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102.不敬に当たりますので

「では」

「ねぇあなた達」

「なんでしょう?」

「私と一緒にパーティーを組まない?」

 この場から立ち去ろうとする彼らでは、私が思い描くパーティーメンバーになってくれそうもない。けれど良い協力者にはなってくれることだろう。


「なんです、いきなり?」

「ちょっと欲しいものがあって」

「欲しいもの?」

「サキュバスの秘薬」

「……何に使うので?」

「グルメマスターに献上したいの」

 今度は私が目を細めて笑う番だ。「手伝ってちょうだい」と続ければ、二人は同時に首を捻った。

「サキュバスの秘薬というと使用者は男性ですよね?」

「彼女がとある男性に使うのよ」

「つまり王子のグルメマスターへの気持ちを薬を使って偽らせると?」

 せっかく名前は伏せたのに。二人の関係を見ていれば誰だって分かるから伏せる必要がないと考えたのだろう。間違いではないためそのまま話を続行する。

「まぁそうなるわね」

「不敬にあたります」

「そう……」

 なるほど。不敬か。

 今さら王子に使ったところで効果があるのかどうかは不明だ。効果があった所で、今より少し態度に出やすくなる程度だろうと思っていた。あまり深くは考えていなかった。だがよくよく考えれば相手は王子様なのだ。王族相手に媚薬を盛るなんて、私はとんでもないことを考えていたのではないだろうか。

 実行前だったからギリギリセーフ。誰かに話を持ちかけてからで良かったと安心したのもつかの間、二人からは全く同じ言葉が返される。


「「グルメマスターへの気持ちを偽るなんてとんでもない。インキュバスの秘薬にしましょう」」


 あ、そっちか。というか王子相手に使用するのは全然Okなのね……。数秒前の私の反省は余計だったらしい。


「いいの?」

「はい。それで私たちは金の工面だけすればいいのですか?」

 お金って……。そこそこ高いはずなんだけど、貴族ならポンッと出せるものなのかな? いや、彼らがグルメマスター信者だからか。

「いいえ。狩るのを手伝って欲しいの」

「狩る? ああ、あなたは冒険者でしたね」

「ええ。私が狩るからあなたたちには居場所の特定をしてほしい」

 折角二人とも盗賊と斥候の才能を持っているのだ。それを使わない手はない。

「なるほど。それなら私が得意です」

「それで、一つでよろしいので?」

「いいえ。出来ればグルメマスターの使用が確認出来るまで狩り続けたい」

 使うのは一つだけ。

 けれど今回の計画は一つだけ確保して、はい終了とするつもりはない。

「そんなに集めてどうするのですか?」

「市場に並ぶのを防ぎたいの。彼女以外が使用できないようにしたい」

 今後、二人の仲を引き裂こうとする者が現れないとは限らない。

 だったらそもそも手に入らないようにしてしまえばいい、と考えたのだ。そのために、彼らを利用しようと。

「ならばサキュバスの秘薬も回収して回りましょう。こちらを悪用される訳にはいきませんから」

「いいの?」

「はい。グルメマスターのためだけに使用するというのなら構いません」

「随分とあっさりとしているのね」

「市場に流れたらすぐに特定できますから」

 特定の才能に満ちあふれた人の言うことは説得力が違う。おそらく核の部分は才能ではなく信仰力なのだろうが。私が上手く隠したところでどこまでも追ってきそうな気さえするのだから不思議なものだ。

 この能力を悪用する方法なんていくらでもあることだろう。

 だが二人はグルメマスター信者で、今のところ悪用するつもりがなさそうなことに安心する。

 ユリアスさんってグルメ分野以外でもいろいろと功績があるんじゃないかな?

 食い止めたことまでは把握することが出来ないだけで。


 早速放課後、サキュバス・インキュバス狩りに出かけた。

 馬車の中で明かされたのは彼らの過去と、グルメマスターとの出逢い。

「グルメマスターは私達の、我が領の恩人なのです」

「恩人?」

「私達の実家とその周辺の領は長年、実りの少ない場所でした。豆で腹を膨らまし、毎年その年を越えるのがやっと。気候が安定しない年には何人もの死人が出ました。そんな状況を変えてくださったのがグルメマスターです。彼女が豆料理を披露されてからというもの、豆需要は増え、私たちの領で育てていたものも高値で買い取ってもらえるようになりました。沢山の金が手に入り、あれから飢え死ぬ者は一人もいなくなりました。グルメマスターが我が領を変えてくださったのです」


 そういえばユリアスさんって豆好きだったっけ。

 彼女の行動に深い理由はなかったのだろう。けれど救われた者がいた、と。

 ユリアスさんは美味しい料理の開発者として慕われているだけではなかったのだ。もちろんその意味で慕うものもいるのだろうが、彼らのような人も多いことだろう。でなければ貴族・平民限らずグルメマスターとして慕われる訳がない。


 やっぱり凄いな、ユリアスさん。


 話ながらこっそりと二人のスキルレベルをいくつか上げつつ、狩り場へと到着した。

 そこから簡単に説明するつもりだったのだがーー。


「結構落ちますね」

「早く回収しないと」

 二人はガンガン居場所を特定し、速攻で狩っていった。バーサーカーの如く手早い仕事だ。私も二人に負けず、目についたサキュバス・インキュバスから狩っていく。

 ドロップ品であるサキュバスの秘薬・インキュバスの秘薬はともにパッションピンク色をしており、植物の種と似た形状をしている。ただ一般的な植物の種と異なるのは、拳ほどの大きさがあるということだろう。想像よりも大きいそれを拾って、袋に詰めていく。


 半刻ほど狩った頃だろうか。

「今日はこれくらいですかね」

 二人はふうっと長い息を吐き出し、額の汗を拭った。

 これくらいと言いつつ、周りにはサキュバス・インキュバスだけではなく、別の魔物の姿も一切ない。綺麗なものだ。


「ところで秘薬はどのようにして渡すのですか?」

「姉に渡して貰おうと思ってるわ。姿が同じならサクッと渡して去れば大丈夫かなって」

 姉でもなければ、妖精の姿を借りるつもりもないけれど、わざわざ本当のことを伝える必要もないだろう。ただ、ちゃんとユリアスさんの手に渡ればそれでいいのだ。

「それがいいですね。私達が渡すよりも自然ですし」

「よろしくお願いします」

 二人から大量の種を詰め込んだ袋を受け取る。

 頭を下げる二人は両手の指を絡め、空を見上げながら小さく呟いた。


「全てはグルメマスターのため」

 さすがは信者。

 こんな時でも祈りを忘れることはないらしい。


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