアスさんが残していった材料を使いながら、一人になった温室でたこ焼きを頬張る。


「エドルドさんにもお土産で持って帰ってあげよ」

 ほふほふと口の中で冷ましながら呟いた。



 翌朝、ユリアスさんからチャットが届いた。

『両想いだったんだって!』とのこと。『うん、知ってた』ではなく『おめでとうございます』と返した私は偉いと思う。それでも数時間に及ぶ短文連投の報告に頬を緩ませながらビックリマーク多めでお返しする私の胸は幸せでいっぱいだった。


 三年間追ってきたユリアスさんと王子の仲は見事? くっついた訳だが、私の方にも進展があった。


「無事リリアンタール家の除名が決定しました」

「除名? え、没落ではなく?」

「はい」

 あっさりと告げたエドルドさんだが、詳しく聞けばかなり彼が活躍してくれたようだ。そしてパッカー兄妹も。今度会ったらお礼を言わなきゃと零せば「害虫駆除の一環でしょう」とこれまたあっさりと返された。妙に納得してしまうのは彼らが私のためなんかに動くとは思えないから。多分、ユリアスさんが正式に王子妃となる前に目立つ者を一掃しておきたかったのだろう。お礼を言ったところで受け入れてもらえなさそうだ。心の中で感謝するに留めて、これからもユリアスさんの友人としてサポート役に回らせてもらうことにしよう。



 卒業式にはガイナスさん達卒業生もお祝いに来てくれた。

 もちろんレオンさんとエドルドさんも。

 前世とは違い、卒業式といってもあっさりしたもので受付で卒業証書をもらうだけだけど、なんだか感慨深いものがある。


 屋敷に戻れば、テーブルには両手では数えられないほどの種類のご飯が用意されていた。

 なんでもこれ全て私の卒業祝いらしい。それもキッチンにまだまだ用意してあるのだとか。


「ケーキまで! いいんですか?」

「はい。いっぱい食べてくださいね!」

 にっこりと微笑むヤコブさんに手を合わせ、お皿とフォークを片手に食事を開始する。


「おいひいいい」

「良かったな、ロザリア」

「そんなに慌てなくてもなくなりませんよ」

 自分のことのように笑みをこぼしてくれるレオンさんと、あきれ顔のエドルドさん。

 三人で食卓を囲みながら、私は幸せの海でゆらゆらと揺られる。

 これからはずっとこうして一緒にいられるんだ、と信じて疑わずに。


 けれどそんな海はすぐにぱっかりと真ん中から割れていった。


「そういえばレオン、あなたグルメマスターの護衛に任命されたんですって?」

「ああ。どうしてもって頼まれちまってな」

「え?」

「でも護衛といっても交代制だし、これからは王都で一緒に暮らせるぞ」


 はしゃぐレオンさんだが、護衛になれば今までのように冒険者を続けることは出来ないだろう。

 卒業をすれば、リリアンタール家との決着がつけば、入学前と同じ生活が送れると思い込んでいた。けれど三年の時は当然、私以外の人達の中でも経過していて、状況が変わってしまうのも仕方のないことではある。それにグルメマスターの信仰を実際に目にした私は、彼女の護衛がいかに重要であることかを理解している。彼女の力は偉大だ。影響力だってすさまじい。だからこそ守る者が必要で、その一人にレオンさんが選ばれたのは本当に光栄なことだ。


 それでもすぐに受け入れて喜ぶことは出来なかった。


「それで、あなたはこの先どうするんですか? メリンダとして生活するか、ロザリアに戻るのか。いっそ、このまま結婚します?」

「結、婚?」

「私とあなたなら気も知れてますし、レオンだって安心でしょう?」

「他の男を恋人として連れて来られるくらいだったら、な。エドルドと結婚すれば俺も同居出来るし」


 軽い調子で言ったエドルドさんに、レオンさんも軽く返す。

 結婚後もレオンさんが同居するのはいいとして、結婚ってそんな気軽にするものじゃなくない?

 一生に一度のこと、と決めつけるのはよくないけど、それでも流れでするようなものではないと思う。もっと場所と場面を選んで、しかるべき時に――なんて私が夢見がちなだけかな?


「別に今、結論を付けなくてもいいですよ」

「……はい」


 そう返事をしたはいいものの、ご飯中も、レオンさんと一緒に家に帰った後も、仕事中も、ずっと私の頭の中で『結婚』の二文字がグルグルと周り続ける。


 だって結婚でしょう?

 貴族であり、グルメマスターでもあるユリアスさんは立場的にしてもおかしくはないけれど、でも私ってそこらへんにいる平民だし。そりゃあチート能力は持っているし、Sランク冒険者ではあるけれど、囲い込みをされるほど大したものではない。


 私なんて精々、これからもよろしくお願いしますと菓子折りを渡される程度だ。


 重婚の許されないこの国で、エドルドさんが私と本当に結婚する利点ってあるのかな?

 そんなに他の女性がイヤなのだろうか。他の女性を連れて来られるくらいだったら、気の知れている私との結婚を選ぶってことなのか。私だったら恋愛云々言わないし、もれなくお父さんが付いてくるけど、その人もよく知っているし。


 ベッドの上で転がりながら頭を抱える。

 私にとっても悪い話ではないのだろう。

 結婚生活を想像したところで、学生時代の生活にレオンさんが加わるだけ。普通に生活している自分の姿が想像できる。リリアンタールの一件が片付いたことで、ロザリアとしてもメリンダとしても屋敷内外問わず人目を気にせずにいられることを考えれば、以前よりもずっと快適かもしれない。


「でも結婚ってそういうものなのかなあ」

 私の結婚条件の一番上に『レオンさんと仲良く』がでかでかと掲げられている以上、あまり夢を見るのもよくないのだろう。どこかしらで妥協する点は必要だ。


 今回ならば恋愛面。

 恋なんてしなくても幸せになれることくらい十分理解しているが、それでも簡単に切り捨てることは出来なかった。


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