032:ダンジョン籠城戦・終盤
領主となって以降、初めて潜るダンジョン……正直、もう冒険などしないものだと思っていた。この私が、どうしてこんなことになった。
手紙には、このまま攻略を続けるなとはあったが、自分で行くなとまでは書いていない。
だから、現状の私が取れる手段としてはこれしかない。そう仕向けられた。
それに、それにだ。私は、「私の責任で部下を見殺しにした」領主にはなれなかった。
部下を、使い捨ての道具のように思っていた、そのはずだ。
なのに、肝心なところではそう思えない。私は臆病なのだと知ってしまった。
私はこんなにも弱い男だったことを実感させられるなど、断じて許しがたい。
「領主様! ココは罠があるようです、後ろに下がってください!」
私をかばうために、部下たちが私を守る隊列を組む。
そして、一度は通った第一層の洞窟を、棒で突きながら確認しながら進む。こうしたダンジョンの罠は、一度解除しても、モノによっては時間で復活したりするからだ。
正直、このままでは、私は単なる足手まといでしかない。
……だというのに、私に出来るのは、部下たちにかばわれることだけだ。
たったひとりの盗賊などに、どうしてココまで追い込まれねばならぬのか。
「すまぬな、みんなには苦労をかける」
「いえ、領主様あればこそですよ!」
「そうですよ。俺なんて、領主様がいなければ、タダの食い詰め者でしたからね」
「ふ。いまはたとえお世辞でも、そう言ってもらえるだけでありがたい」
部下たちが、私を気づかい、元気づけてくれる。
人など、金さえ出してやれば人は動く。そう思っていたし、実際そうしてきた。
だが、いまはどうだ。
金をくれてやっただけの部下たちに、こんなにも助けられている。私が励まされるような立場になっている。
「領主様、このまま行けば、恐らく夜には第二層までは行けるようです」
そして実際、部下たちはよくやってくれている。
しかも運よく、あまり復活する罠も少ないらしく、歩みは遅いながらも着実に進んでいるようだった。
それも、煙が出なければのことだ。いまのところ煙に対する有効な対策はないので、どうなるか。だんだんと自分が不甲斐なくなってくる。
「行けるところまで行ければ、そこで一度休みを取る。良いな?」
「はッ!」
自ら探索に向かうなどと息巻いてはみたが、たいした指示を出すこともできない。それがいまの私だ。部下に連れられているだけのお飾りである。
それでも……なんとかまずは第二層まで来た、のだが。
「領主様、捕虜は全員無事で、第二層すぐの部屋に全員おります! 武器も防具も全て揃った状態であります!」
「なんだと?」
確かめてみればたしかに全員いる。しかも本当に装備類がまったく処分されていない。
これは一体どういうことだ!?
ともかく、捕まっていた者たちの面倒を見ながら話を聞く。
「ああ領主様ありがとうございます! 助かりました……一時はどうなることかと!」
目に涙を浮かべるほど、助かったことを喜ぶ部下だが、水も与えられていたらしく、思っていたより元気なようだ。
これなら、すぐにでも部隊に復帰できそうなほどである。
「まずは無事でなによりだ。ヤツには、なにかされなかったか?」
「いえ、縛られ動けなくされた以外はなにも。むしろ、煙の中から救い出してくれたのはヤツなので」
「そうか……まあ、とにかく全員が無事であるならそれでよい」
こうやって部下の無事を喜びながら、その一方で、自分の責任が軽くなったことを喜んでいる自分が、どうしようもなくあさましい。しかも、私はなにも出来ていないのだ。
盗賊などに、こんな状況に追い込まれた自分がいまいましい。
領主ともあろう私がこんなことではダメだと思うのだが、感じてしまうことはどうしようもない。
「すまぬが、盗賊について、なにか情報はあるか?」
「その……”もし自分でココまで来たのなら、このまま第三層まで来い。自分で来たのでなければ引き返せ。”ヤツはそう言っていました」
「なに?」
おかしい。
あれだけ頭の回る相手だ。全員助けておきながら、この対応はなにか意味があるはず。
しかも、諦めて戻れと言っていたのに、ココまで自分で来たなら攻略しろと言ってくる。
どちらにせよ、選択肢などない。
私に、戻る選択など残されてはいないのだから。
***
こっちは、そんな連中の様子を見ながら、だいたいの行動を固めるわけなんですけども。
「これだけ見てても全く気付かないからなあ、嫌になるぜ」
さすがに気配ぐらいは殺してるとはいえ、かなり堂々と眺めてるのに、これっぽっちも気づかれないってのは張り合いがない。
そこに気づくようなら、第一層くらいではそもそも困らないのだけれども。
「ボクは、知ってても意外過ぎて、エイヤの行動そのものに驚かされるよ……」
ヴィーデが感心したように言う。
「しょうがないじゃん。そうしないとあいつらここで死にまくるもん」
そうなのだ……当初の人員や攻め口ならともかく、この調子だと、放っておくと全滅する可能性まである。とくに第二層はこのままだと死ぬ、まず死ぬ。ありゃダメだ。
なので、連中が変に死なないように調整するのは俺の仕事なのだ。
もともと手紙を送ったのは、領主が焦って判断をミスるなり、怒ってブチ切れるなりするのを期待したわけですけども、効果ありすぎだろう。
あそこでとれる選択肢は、ざっくり考えてもそんなにないってのはあるけどさ。
まあ、帰るぐらいなら最初から来てないだろうから、それはないにしても、手紙の内容はハッタリだと言って、堂々と普通に攻略をするのが定番だ。
だいたい数名死んだとか殺したって書いてないんだから、脅しだって気づけよ。
でなけりゃ、ブチ切れて人質奪回を叫んで強襲するってのがお約束だろうが。
なんで、そこでいきなり本人がやってくるとかいう変態ムーブかましてんだよこの領主。
お前さん、別になんか役に立つわけでもないじゃん。人がいいってやつなんかね……。
大事なことがありそうなんで、気持ちはわかんなくもねえけどなあ。
だったら、スラム勢な俺らの気持ちも察してくださいって話ですよ。
自分の気持ちばかり優先で、その他はないがしろとかさ。どう考えてもわがままいっぱいの迷惑領主じゃん、やってらんないですよホント。
「エイヤは本当に優しいよねえ」
ヴィーデが、なんか年上の余裕をかましたような表情で見透かしたように言ってくる。
時々、こういうゾクっとする目で見てくるのにやられそうになるって俺も、本当にクソ野郎だと思う。
「そんなんじゃねえし。単に、自分に恥ずかしいことがしたくねえだけだからな……」
俺が後味悪いようにはしたくねえんですよ。
それだけの生き方しかしてきてねえし、それしかできねえからな。
誇りまでなくしちまったら、本当にタダのクソ野郎だし。
「でも、ボクは、そういうエイヤが好きだよ?」
「……は?」
ヴィーデが、笑顔でとんでもない不意打ちをぶち込んできやがった。
こいつはナチュラルにこういうこと言いだすので、本当に油断がならない。
「だって、エイヤはいつも誰にも同じように接するじゃないか」
「あ、うん。そういうことか。そりゃそうだろ」
焦ったのバレてないよな、な?
それはともかく、誰にでも同じようになんて、そりゃしにくいけどするしかねえだろ。
別に立場は違ったって根っこは対等なんだからな。
「ゴルガッシュやボクに対して普通に接するとかなかなかできないよ」
「そうか? みんな普通に付き合ってほしいなんて当たり前だし、誰だって変な目や自分の都合だけで見られたくないに決まってんじゃん。礼儀だよ礼儀」
とか言ってはみるものの、盗掘稼業やってるような俺の礼儀なんてのは、タダのクソ野郎が偉そうぶってるだけにしか見えねえと思うんだけどな。
「ふむ……なるほど礼儀なんだね。じゃあ、ボクも少し考えてみようかな」
「……ほどほどにな?」
こいつは笑ってさらっと言うけど、たぶんこういうやつの言う礼儀なんておっかねえに決まってる。
なにせ、運命は誰にだって等しく容赦ねえからな。