103.神様は誰の味方?
ユリアスさんに無事斥候と盗賊の二人を仲間にできたとチャットを送り、いつもの曜日に温室で待機する。
お土産としてインキュバスの秘薬を差し出せば、彼女は首を傾げた。
「インキュバスの秘薬って何?」
「ただでさえ遭遇率が低いインキュバスがごくごく稀に落とすドロップ品で、高位の貴族や王族の方々が喉から手が出るほど欲しがる超・レアアイテムです。政略結婚する際、ご令嬢がお相手に惚れるために自ら飲んでいくんですよ~。家族やお相手に飲まされるパターンもあるみたいですけど……まぁ『感情操作』アイテムです。ちなみにすごくよく似た『サキュバスの秘薬』というものもありまして、こちらは惚れたい対象が女性の時に使われます。使用方法は――まぁ、人それぞれです!」
「そんなものがあるのね……」
貴族界隈では有名な品だと思ったのだが、そうでもないらしい。
まぁユリアスさんには王子がいるし、不要なものといえばそれまでだが。
「ちなみに抽出したエキスを1000倍に薄めた『魅惑の香水』という商品もありまして」
「魅惑の香水もあるんだ! って1000分の1で好感度20も上がるの!?」
「好感度20?」
「あ、乙女ゲームの好感度パラメーターの話」
『魅惑の香水』は存在するのね。
ユリアスさんが乙女ゲームについて丁寧に説明してくれたとはいえ、分からないことは多い。というか恋愛シミュレーションなのに、道具を使って好感度を上げるというのは有りなのだろうか? 前世で同じことをしたら、倫理的にアウトな気がするのは私だけだろうか。とはいえ、この世界では使用は認められており、私は使用を勧めている。深くは突っ込むまい。
「ちなみに全体の数値は?」
「100。真相エンドがある王子ルートだけ隠れメーター20追加で120になるよ」
なるほど。特殊なルートに入るためのキーアイテムみたいなものか。
この世界のマルコス王子が隠し事をしているかどうかはさておきとして、あの人の好感度だけ天井を突き破ることが出来るという点には納得してしまう。愛情深そうだし。
「そんなに効果あるんですか!? もう一種の洗脳じゃないですか……とはいえ、サキュバスの秘薬とインキュバスの秘薬もその3~4倍の効果はあるみたいですけど」
「まさに秘薬ね……ってなぜそんなレアアイテムを?」
「本当は王子に飲ませる用のサキュバスの秘薬を渡そうと思ったんですけど『不敬になる!』って仲間に止められました。なのでインキュバスの方を。これならどちらにも使えて便利ですし」
「どちらにもって?」
「ユリアスさんが飲むのもいいですし、王子が想いを寄せる相手に飲ませるのもいいかと」
「なるほど……って先に相手見つけないと!」
「あ、相手に飲ませること確定ですか」
「もちろん! 私が相応しくないっていうのもあるけど、どうせなら恩返ししたいもの」
「ユリアスさん……」
王子の気持ち、全く伝わっていないのね……。
あの人、ユリアスさん以外の女性にまるで興味ないのになぁ~。
王子を不憫に思いつつも、私達は時間が許す限り、サキュバスとインキュバスを狩り続けた。三人で一緒にということはほとんどなく、ソロでの活動が多い。狩りを続けていれば自然と秘薬以外のドロップ品も集まり、それらを売るために二人も冒険者登録を行った。クエスト処理の都合上、エドルドさんに頼んで私達と同じパーティーにしてもらったのだが、二人がそれを気にすることはなかった。
グルメマスター以外のことは割とどうでもいいらしい。
エドルドさんも二人のことを知っているのか「どこで知り合ったんですか?」と首を傾げることはあれど、追求してくることはない。
狩りを行いながら、チャットや温室でユリアスさんと話す機会はある。
そこで王子の口に突っ込む作戦を決行するために、インキュバスの秘薬を肌身離さずもっていることを耳にした。その時がいつ来ても良いように、学園にいる時はもちろん夜会に足を運ぶ際にもドレスに仕込んで、屋敷で運動させられている時もすぐ取れる位置に置いているのだとか。
もちろんその間も王子の溺愛は進んでいく。
食堂でガイナスさんと食事をしながら「結婚式ってやっぱり卒業式後なのかしらね~」なんて話していると他の生徒達が話に入ってくるほど。ユリアスさん以外には王子の気持ちはバレバレなのだ。
またユリアスさんには少しだけ申し訳ないのだが、二人の仲間を筆頭に信者達が裏でせっせと『害虫駆除』をしているのを見て見ぬふりをさせてもらっている。
多少2人の間に山があった方が上手くいくのではないか? と思いはするものの、グルメマスターに関してはあの二人を止められる気がしない。
ステータスは明らかに2人の方が低いのだが、敵には回したくない相手だ。
それに私にとって『乙女ゲームシナリオ』なんてものは割とどうでもよかったりする。
詳しいことを知らないというのも大きいのだろう。だがそんな、前の世界でどこかの誰かが作った設定ごときにグルメマスターがどうにか出来るとは思っていないのだ。
ユリアスさんはたまに『ゲームの強制力』なんて言葉を口にするが、この世界に彼女とセットで私を転生させた時点で神様だってどうにかしようなんて考えていないだろう。
それに信者達にどうにか出来ない邪魔者が現れたら私も加勢すればいいだけだ。
「ご機嫌取りも兼ねて、どっかの神殿にグルメマスター考案のご飯でもお供えしておけばいっか!」
神様もグルメかどうかは知らないけれど。
お供えって気持ちが大事だし、美味しければなおよしでしょ!
早速王都で買い物をし、神殿へと向かった私が目にしたのは神へ捧げられた大量の食事だった。どれもグルメマスター考案のものばかり。果物やお酒もあるけれど、グルメマスター関連のものが圧倒的に多い。私も近くにいる神殿の人にお供え物を渡し、その場を後にした。
「神様、絶対ユリアスさんの味方でしょ」
そんな確信を胸に抱いて。