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106.きなこボーロはほろほろと溶けて消える

 翌朝、早速グルッドベルグ屋敷へと向かった。

 ガイナスさんはお茶会に出席しているらしい。午後には帰ってくるとのことだったが、今日話があるのは公爵の方だ。お返事に参りましたと伝えれば、お茶でもしながらゆっくり話そうと客間に通された……までは良かった。


「メリンダ君、これもおすすめだ」

「あ、美味しい」

「だろう? グルメマスターのお気に入りの一品らしくてな、今朝方届いたばかりなんだ」

「それって私が食べても大丈夫なんですか?」

「メリンダ君の分も取り寄せたからな。今日にでも声をかけようと思っていたんだ」

 私は当然のようにおやつの頭数に入っている、と。

 来すぎかなって自分でも思う。月に一度のお泊まり会の頻度はエドルドさんが頑なに譲らないため、増えることはないが、それ以外は明らかに増えている。基本的に公爵の休みの日には誘われ、お兄さん達の休みにも誘われ、ガイナスさんに個人的に誘われ。平日も休日も関係なく遊びに来ているほど。冷静になって考えてみると、レオンさんがガイナスさんとの仲を疑うのも仕方のないことなのかもしれない。私もガイナスさんも年頃の男女だし。


 ただノリが小学生男児みたいなだけで。

 住む世界と環境が変わったことにより、野球しようぜ! が手合わせしようぜ! に変わっただけで概ね同じだ。


「それで食後の運動なんだが」

「お相手しましょう」

 そして今日も今日とて、いつものように手合わせをすることになるのだ。

 私のために調整してくれた武器を受け取り、外へと出る。二人揃って軽くストレッチをしながら、おおざっぱな計画を立てる。


「今日はどうします?」

「久々に二人だから、正攻法でかかってきた時のイメージで行いたい」

「魔法やスキルの使用は?」

「なしで」

「武器チェンジも?」

「なし」

「時間制限はどうしましょう?」

「短くしすぎても困るが、長くてもダラダラと続くだけだしな~」

「じゃあなしにしましょうか」

「そうだな」


 サクサクと決まり、私も公爵もそれぞれ武器を構える。

 今日は公爵が普段使いの剣で手合わせしたいとのことだったので、私も剣を使用することにした。スッと息の吸う音が聞こえ、手合わせを開始する。先に攻め込んだのは公爵だった。使用武器が軽めだからか、今日は距離を詰めるまでが早い。だが真っ直ぐすぎる。受け流すように弾いて、今度はこっちが攻めに転じる。押して押して押して。ひたすらに隙が出来るのを待つ。


「そういえば授業の補佐役の話なんですがっ」

「検討してくれたか!」

 私の話に反応した公爵の身体は少し揺らぐ。すぐに状態を持ち直したが、甘い。

「ああっ、そこから来るのか!!」

 私の狙いに気づいた公爵は急いで防御の型を取るが、判断ミスは大きな命取りとなる。首に重い一撃をいれ、沈んだ公爵の身体に蹴りを入れる。

「足下に注意を払いすぎです。急所ががら空きですって!」

「ぐっ。今日はいつもよりも鋭いな」

 武器から手を離さないのはさすがだ。

 だが私の足下に攻め込むまではいかない。声も少しくぐもっている。重めにいれすぎたか。顎に手を当ててうーんと考えれば、公爵は身体を丸めて、上体を起こそうと試みる。あら、意外と回復が早い。だけど、ここで柄を振り下ろせば終わりだ。


 集中力と耐久力が課題ってところかな?

 手を差し伸べて、公爵を引き上げる。そして視線を合わせ、今日の本題を切り出す。


「お話、お受けしようと思いまして」

「本当か!?」

「はい。そのお返事に来たので気合いを入れてみました」

「おお、ありがたい!」


 公爵はこの一年で格段に早くなった。スピードも回復も。鑑定でステータス欄をチラッと見れば、凄まじい早さで成長を遂げている。薬で底上げを行った私や、転生者のユリアスさんほどではない。だがすでに公爵のステータスはこの世界の人達のそれを遙かに凌駕している。元々高い数値だったし、素質はあったのだろう。だが私との訓練の影響でここまで成長することは予想外だった。彼だけではない。ガイナスさんやお兄さん達、パトリシアさんも同じだ。また手合わせの頻度が少ないはずのアスカルド公爵の伸び率が一番高いのは謎だ。


 グルッドベルグ公爵家とアスカルド公爵が反旗を翻したら……と考えるとなかなか恐ろしいことになりそうだが、彼らが悪用することはないだろう。


「そういえば補佐役を受けるのはいいんですけど、女子生徒が教師側にいるのって生徒さん達が気にしませんか?」


 今年もやはり運動系の授業は男子生徒のみが受講可能となっている。

 そんな授業に女子生徒が参加していいのだろうか?

 年頃の男子というのはその手のことを気にするものではないだろうか?

 返事をする前に確認するべきことだったかもと思いつつ、公爵の返答を待つ。

 私の質問に公爵はゆっくりと瞬きをする。


「それは……考えていなかったな。だが意義を申し立てる者は端からなぎ倒していけば良いだろう。実力が上だと認めれば基本的には従うはずだ」

「生徒のほとんどが貴族でしたよね?」

 公爵は私の勝利を疑っていないようだ。

 それはありがたいのだが、将来国の重役を担うことになる集団が脳筋ピラミットで納得するだろうか?

 そりゃあグルッドベルグ公爵は力も権力も持ち合わせているから、彼が従えと言ったら従うだろうけど……。

「ああ、メリンダ君には言っていなかったか。今回は学園初の兵士学校との合同授業でな、平民も多く参加することになるだろう」

「初の試みなのに、そこに女子生徒入れて良いんですか? もっと段階を踏んだ方が……」

「最近マルコス王子が女性の社会進出に興味をもたれていてな。まぁ貴族と平民との垣根はもうほぼ取り払われているし大丈夫だろう」

「へぇ、王子様が……」

 それはなんとも挑戦的な試みだ。

 冒険者にも女性はいるが少数で、未だ女性は家庭に入る者という考えが根付いている。お針子さんは女性ばかりだが、それも女性の職業という考えがあるからだ。それを変えようとは……。マルコス王子はてっきりユリアスさんのことばかりだと思っていたが、社会情勢にも興味があるらしい。少し意外だ。


「今はパトリシアがいるが、将来的なことを考えるとグルメマスターの同性の護衛候補は多い方がいいからな」

「あ、なるほど」

 これもグルメマスター関連なのか。妙に納得してしまう。

 それにしても婚約者のために社会を変えようとは、恋愛の力というものは凄まじい力を持っているらしい。

 ユリアスさんによって学園内ではすでに平民と貴族の溝が埋まっているようだし、数年もすればこの国の社会はがらりと変わっているかもしれない。

 だけどそれもすんなり行けば、の話だ。

 余計な邪魔が入れば、国は変な方向へ進んでしまうだろう。

 グルメマスターと王家で分断してしまうかもしれない。想像して、なかなかカオスなことになりそうだな……と将来が少し不安になる。まぁあの王子が易々とユリアスさんを手放す訳がないだろうから、ほぼあり得ない話だろうけど。

「メリンダ君も興味があるようだったら推薦するが?」

「卒業後のことはまだあんまり……」

「まぁその気になったらいつでも言ってくれ」

「ありがとうございます」

 それにしても卒業後、か。

 卒業したらレオンさんと一緒に暮らしながら冒険者業を続けていく。

 それが理想で、私のあるべき姿であると思う。けれど卒業して、じゃあメリンダは不要と言えるかと言われれば少し悩んでしまう。だからといって私は一人で、メリンダとロザリアは同一人物なのだ。

 ロザリアとして生きつつ、メリンダとしてグルッドベルグの人達に会いに来るという手もある。

 まぁ後二年あるし、レオンさんと相談していくのが一番かもしれない。

 一度決めたらそれで終わりって訳でもないし。

 今日のお茶菓子 きなこボーロを口に投げ入れる。用意してもらった紅茶との相性は抜群で、公爵と二人で一袋まるまる食べきるまでさほど時間はかからなかった。


 その後休憩を挟みつつ、打ち合いを行った。

 ガイナスさんはなかなか帰ってこず、昼過ぎにお土産まで持たせてもらってグルッドベルグ屋敷を後にしようとした時だった。



「あなた、メリンダさんよね?」

 グルッドベルグ屋敷の外側。塀の向こう側から見知らぬ女性が話しかけてきた。

 身なりはそれなり。おそらく貴族だろう。だが屋敷内に入ってくることが出来るほどこの家の人達とは親しくはないと見た。それでも、私を狙って話しかけている。いかにもな不審者だ。

 それでも名指しされている以上、無視して馬車に乗り込めばグルッドベルグの人達に迷惑をかけてしまうかもしれない。せめてもの抵抗に相手にも伝わるように、これでもかと顔を歪めた。

「どなたでしょうか?」

「リリアンタール公爵夫人、と言えば彼女には伝わるでしょう。どうかこの手紙をロザリアさんに渡して欲しいの」

「リリアンタール公爵……」

 私を探している貴族だ。

 それに、最近グルメマスター信者達の反感をかった娘のいる家も同じ家名だったはず。

 ロザリアの捜索を積極的に行っているらしい公爵が直々に来るならまだしも、なぜ妻の方が来るのか?

 眉間に皺を寄せれば、彼女はそれ以上の情報を明かさず「お願いします」と深く頭を下げ、その場を後にした。


 一体何だったのだろう?

 馬車に乗り込み、手紙に鑑定をかける。

 どうやら魔法や呪術の類いはかけられていない。一般的な手紙で間違いないようだ。問題があるとすれば中身の方だろうか?


 おそらく自分とは血は繋がっていないだろう夫の子どもに出す手紙とは、なんとも不穏な予感しかしない。


 エドルドさんに報告すべきか、と一瞬だけ頭を過る。

 けれどすぐに手紙の封を破ることにした。

 報告なんて後からでもいいだろう、と。


 取り出した手紙に目を通し、すぐにその判断は正しかったことを思い知らされた。


「あの人、私の生活を邪魔するな、とかよく言えるな……」

 長々と遠回しに書かれてはいたものの、簡単にまとめてしまえばそれに尽きる。

 あの人は冒険者 ロザリア=リリアンタールが夫の子どもだと確信しているようだ。その上で、せめてグルメマスターが卒業するまでは夫の前に姿を見せてくれるなとわざわざ手紙を出してきた。妹であるメリンダが仲良くしているグルッドベルグ家の屋敷を張ってまで。

 彼女からしてみれば今さら他の女の子どもに出てこられても迷惑なのは分かる。

 けれど私は最初からリリアンタール公爵に接触をする気などない。あっちが勝手に探しているだけ。ずっと前に捨てておいて、今さら生活の邪魔をするなと言いたいのはこっちの方だ。勝手に人の生活を酷いものだと決めつけて、ハイエナのように幸せを奪い取るような存在だと決めつけやがって。最後に「必要とあればレオン=ブラッカーにあなたの過去を打ち明けます」と締めくくった手紙を渡してきて、脅しているつもりなのだろうか。


 本当に気分が悪い。

 私は私を産んだ女とリリアンタール公爵、そして公爵夫人との間に何があったのかは知らない。知りたくもない。私には関係のない話だ。



 屋敷に帰ってすぐ手紙を焼いた。

 何度も何度もファイヤーボールを投げつけて灰にして。

 ストームで回収したそれはリサイクルにいれた。ポイントにはならなかった。むしろ処理代金が必要らしく、ポイントをいくらか取られてしまった。だがそれでも構わなかった。


 ただこの手紙がレオンさんの目に触れる可能性がなくなればそれでいいのだ。


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