9.ブラックホールな胃袋
吹っ切れてからは挑んでくる人を伸して迷惑料を頂戴するまで行程が加わったが、相変わらずのテント生活。
いや、本当は今頃宿暮らしをしているつもりだった。
お金もいっぱい入ったし、町をぐるっと回って一番高級な宿を見つけて「連泊できるじゃん!」とはしゃいでいた。
手には串焼きとタコスっぽいものと、ドリンクスタンドで買った柑橘系のドリンクとその他諸々。
だけどお腹はまだまだ余裕があるし、夕飯付きだといいなと思いながら受付の女の子に声をかけて――玉砕した。
「申し訳ありません。本日は満室でして……」
目を潤ませながら明後日どころか再来月辺りの方角を見つめる美少女の顔には『泊められません』と書いてあるように見えた。
怖がっている相手に、ならいつなら空くのかなんて聞けるほど意地悪ではない。
大々的に目立ったのは今日だけど、目を付けられていたのはもっと前からだ。
誰かに泊めないようにって根回しされているのかもしれない。
でもまさか宿屋さんが泊めてくれないとは思わなかったなぁ……。
「わかりました」
小さく頭を下げてスゥィートな部屋がありそうな宿屋を後にした。そして他の宿屋を回った訳だが――全滅。
どれだけ根回しされているの!?
思わず声が出そうになったが、おそらくこれは本来ならば初日か登録した数日後にはぶつかる壁だったのだろう。
まさか山でテント暮らしをしているなんて誰も思うまい。
でも一軒くらい泊めてくれたっていいじゃん!
想定していた中に入れておいて襲うパターンなら返り討ちに出来るのに……。
頬を膨らましながらタコスっぽい何かを頬張る。まぁ飲食店に根回しがされてなかったのはラッキーだけど。
これで翌日来た時に売ってくれなくなっていたとかだったら犯人を締め上げていたかもしれない。
けれどさすがにそんなことはなく、テントから町へ通う生活に落ち着いた。
だがテント暮らしでも良いことが2つほどある。
一つ目が今まで通りに魔物を狩れるということ。これにより魔石ががっぽり集まって、お金もがっぽがっぽ。町の飲食店でひらすら飲み食い出来るだけのお金を手に入れることが出来る。
大金を手にしてから気づいたのだが、私の胃袋のキャパシティは転生前の何倍もあるようだ。
食べても食べてもまだまだ入る。
体重は計ってないけれど、今のところ動きづらさを感じることもなければ新たな服を交換しなければということもない。
転生する時にブラックホールな胃袋でも手に入れたのだろうか。
ポイント化される時点で胃の中からなくなってたりして……。
あり得ない話ではない。けれどスタミナが切れることもなければ、食べて美味しいと感じることは出来る。あまり重要視すべきポイントでもないだろうと今のところはスルーすることにした。
もう一つが森にいた方が錬金術の材料が揃いやすいということ。
家具作りですっかり調子に乗った私は新たに錬金術に関する書物を2冊交換した。
それが『錬金術でハイパーやっばいお薬作っちゃおうyo』と『錬金術ならちょっぱやで出来るba・ku・dan』だ。
タイトルセンスのなさとなんとも言えない表紙には今回も目を瞑ることにして開けば、やはり今回も優れものだった。
『錬金術でハイパーやっばいお薬作っちゃおうyo』は各種ステータスを上昇させる薬の製造方法が、『錬金術ならちょっぱやで出来るba・ku・dan』には数分で生成出来るお手軽な爆弾の作り方が書かれていた。
どちらも材料は薬草や木材、石材、木の実やキノコと森で揃うものばかり。一部手に入らず町の薬屋さんで買い足すことになったが、ほとんどは原価0円で作ることが出来た。
爆弾はとりあえず全種類作ってアイテム倉庫に保管する。
魔物が遭遇した時にでも投げて性能を確かめるつもりだ。威力が弱ければ材料の品質を上げたり、種類を変える必要がある。まだまだストーカーさん達には使えそうもない。
一方で即実用可能な完成した1円玉より少し小さいお薬はまとめて水で流しこむ。上がり幅は少ないが、ただでさえチートなステータスは確実に上昇していく。
でこぴんで戦闘不能に追い込める日も遠くはないかもしれない。
誰もいないことをいいことににやにやと不審な笑みを晒しながら、お薬の製作を続けるのだった。
チート能力をお薬で底上げして手に入れたぶっ壊れステータス。途中からカンストラインが知りたくて意地なっていたことは認めよう。
でもまさかステータスの上昇分がまるっと偽装ステータスにプラスされているとは思わないじゃないか……。
自分の手元だと偽装前のステータスと偽装済みのステータス両方見えるから気にしてなかったのが仇となった。
「間違いじゃないの!?」
「疑うなら他に頼んでみればいいだろう。俺はもう金を詰まれてもあんなのの鑑定はごめんだがな!」
どこかの冒険者が連れてきた鑑定者さんに鑑定されてチートステータスがバレた。
人のステータスを勝手に見るなんて! と怒りたいところだが、私もよく鑑定しているので人のことは言えないのが痛いところだ。
鑑定者さんは冒険者さんから鑑定料を受け取るとそそくさとギルドを後にした。
「な、何者なんだ」
「あいつはやべえ」
「私は手を引くわよ!」
残されたのは私を恐れる冒険者と、異様な空気。
救いは本来のステータスは見られていないことだろう。元の数値を偽装していてこれだけ引かれているとなれば『測定不可』なんて文字を見たら遠巻きどころでは済まないだろう。
さすがにギルドへの出入り禁止なんて事にはならないだろうが、親切にしてくれていた職員さん達の異形を見るような瞳を見てしまったからにはここに残ることは出来ない。
恐れられてもいいって思ったんだけどなぁ。
私は自分の能力がチートであることを理解していた。
その上で冒険者さん達が距離を置いてくれれば、と。
今も赤の他人の冒険者さん達からどう思われようと気にならない。
けれどそこそこの回数の会話を交わした職員さんには怖がられたくなかったなぁ……。
職員さんのあの瞳に心がズキズキと痛む。
世界に絶望したロザリアはこれよりももっと苦しい思いを何度も経験してきたのだろうか。
実の母と姉に、村の人達に恐れられ、軟禁されて。
私の中であの人達への情は小指の第一関節ほどもないけれど、小さな世界のほとんどを占める人達にあんな目を向けられれば壊れてしまうのも無理はないのかもしれない。
逃げるなんて選択肢もなく、あんなまずいスープと堅いパンで腹を膨らませるだけの日々――さぞ辛かっただろう。
けれど今の私には屈しないだけのメンタルがある。
そしてこの場所から逃げるだけの力も。
村を逃げ出して1年と経たず、拠点を移す決意をした。といっても寝床は相変わらずのテントだけど。次の場所では宿を借りられるかも、と思えば気持ちは少しだけ前に向く。それに合わせて新グルメもあるかもよ! と自分を鼓舞して、しばらくの間お世話になったギルドを後にした。
私の後をついてくる者は一人もいない。
だが村を飛びだした時とは違う。
私にはカンストしたステータスがある。沢山の高レベルスキルがある。ガイドブックがある。
そして――袋いっぱいの串焼きがある。
焼きたてを待つだけの時間はなかったが、並べられた焼かれたものは全て買い取った。
そしたらおじさんが小さな瓶を付けてくれた。
「うちの秘伝のタレ。うちの串焼きに付けて食べるのが一番美味しいけど、他のお肉とも合うからさ」
「いいんですか?」
「いつもいっぱい買ってくれたからさ。そのお礼」
そう告げるおじさんは私がこの町から出て行こうとしているのを察しているのだろう。
ギルドからも近いし、騒めきが聞こえていたのかもしれない。
なのにおまけしてくれるなんて……ほんのちょっぴりの優しさが身にしみる。
「ありがとう、ございます」
自ら選んで食べた一番初めの異世界飯がおじさんの店の串焼きで良かった……。
お腹はいっぱいにならないけど、胸はいっぱいで町を出た。
おじさんの店で近々発売予定の羊串が食べられなかったことは悔やんでも悔やみきれない。
いつか姿も偽装出来るようになったらこの町へ戻ってこよう。
おじさんの店の串焼きをもう一度味わうために!
そして羊串を食べるために!