008:脱出
くそっ、足跡は正確に分かっても、コイツには「右床を避けるための左床」だって理屈はわかんねえのか。
ああ、そんなの知らなきゃわかんねえよな、そりゃそうだ!
考えるより早く、ヴィーデの腕をひっつかんで倒れ込むように体ごと引き寄せる。
瞬間、天井が崩れてガランガランと大量の瓦礫が降り注いでくる!
ダンジョンが崩壊しているのもあって、岩の重みでの反応速度が異常に早い。落石の罠が即死レベルになってやがる……!
……それでも、ぎりぎり間一髪で間に合った。
「……っ!?」
「ふう、なんとか間に合ったぜ……大丈夫か?」
いまのはマジやばかった。完全に1ブロック分の通路が瓦礫で埋まってやがる。
彼女が初心者だってことを忘れた俺のせいだ。
「うん、問題ない……悪かった。危険地帯だって言うのに気を抜いたボクのせいだ」
「すまん、お前が世間知らずだってことを失念してた俺のミスだ。しっかり説明すべきだった」
「失敗したのはボクだぞ、なぜキミが謝る?」
「そういうもんなんだよ……まあ反省はあとだ、行くぞ」
目の前を死神が通り過ぎたことに背筋が凍りかけたが、幸い、俺も彼女も足は普通に動いてくれた。
ありがたいことに、そこを超えてしまえば脱出までにそれほど困難はなかった。
遺跡を出て、安全圏まで走り抜けてしまえば、あとは夕日をバックに崩壊を見物とシャレ込むだけだ。
地響きを上げて自重で底までごっそり潰れていくっていう壮大な景色だ。
ココまで来ると地響きが周りに届くかもしれない。
これも古代帝国関係の遺跡だったはずなんで、ちょっともったいない感じあるものの、その頃のとんでもない大仕掛けがいまでも綺麗に起動するっていうのは、すげえな古代帝国。
圧巻の光景だが、さっきまであの中にいて実際死にかけたかと思うとゾッとしない眺めでもある。生きてるって素晴らしい。
「あー、助かったぜ! これでやっとリアルに助かった!」
「ボクも、これでやっと封印解除だな。誰かと一緒でないと抜けられない封印とか、人間はすごいことを考えつくものだ」
「よっし、それじゃ手を出せ」
「……こうか?」
「おう、これをこうしてだな」
ハイタッチ。
とりあえずの無事を喜び合う。少なくとも無事にシャバに帰ってきたってことだからな。
「おお、こういう儀式だか挨拶があるんだな! いいなあこういうの」
いちいち細かいことに大喜びだな……こっちまで嬉しくなるっつの。
まあ嬉しいときは分かち合うに限る、ってのは早めに覚えといていいだろう。
「まあそういうこった……うーあー、ドコかで一杯やりたい。遺跡潜って一攫千金狙ったら誰かの陰謀でしたとかマジもう勘弁ー!」
ごろ寝バンザイ。
あとはドコかの宿で祝杯を上げるだけだ……まったくの無駄骨で貯金もへったくれもなくなったけどな……。
「しかし……うん、すごいな、すごい。エイヤは毎回こんなことやってるのか。たしかにボクは運命についてキミに軽く話したことについて謝らなければいけないし、学ばなければいけないようだ。こんなのを当然わかってるように言われたら、怒るのは理解できる」
ヴィーデさんや、謝らなければとか言いつつ、完全に嬉しそうで「楽しい体験しました!ありがとう、これからもよろしく先生」って顔してますよ。
まあ、命がけでも、屈託もなくココまで素直に喜んでもらえると、たしかに癒やされるけどな……。
「やってるっていうか、俺だけじゃなく全員がな? 人間なんてだいたいこんなクソ生活ですよ。特に俺みたいな、身寄りも金もないやつは結構こういう危険なことやってる。それでも人間に興味あるかい?」
「もちろんだ。だいたいボクはキミの人生に責任を感じなければいけない立場だぞ。しかも願い事まで全部ボクにくれやがって、お人好しすぎるだろうキミは。ボクを使って金儲けすらする気がないだろう?」
そりゃあ、そんなことしたら心がすり減りますよって顔してたじゃないですか。
それがわからないのが嫌で人間を知りたいって自分で言ってたじゃないですか。自覚もなしに。
そんな純真無垢な娘さんに後ろ暗いことを教えるのは人としてどうかってやつでね。
……まあ、グレーなことはたくさん教え込むんですけども。特に俺なんて人としてクソ野郎ですから、ええ。
「つうかさ、魔力を物理に使うのは効率が悪いって自分で言ってただろ。なら、その使い所はそういった直接的な物事じゃないのがいいんだろうし、そのほうが結局は俺の得になるってことじゃん」
「キミは意外に目ざといな。そんなところまでしっかり聞いていたのか。確かにそうだ。魔力の基本は上流に集中して局所的にだ、温泉を掘り当てるように。物理に変換して使うなんてのは、炭の燃え残りで湯をわかすようなものなんだ」
「マジかよそれ。そうだとすると魔術師たちって結構苦労してんだな」
もし、自分が人生かけて研究した魔法が、源泉から湯を汲み上げることじゃなくて、燃えカスで必死に水を温めてるって知ったら、だいぶ愕然とするよな。
そりゃあ、けっこう大変だ。
魔術師なんてエリート連中だと思ってたが、世の中なんてどこも楽じゃないってことか。
さて、ダンジョンもキレイさっぱりおなくなりになったし、道中のこととか整理しておこう。
「あ、そういえばさっきはすまなかったな。予想以上にしっかりついてくるもんだから、普通の探索仲間みたいに思って指示がいい加減になってた」
「いや、アレはボクにも非はある。難所だと聞いていたのに、その通りに実行完了した時点で問題がないと思ってしまった」
素直なだけに、対応もまっすぐだ。またそれが可愛いんだが。
でも、そういう話じゃないんだよな。
やっぱそういうところはまだわかんねえのか。
「あー、そうじゃない。ええとな、初心者でよく知らないことにチャレンジするやつはミスしていいんだ」
「ミスしていい?」
「そう、失敗してもいいんだよ」
「そうなのか?」
「慣れてないやつがミスるのは当然で、そういうのはむしろ経験者が事前にチェックしておくべきなんだよ。それを怠って危険に巻き込んだのは俺の責任だ、って話」
むしろ、初心者なんて多少はミスしたほうが問題点がわかりやすくていいぐらいだ。
ミスが少ないと逆に、問題に気づかないまま後々まで抱え込むことすらある。
「ふむ、そういうものなのだな」
「そういうもんだ」
「なるほど、勉強になる。つまり、教えを請う立場というのは、失敗を含めてフォローされるべき存在ということだな」
「そういうこと。ところで、それはそうとえらいよく動けてたな。アレで遺跡の走破がはじめてとか、とてもじゃないけど思えないんだが」
「そうか? だいぶぎこちないと思うのだが。これでも久しぶり……本当に1000年ぶりの現界だから、まだうまく体が動かせてない。それにボクは人間について、だいたいこれくらいの感じだと思っていたのだが違うのだろうか」
……は?
おいおい、しれっと言ってくれますけど、どう考えてもなんか特別に鍛えてた的な動きにしか思えなかったんですが。
コイツは人間をなんだと思っていたのだろうか。
「ちょっと待て、お前の人間って認識はどういう基準だ?」
「ボクを討伐に来たり誘いに来たり封印に来たりしたやつと、あとは大神官とか皇族とか将軍とかくらいしか会ったことはない。なので大体そんなぐらいかと……」
おおおい、さらっと言ってくれますけどね? それどう見ても確実に英雄とか大魔導師とか勇者とか賢者とか、たぶんそういった人間離れしたバケモノ連中ですよ?
「あ、うん。わかった。悪いけどそれ、人間とか言ってるけど相当に人間やめた感じの特別な連中なんで、たぶんあんまり参考になんない」
まあ、こんだけの存在なら、お近づきになる人間連中もバケモノ揃いだろうからなあ。
「そうなのか。てっきり普通に鍛えればアレぐらいになるものかと」
鍛えすぎですお嬢様。
「ないない。達人中の達人とかその道を極めてあんなもんだ、っていうか俺だってそこまで強くねえぞ? どおりで、たいして動けないとか言ってた割にはすげえいい動きだったわけだ。あれでもまだまだってわけか、人外とかそういうのパねぇな……」
コイツを人間の尺度で考えちゃマズイってことだな。
でもこう、そういう純な態度見てると色々忘れそうになるんだけどな……ああ、俺もヤキが回ってんなぁ。
男ってホント悲しい生きもんだ。(一回目)
……そこであらためて気がついた。
なりゆきで契約して封印から解いちまったけど、俺、もしかしなくてもコイツを養わないといけない?
「あ、ええと、つかぬことを聞きますがヴィーデお嬢様」
「なんだい?」
「これからのご予定は?」
「決まってる。基本的にはキミについていくのがボクの目的だ。それにキミはもともと帝国の古代遺産を探しに来たんだろう? それなら売り飛ばすにしろ使うにしろボクを持っていかなくてどうする」
にこやかでさわやかに言われた。
うん、まあそうですよね……。
ただ、そういうのは置いといてですね、聞きたいのはそういうことじゃないんだよな。
「そうじゃなくてさ、とりあえずやってみたいことってやつだよ。自分を探すために」
「ああ、なるほどなあ、本当にいたれり尽くせりだな、キミは」
いや、これっぽっちの言葉で、そこまで考えが至るお嬢様もすげえですよ。
まったくいい顔しやがって。
「そうだなあ……今の帝国がどうなっているのか実際に見たいのはあるかもしれない」
「お、いいねえ。そういう感じだぜ。それで、行った先でなんかあるか?」
「うん、そうだな……とりあえず帝国皇帝に挨拶がしたい」
「ぶっ!?」
なななななにを言い出すんですかお嬢様……とか思ったが、そっか、こいつからするとそんなの日常感覚だもんな……。