033:勝敗の行方
我々が第二層に入ってから、気が遠くなるほどの時間が経ったろうか。
30人からなる大所帯にもかかわらず、完全に無事な部下などほとんどないと言っていい。
私でさえ幾度となく死を覚悟したし、落とし穴に落ちそうにもなった。なんども転んで、地べたをはいずって罠をかわし、どうしようもなくズタボロになった。
私は、こんな恐ろしい罠だらけのダンジョンに、得意がって気ままに部下を押し込んでいたのかと思うと、ぞっとする。
「大丈夫か、みんなには苦労を掛けたな……もう少しだ」
「いえ、領主様が無事でさえあれば、我々は報われます! 大丈夫です!」
まだ新しい血がにじんだ、腕の包帯が痛々しい。
私をかばったばかりについた傷だ。にもかかわらず、部下たちは気丈に接してくれる。
こんな私欲にまみれた愚かな領主に、部下たちはどうしてこんなにも優しく接してくれるのか。このような無謀な行動、いつ見捨てられてもおかしくないというのに。
だが、それでも。
我々はついに第二層を攻略した、したのだ!
そう、第三層まで降り立った! 罠を超え、第二層踏破を成し遂げたのだ!
あのいまいましい盗賊めを、ついに追い詰めたともいえる。
盗賊の報告書には、第三層は敵がいる部屋が一つだけとあった。
そして我々には、万全ではないにしろ、30人からの人数がいるのだ。
これであれば、どんなことがあろうと対応できるというモノだ。
ここで私は高らかに宣言する。
「みんな、このような私によくついてきてくれた! いや、むしろお前たちの働きがすべてであった! 感謝してもしきれぬが、まずは礼を言おうと思う」
「いえ、今の我々があるのは領主様のおかげであります。部下一同、領主様がお困りの時には我々がお助けする番であります!」
部下一同がその言葉にうなずく。
私はいつの間にこれだけ慕われていたというのか。ただ、金を出して、ごろつきまがいの二流の部下だと思って、いいように使っていたいただけの領主だったというのに。
……思わず涙ぐみそうになる。
「ありがとう、みんな……ありがとう! だが、まだ終わったわけではない。これより敵の領域だ。では、これより最終攻略を開始するぞ!」
「「「おおおおッ!」」」
部下たちの歓声が上がる。
私はてっきり、苦しくなれば裏切られるかもしれないとさえ思っていた。見捨てられるかもしれないと思っていた。
それでも、私はここへ来なければならなかった、それだけだ。
それがどうだ。
こんなにも部下たちは私を慕ってくれているではないか。
私はこの声に応えなければならない、それが領主なのだから……だが。
ぱち、 ぱち、 ぱち。
歓声が収まったころ、拍手が響いた。
「やー、みなさまがた、ご苦労様。どうでしたダンジョン探索、歯ごたえありました?」
例の盗賊が、女連れで現れたのだ。
それも、軽い口調で。やっとの思いで達成した我々を小馬鹿にするように。
***
まあ、みんなで一生懸命ってのはいいよね。
そんな領主様ご一行が、ガン首揃えて最終戦の準備してるところにお邪魔したわけだが。
「……き、貴様、貴様はッ!!」
それはもう、領主様ともあろう御方が驚きと怒りとで顔を真っ赤にしている。
うん、予想通りの塩対応だった。
当然といえば当然だが、兵士連中が全員警戒態勢になり、領主様を守る。
30人がかりで俺をいじめるのよくないと思う。
「貴様もなにも、アンタ俺の名前知ってるんでしょうが、ボンテール子爵閣下さんよ」
「ぐ……ぬぬ。だが黒鷲のエイヤよ、我々はついにここまでたどり着いたぞ。貴様の持っている迷宮のアイテムを渡してもらおうか?」
領主様は、この人数を相手にするつもりか、とでも言いたげに、要求を迫ってくる。
あー、勘違いしてるなあ。やっぱ勘違いするだろうなと思ってたけど。
「達成感マックスなところすまんけどね。アンタら、たどり着いたんじゃねえんだよ。そうするようにしたの、俺が。全部アンタらに合わせて調整して、だ」
横のヴィーデがうんうんと俺の言葉にうなずくのが妙にかわいい。
「はぁ? 貴様、なにを言っている? 我々は……」
「お前らの腕じゃねえって言ってんの。俺が、間引きして、アンタらでも死なずにクリアできるよう【よい子のやさしいダンジョン踏破初級編】として、罠を2割にしたって話だよ」
「な……ん、だと……!?」
領主だけでなく、兵士たちの間にもどよめきが起こる。
「そ、そのような世迷い事……」
領主がプライドを保とうと必死に話を引っ張るが、ぶった切る。
「たとえば第二層、落とし穴の通路、あそこでハンマー落ちてこなかっただろ? 隠し矢の通路、あそこの足場のくぼみ仕掛けもお前ら転びそうだから避けた。そこまでやったらお前ら誰か死ぬと思って加減したんだよ、わかるか?」
兵士たちには思い当たるフシがあるのか、ざわざわと混乱が起きている。
そりゃあ、あんだけ苦労してまだ2割って言われたらショックだしなあ。
まあ、こいつら運動能力ないわけじゃないが罠の知識がなさすぎる上に、領主様を守りながらだからな。
斥候がいない上に、保護しないといけないやつがいるパーティなんざ、こういう罠ダンジョンじゃどうしようもなさすぎる。
だが、領主様はめげないらしい。
「た、たとえそうかもしれぬが、それでも、貴様の誘いに応じて我々はここまで来たのだ。私は領主として、部下のためにも引くわけにはいかぬのだ!」
言うことだけは偉そうだし、マジでそういうつもりではあるんだろう。
だが、自分の都合のいいまま「つもり」で話されちゃこっちも困るんだよ。
「あー、ずいぶんと部下に慕われてる領主様なのはわかったけどな。だからって、スラム出だからって俺らを舐め腐ってもらっちゃ困るんですわ」
正直、領主があんな依頼を冒険者ギルドに出したら、あとでひどいことになりますからね。
「……なにが望みだ。この際、聞いてやろう。そしてアイテムを渡せ」
うわ、頭そこそこ回るくせに、まーだモノ目当ての盗賊だと思われてるの俺?
もしかしたら部下の手前、メンツがあるのかもしれねえけど。
「望みもなにも、テメエが俺に情報不十分な違反依頼よこしやがったからだろうが。だからわざわざこっちは、テメエに試練ってやつをお望み通り体験させてやったんだろうがよ!」
「……は? 貴様なにを言って……」
うわ、この領主、本当に俺がなにを言い出しているのか理解できないって顔だ。
このおっさん、マジでなにもわかってねえ。やばい。
どういう場所なのか、思い出させてやんねえといけねえトコまで面倒見るのか……。
「ああもう……ここは! 【試練】と引き換えに! 【願いを叶える】迷宮だってわかって来てんだろうがッ!」
「ぐ……む」
さすがに口ごもる。やっと思い出したかバカ領主め。
お前、そもそもそれ分かってて、なんの腕も度胸もないのに自分で来るとか言う気になった、変態バカ野郎だろうが。バカならバカらしく大バカになれよ、恥ずかしい。
「だから、テメエがなんか願いがあるってなら、叶えるために、テメエに【試練】を受けさせなきゃいけねえんだっての!」
「そ……それは……」
「絶対おかしいだろ、子爵様ともあろうものが、わざわざこんなトコまで必死すぎじゃねえかよ。こっちだってプロだからな、依頼受けたら裏の裏まで読みますぜ?」
「ぐ……ッ」
「領主様!!」
「いや……いい」
完全に言い負かされた領主が、心底悔しそうに、汗を流しながら俺を見る。
その様子を見た兵士が、見かねて心配そうに領主に声をかけるものの、それを領主が制す。
「すまぬ……ヤツの言うとおりなのだ……私には、譲れぬ願いがあってここまで来た」
少しのためらいのあと、観念したように、領主はがっくりと折れた。
ああよかった。くそ領主ならここで逆上したりするもんだが、少し頭いい領主で本当によかった。
「まあそういうこった。俺の助けがあったって、試練をクリアしてマジ反省して、最後の試練を受けてもらってなら、ココの主の情状酌量もあるってもんだと思うんですよ」
なんか知らないけど大事なんでしょ、その願い。
「……っ、そうだ。私は、娘の不治の病を治したい。そのためにならなんでもする。私はその想いだけでここまで来た……!」
「り、領主様……まさか、そのような……大事なことを!?」
「すまぬな。これは、個人的なことだ……こんな、私だけの理由で、街を放って部下を働かせる私は、ダメな領主だと思っていたのだ……」
「いえ、むしろ、どうして話してくださらなかったのですか……!」
げ、重いやつ来た。
部下たちは号泣モノでマジ涙ぐんでる。なんかばつが悪いし、しばらく放っておこう。
まさかこの金満横暴領主が、こんなに個人的で普通で、しかもスルーしてたら後味の悪そうな奴が来ると思ってなかった。
さすがに、あまりに切実で純粋な願い過ぎて申し訳なさがある。もし、完全にやり込めてたらと思うと、一生恨まれてたに違いないので、ちょっと冷や汗が出るくらいだ。
「……エイヤは本当に優しいよねえ」
そして、後ろを見れば、ヴィーデがなんか勝ち誇ったようにどや顔をしていた。
うん、すげえ負けた気がした。