100.贈り物って何ならいいんだろう?
ユリアスさんの手前、盗賊か斥候としてパーティーに取り入れるようなニュアンスのことを話してしまったが、よくよく考えてみると案外悪い話ではない。
いくらメリンダがレオンさんに認められて養女になったからといって、同じパーティーに所属しているのは『最速でSランクに上り詰めた冒険者』と『王都のギルドマスター』である。ギルドには顔を見せていない上、エドルドさんがあまりものの仕事しか持ってこないため、ソロで仕事をこなしていても突っ込まれることはないが、そんな生活が3年間も続くとは考えづらい。何かの拍子にパーティーメンバーを知られてしまったら、騒ぎになることは確実だ。
メリンダを覆い隠す何かがあればもっと気軽に仕事が受けられるのではないだろうか?
仕事と学校生活に不満はないが、スケジュールの問題で最近は旅先グルメもろくに堪能出来ていない。
美味しそうな香りを嗅ぎつけても、女の子一人で入るのに不自然な店だったらスルーしなければならない。
制服という服装も悪いのかもしれないが、なるべく目立たずにこっそりと帰るしかない。
けれど他に人がいれば、学生パーティーかな? くらいにしか思われないだろう。
盗賊や斥候がいれば、宝箱や隠し部屋の発見もずっと楽になるし、良いことづくめじゃない!?
想像してにやにやと頬を緩ませていると、冷たい声が降り注ぐ。
「……なに、一人でニヤけているんですか」
「あ、おかえりなさい。遅かったですね」
「すぐにチェックして渡すと言われたので待っていたんですよ。おかげで数日かかる予定も今日で終了です」
「おお! ならもう国に帰って」
「あなたも年頃の娘でしょう。もっと観光に興味とかないんですか?」
「馬車からの風景で満足しました!」
この建物がなんたら造りで~なんて言われても分からないし。
ざっと見た感じ、この国の食文化は私達の国とほぼ変わらない。むしろ調味料関係もあまり充実しておらず、地球グルメもない分、少し劣っている程度。グルメマスターがいるかいないかの差がここに出ているのだろう。
どうせご飯を食べるのなら、昨日のホテルで食べたい。
それにエドルドさんだって他国で用事もなく10日も滞在する意味もないだろうし、早く帰れるなら帰った方がいいだろうに……。
「あ、でもお土産物だけみたいです。レオンさんとガイナスさんにお土産買いたいので」
「レオンはともかく、ガイナスにもですか?」
「はい。この前沢山お土産もらったので、私も何かお返しになりそうなものを……。あ、タオルセットとか無難で……」
グルッドベルグ家では確実に鍛錬の度に活用される重要アイテムだ。
ガイナスさんというよりもグルッドベルグ家で使ってくれという意味になるが、お菓子をあげた所で喜ばれないだろうし、武器や防具だってお抱えの鍛冶師がいる。手入れ用品だってお気に入りのものがあるだろうし、タオルが無難だろう。
どんなデザインにしようかな?
やっぱりシンプルなものがいいだろうか?
でもお土産らしさも欲しいし……と考えていれば、エドルドさんはぴしゃりと私の計画を潰す。
「それだけは止めなさい」
「え?」
「それは絶対駄目です」
「なぜ?」
「なんでも、です」
「じゃあハンカチ?」
「駄目です」
「じゃあタイピン!」
「なぜ選択肢がどんどん悪化していくんですか……」
むうっと頬を膨らませても、エドルドさんは額を押さえてはぁっと深いため息を吐くばかり。
あれも駄目、これも駄目。
全然タオルだけじゃないじゃないか。駄目な理由も教えてくれず、一体なんならいいのか。
「グルッドベルグ家への土産物は私が見繕うので、その間にあなたはレオンへの土産物を探してください」
「グルッドベルグ家というか、ガイナスさん宛てです」
「あなたが買うつもりだった品を伝えれば、ガイナスとて文句は言いません」
タオル・ハンカチ・タイピンってそんなに悪いセレクトかな?
お土産ものというよりは父の日ギフトみたいだけど、別に悪くはないと思うんだけどなぁ……。
大人しくレオンさんに送っておけということだろうか。
だけどレオンさん、タオルもハンカチも十分足りてるし、タイピンに至ってはいつ使うのか不明だ。
何を贈ろうかな? と考え込んでいるうちに、エドルドさんの指示で土産物屋さんへと馬車を進める。
そして店先で降ろされ、レオンさんにぴったりな物を見つけた。
ちょうど色もいくつかある。
速攻で2着ずつ手に取り、そのままレジへと向かった。
プレゼント包装もしてもらったが所要時間はわずか5分程度。非常にスピーディな買い物だが、絶対に外さない自信がある。
レオンさんの反応を想像しながら、袋を抱えて馬車へと戻る。
当たり前だが、エドルドさんはまだ店内だ。
こっそりとエドルドさんの分を購入したのもまだバレていない。
一緒に来ている相手に土産物を買ってどうするのかと自分でも思うが、赤・青・黄色・白の4色が目に付いたのだ。レオンさんとロザリア・メリンダにエドルドさんでちょうど4色。ロザリアとメリンダはどちらも私だが、そこは使い分けることにして。エドルドさんに渡すのは白のアロハシャツだ。
エドルドさん用の、白いリボンを付けて貰った袋を膝に乗せ、エドルドさんの帰りを待った。
「いいんですか?」
「いつももらってばかりですし。別に嫌だったらクローゼットの肥やしにでもしてくれていいですから!」
袋を差し出したまではいいが、あの人がTHE 南国! みたいな服を着るとは思えないし、期待もしていない。けれど買わずには居られなかった。そして買ったのなら渡す以外の選択肢はないから渡しただけ。ただそれだけ。
なのにエドルドさんは目尻を下げながら「ありがとうございます」と笑った。
非常に貴重なショットだ。
喜んでもらえて何よりだ。
胸が暖かくなるのを感じながら、店先にアロハシャツを飾って置いてくれた店主に感謝する。
いらないと拒んでも何かにつけて渡してくるエドルドさん。だったら今回のように私も返せば良いだけだ。
上機嫌のエドルドさんと共に馬車に乗り、ホテルで一泊した上で屋敷へと戻った。
ーーだがこの時の私は、まさかエドルドさんがアロハシャツを気に入ることになるとは想像もしていなかった。
「なんでアロハシャツ着てるんですか!?」
「あなたが贈ってくれた物だからですよ」
「だからってギルドに行くのに着ていくことないでしょう! それに今日は会議で遅くなるって自分で言ってたじゃないですか!」
「確かに帰りは少し肌寒く感じるかもしれませんね。マリア、上着を」
「ってそういう問題じゃないです! 普段通りの服に着替えてきてください!」
「嫌です。今日はこの服で出勤すると決めているので」
「着替えてください!!」
頑なに着替えようとはしないエドルドさんと押し問答をすること十数分ーー負けたのは私だった。そしてこれ以降も、エドルドさんは度々アロハシャツで出勤を決めるようになる。
ちなみにレオンさんは、しばらくしてから感動の手紙が送ってきてくれた。
大事にする! と綴られた手紙の最後にはまた一緒に仕事に行こうと締めくくられていた。




