038:ファーレンベルン執務室(挿絵あり)
隣国、アーロスク。ファーレンベルン城。
荊棘姫の本拠地としても有名な古城で、中央の尖塔が天に向かって突き立つ姿はまさに圧巻。
帝国との長きにわたった戦にも耐えきったそのシルエットは、姫の性格をよく表す城として内外に広く知れ渡っている。
――その執務室にて。
「……なんですって!?」
部下の報告を聞いて、いまは「隻眼の荊棘姫」の立場であることも忘れ、思わず身を乗り出すくらいに声が出た。
変に声を上げたせいで、すっかり部下が震えあがっている。
「じ、事実であります! 隣国、ミルトアーデンにて300年ぶりに古竜が出現したとのこと。それも、その背に領主であるミルトアーデン子爵ボンテール閣下を乗せて、です」
「そ、裏はとったの?」
「はい、住民や周辺の誰もが見ていたほどの大事件であります!」
部下は、緊張しながら精一杯の返答をする。
「ふぅん? 面白いこともあるものね」
なんとか、ナニゴトもなかったように足を組みつつ、けだるげな返事で姫らしさを取り繕う。
ああもう、めちゃくちゃよ。部下にまで余計な気を使わせてしまったし。
それにしたって、こんなの、どう説明をすればいいのか。
先日、なぜか帝国から「ミルトアーデンの様子を探れ」と直々にお達しがあった。
最近、あの領主が派手にお金ばらまいて動いてるのは確かにそうで、たぶん帝国側もそろそろ圧力かけたいって時期なんじゃないか、みたいなコトだと思ってたんだけど。
だからって、隣国にそんなスーパー激レア最強守護獣が出たとか言われた日には、圧力かけるどころの騒ぎじゃない。もう、誰もあの国に攻め入れないんじゃないかしら。
そもそも、そんな子どもじみた「おとぎ話でしか聞かないようなこと」が起きたと聞いても、権威主義者の老害貴族にはとりあってもらえないに決まってるのが頭イタイ。
もちろん、自分はドラゴンとか超最高だと思うけど。なによりかっこいいし、ステキで憧れる。
わたしも乗りたいっていうか、是非乗りたい。すごく乗りたいしめちゃくちゃ羨ましい。
だいたいドラゴンに乗りたくない人なんかいるの? そんなのいないに決まっている。いたら始末しにいく。
もっとも、帝国の星見は天才中の天才占星術師「予言者ラーユル=ディートエルト」。
これを予見していた可能性がないわけでもないけど、指示自体は「定時報告をよこせ」程度の内容だ。こんなロクでもない大事件まで予見しているような指示でもない気もする。
正直、先送りしたいくらいの事件で困る。
どうせわたしが調べろって言われるに決まってるんだもの。ああめんどくさい。
「……ご苦労、下がりなさい」
「はっ」
不機嫌を装ってっていうか、実際に激重ウザさマックス案件なので、なかば冷たくあしらうように部下を退出させると、やっと一息つける。
「うう〜、なんなの? どうしてわたしばかりがこんな目に!?」
正直言って、いろいろ運命を呪いたい。つらい。
っていうか、なんでわたしが姫将軍とか荊棘姫とか呼ばれた挙句、帝国に国を売った張本人みたいにされてるの!?
ただ、ちょっとだけ剣術とかおとぎ話が好きなだけだったのに!
ウチの国はもともと貧乏だ。帝国と戦争やってた時期に疲弊したせいともいう。
そこへ、当時やり手の商人であったボンテールが、ウチの国周辺の商売を根こそぎミルトアーデンにうまく持っていってしまった。
おかげで経済ガッタガタ。これといった産業が育たない。
そもそも、国が大きくないから、いろいろやりくりしないとそれだけで沈んでいく。
そこで、どうしようもなくなって、戦後処理にウチの国を帝国に身売りするのを決めたのは、王である父上だ。
父上は悲しいかな、とにかく優しいのだが経済的な才能はない、まったくない。
なので最終手段として、帝国に養ってもらうことにしたのだ。税金安すぎ人良すぎなんだもん!
でも、その父上は、帝国に人質として連れていかれてしまった。
代わりに女王になったのは母上だ。
母上には意外な政治の才能はあったものの、残念ながら戦に関してからっきしダメ。
あらあらこまったわね~っていう感じで、のんびりマイペースすぎてやばい。
となると結局、荒事は、そういうのに興味あるわたしがやるしかない。
つまり、ウチの国ではまともに戦や防衛に出れる将軍がわたしだけ。
だって、西側の端っこ小国だから周辺の魔物討伐に行かされてばかりだし、他にできる人いないし、わたしがやるしかないじゃん!
おかげで走り回っているうちに、なぜかすっかり、わたしが「父を追い出して帝国に国をあけわたした売国の姫」にされてしまった。おかしいでしょ!?
しかも、気がついたら「隻眼の荊棘姫は冷酷非道の姫将軍」ということにまでなってしまっている。
納得いかない、超納得いかない。こんなにがんばってるのに。
思い返すと、本当にろくなことがない。
「ああもう。どうしていつの間にこんなことになったのかしら」
髪だってちゃんと可愛く両サイドアップにして飾って、普段からドレスを身にまとって、どこへ出ても恥ずかしくないようにしているだけなのに、なぜそんな噂になるのだろうか。
あ、ドレスがバトルドレスしかないのは予算と都合の関係ね。あと趣味。
ちなみに眼帯はおしゃれアイテム。
っていうかわたしは可愛いすぎるので、困ったことに、普通の格好では部下とかおっさん貴族連中からまともに見てもらえない。なので、普段からちゃんと正装する必要がある。
実際、正装をしていると、どこでも交渉がうまくいきやすいっていうか、小娘扱いされないだけでもお値段以上のお得感がある。
いいのよ、これは趣味と実益を兼ねてるのよ、たぶんきっと!
だってかっこいいかわいいし! 眼帯なんて超ステキなアクセじゃない?
メイドや執事たちもみんな「似合ってる」って言ってくれてるので間違いないハズ。
だからいまはこうやって、外では冷酷なレイピア使いの姫将軍。
ひとりのときは、純情可憐なピチピチのキュートでセンチな乙女として活動中である。
魔族の血が入ってるせいで、ピチピチ期間がそのへんの人間族よりはるかに長いのは少しお得。
そして、いつかはドラゴンの背に乗って現れるステキな王子様をゲットするの!
「そう、やるの! やるのよシグリンデ! わたしはこんな貧乏ヒマなし二重生活から脱出するのよ!」
――などと、彼女が決意を新たにしていた、そのころ。
すでに、その原因たるエイヤ一行が、すっかり自国まで入り込んでいることを、彼女はまったく知らなかった。
これにて第一章は終了になります!
書籍化作業がんばります! いそがしい!
第二章までしばらく間があくと思いますが、今後ともよろしくお願いします!
もし、シグリンデちゃんとか気になるんじゃーみたいに思われたりしたら、感想や評価などいただけると励みになります!
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