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004:契約


「じゃあ……いいのか!?」


 彼女が見るからに、ぱぁぁっと期待に満ちた眼差しになる。

 肉を目の前にした犬でもそんな顔しねえぞってくらい。

 勘弁してくれ、こういうのどうしていいかわかんねえから苦手なんだよ。


 なんで長生きなのにそんな純なんだよ、容赦なく可愛がるぞ!


「まあな……たしかに俺はクソでどうしようもないし、出たとこ任せで生きてると思ってるよ。今でさえ、選んでそうなったと思ってる。だから、選んで契約してやるし、望みは最初に言うぞ」


「本当か!! ありがたいなあ……ああ、ああ……!! そうか、そうだな……うん、なんでも聞くぞ、遠慮なく言ってくれ!」


 おいおい、マジかよ……どうしてこんなことくらいで、そんなとてつもなく嬉しそうな顔するんだお前。

 人間のひとことくらいで、なんで何度も何度も喜びを噛み締めてるんだよ。

 砂漠でオアシスを見つけたみたいに、感極まってどうしようもなくなってるじゃねえか。


 そもそも、こんな俺なんか頼るとかおかしいだろ、もっと選びようがあるだろ。

 超絶美人のスーパー魔物様だろお前さんは。

 だいたい、運命がそこまで操れるとかなら、こうなるのわかってんだろ?

 俺のことが操れないとしたって、ほぼ確定なんじゃねえのか?


 なのにそんな顔されたら……こっちまで照れるじゃねえか。


「あー、ゴホン。じゃあ望みを言うぞ、覚悟しろ」


「うん、なんでも言ってくれ! どんなことでも従うぞ!」


 あああ、そんないい顔でなんでも従うってやばいだろ普通に考えて。

 でも、そうじゃねえだろ、そうじゃねえ。

 世の中ってのはそうあっちゃいけねえ……絶対に。


 自分が全部任せられるって相手にこそ、任せきっちゃいけねえんだ。


「俺は運命とか知らん。お前がどんな能力でどんなやつかも知らんし、ぶっちゃけ他人の事とかどうでもいい。だけどな……」


 この世はクソでクソだ。

 だから、せめて自分で選ばなきゃいけない。そうじゃねえのか?


「お前はお前らしく好きに生きろ、その上でクソみたいな世間のルールも一応守れ。そんでときどきハメ外せ、見えないトコでな。それが俺の望みだ、わかったか!」


 あー、どうしてこう、カッコつけちまうんだろうな俺。


 もしコイツが男だったら俺はどうしたろうな……まあ、一発ぐらい殴ってたかもなあ。

 でも「世間知らずには、まず世の中を教えてやる」ってのはあんまり変わんないか。


 だから、人の運命をさんざん操っておきながら、自分のことはまるでわかってなさそうなコイツには……運命を自分で選ばせるだけだ。


「おお、すごいな! 自分のことをなにも望まないとか、そんなことってできるんだな! ただ、ひとつだけ聞かせてくれ。すまないが、その……ボクらしい、とはいったい?」


 まったく、あどけない顔でわくわくしながらぽかーんとしやがって。

 人間なんかよりよっぽど長生きのくせして、そんなのもわかんないのか。

 どんだけ真面目ちゃんだよ、考えたこともないって顔しやがって。1000年も引きこもった挙げ句、こんなささやかな希望しか持てないってのは、あまりにも切なすぎるだろ。


「知るか。お前のことなんだから、お前が勝手に見つけることだろ。だいたい、見つけようが見つけまいが、どう思ってても勝手にお前になるよ」


 世の中そんなもんだ。

 放っといても自分は自分で、それ以外にはなりっこない。

 憧れようとなんだろうと別人にはならないんだから、ただそれを認めるだけのことだ。


「ああそうか、そういうものなんだな。いいなあ……いい、すごくいい。ボクが選んでいいなんてものがあるのか……さすがエイヤだなぁ……!」


 マジか……こんな程度でここまで嬉しそうに噛みしめるように、夢見るようにはしゃぐのかコイツ。

 なんか幸せそうな顔しやがって、惚れちまうだろうが。


 こんなの、俺なんかみたいな世間を知り過ぎた腐れ野郎なんかより、よっぽど人間らしいじゃねえか。

 人間より魔物のほうが人間らしいとか、世の中やってらんねえ。


「ん……ボクが見つけるボクらしいこと、か。それってどんなモノだろうな、すごく人間らしかったりするんだろうか? それって素晴らしいんだろう?」


 ああもう、たったこれだけのことで、そんなに心ときめかせながら対応するなよ。

 擦れた野郎には、そういう純な女の子の反応はまぶしくていろいろとツライ。


 なんだこの、明らかに年食ってるのに、ピュアっピュアな感じのヤバイ生き物。

 人をダメにする魔物としか思えなくなってきたぞ。


「まあ、その、そのうちわかってくるだろ……ところで契約ってのはなんだ。それと名前をそろそろ教えろよ、いつまでもお前ってわけにもいかんだろう?」


「たしかにそういえばそうだった。でも、契約は難しいことじゃない。単に、ボクに名前をつけてくれればいい」


「……はぁ、名前? お前さん名前ないのか?」


 おいおい、こんなヤツが古代帝国とかにいたら、ご立派な名前があるだろ普通。それともなんか魔法とか儀式的な理由か?

 名付け親とか、それって結構重いんだが。家畜に名前なんかつけたら食えなくなるやつじゃねえか。ヤバイ気配しかない。


「うん、名前はない。だからキミに名付けられたい」


「マジか……そういうの苦手なんだが……」


「まあ、いろんな呼ばれ方はされてる。神だの聖女だの魔王だの勝手につけられた呼び名ならあるよ。だけどそれは本当のボクの名前じゃない。それに、真の名前は弱点にもなるからね。でも人間なら……名前があるだろう?」


 まあコイツぐらいめんどくさそうな存在だとそういうのもあるのか。

 案外、魔物とかの世界も色々と大変なんだな。


「別に本当に真から人間になりたいわけじゃないんだし、そこはどっちだってかまわないんじゃないか? 運命の女神なんちゃら、みたいなのでもいいわけだろ?」


 コイツたぶん、古代帝国の魔神とかそのあたりっぽい気もする。

 他国から見ればどうやっても敵わない邪神、帝国からはすべてを叶える神。

 だから魔神ってわけだが、そんな存在がこんなにあけすけで純真無垢でいいのかよって感じだなあ。


「そうもいかない。名前は所有権を示すものなんだ……魔術的に。だから名前をつけられることで、封印から出て使い魔(キミのモノ)になる。これならわかりやすいか? それにさっきも言ったように、ボクはキミに使われたいんだ。この場合の名前は契約をあらわすと思ってくれ」


 ちょっと待て、本気かよ。

 なんだその従属バンザイあなたのペットになります宣言。


 しかもそういう、こっ恥ずかしい危険セリフを、どうしてこんなにも笑顔で熱っぽく生き生きと嬉しそうに言うのか。

 あからさまにわくわくしやがって。


 ちくしょう……こんな、すぐ悪いやつに騙されそうで危うい生き物、放っとけねえじゃねえか。

 ちょっと目を離したら変なところに連れてかれそうなヤツじゃん!


「ああ、わかったわかった。名前つけてやるからまずは落ち着け。ってもこう、学がないからすぐにこれっての出ないな。お前さん、なんか好みとかあるか?」


「……む。ボクにはあまり好みとかはない。持たないようにしているのもあるかもしれないが、おそらく好みになるほど実際に物を知らないんだ。運命や出来事なら知ることはできるが、それは手紙や人づての話みたいなものだろう?」


 まっさらすぎて危なっかしいなおい。

 こんな世間知らずで真のラスボスみたいなやつと契約して大丈夫なのか俺。


「じゃあ、お前さんの名前はヴィーデでいいかな、空っぽって意味だ。今の様子だとそれくらいでちょうどいい」


 ……純白とか無垢とかって意味でもあるんだが、そんなの恥ずかしくて言えるかよ。


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