029:ダンジョン籠城戦・序盤
洞窟の中にまで大声が響いてくる。
ってことは、領主様がおいでなさったってコトですかね。
子爵様ともあろうものが直々に、ってのもなんかすげえよな。どうでもいいけど。
しかし、わざわざ知らせるってのも間抜けっぽいが、まあ、威圧や鼓舞の意味合いもあるんだろうな。直属の兵隊とかならわからなくもないし、俺をコケにしたいのかもしれない。
ぶっちゃけ、こっちはそういうの慣れてるけども。
だって俺、ああいうまともな連中に言わせると、ロクでもないクソ野郎だからな。
まあ、こっちもお出迎えしますか。
「ヴィーデ、そっちはOKか?」
「いつでも問題ないよ……楽しみだね!」
すっかりやる気になったヴィーデ。
いや、こう、あまりこういう荒事を楽しまれても困るんだが、やる気になった女ってのはいろいろ怖いのかもしれない。
可愛いからって、許す俺もクズなんだが。
「まあ、楽しむのは終わった後な。こう、争いってのはあんまり楽しいとヤバい」
「そうなのかい?」
「そうだよ、趣味ならいいんだけどな。あまり楽しいと、そればかり優先しちまうんだよ」
んで、気がついたらバトルジャンキーなりスリル中毒者の出来上がりだ。
戦いの高揚ってのは大事なもんだが、染まっちまうと、だいたいろくなことにならない。
そうなりたくてなったなら自己責任だが、気がついたらなってたってのはトラブルの種でしかない。俺がガキの頃は、そういう傭兵くずれが溢れてたんで、まあひどかったし。
「なるほど、戦いや争いはそういうモノが引き起こす例も多いから気をつけないとね」
「そんでも、こうやって準備しないといけないのが世知辛いけどな」
なーんて感じで、笑い合いつつ。
別に油断してたわけじゃないとはいえ、それなりに楽観的だったんですけども。
「……うおおお、あいつらすげえ事考えやがる! マジか!?」
「うん、こうなるのは知ってたけど、実際に見るとすごいね……」
領主のヤロウ、洞窟にとんでもない人数ぶちこんできやがった。
もう、探索なんてモノじゃなく、ガチの制圧に来やがったってワケだ。
おまけに、1列横隊で長物で床を突きながら罠の確認をしてやがる。あの感じからすると元冒険者も混ざってるぽいな。
ダンジョン踏破としちゃ頭おかしい方法ではあるが、ある意味正解だ。
人海戦術の上に長物で床を突きながら、いざとなったら後ろのやつがカバーに入れる助け合いってのは、進みは遅いが確実で、怪我も少ないし突出もしない。
もし、あれで休憩や順番制でも取り入れてりゃ、危険度も公平で不満も起こりにくい。
試練の迷宮だけに命の危険まではないと踏んでの強行突破だ。ゴルガッシュなんかはああいうの嫌いそうな気もするが、アリっちゃアリだし、各個撃破なんかやらせねえよってか。
「これは、どうすっかね」
「ふふ……どうにでも出来るのに、そういう態度もどうかと思うなあ。ボクは」
すべてを見透かしたヴィーデが辛辣なことを嬉しそうに言ってくる。
さては、いままでは結果しか見てこなかったくせに、運命を細かく読んだってやつか? たぶん、変に気負わなくなったら過程が気になりだしたんだな、いい傾向だ。
「そう言うなよ。せっかく色々考えたんだし」
「まあ、すごいことを考えるのはエイヤも一緒だからね……」
そりゃなあ。
あの方法は悪くはないんだが、いくつか条件があるからな。
全部は対応できないにしろ、あれだけの人数ならそこそこどうにかなるってモンだ。
***
「領主様に報告します。ケガ人もほとんどなく、現状は第1層を8割ほど攻略したようです」
5度目の部下の定時連絡を、洞窟前の本陣で聞く。
領主の私が動くのは最後でいい。二層終盤くらいまではこうして地道にすりつぶしていくだけだ。
いくら相手が優れていても、世の中には限度というものがある。迷宮と言えど、モノには対象人数というものがある。
なら、音を上げるまで力ずくで行えばいい。個の力でなく集団の力に頼ればいい。
人間とは弱い生き物であり、集団で活動することが最強の手段なのだから。
冒険者共はこうした協力ができないと言うだけで、かなり損をしているし、ギャンブル性が高く、腕の良し悪しに頼りすぎていると言える。
雑多なヨゴレ仕事を任せるには向いているが、所詮はニッチ需要でしかない。
通常、相応の見返りがなく、街から離れていることも多いためにコスト割れするだけのこと。
だが、私が来るような場所であればそうでもないことが証明されつつある。
一見、こうした数押しは無能のゴリ押しにも見えるだろうが、安全で確実であればしない手はない。
現に、あれだけ苦労した攻略が、たった数時間で最初の層をクリアできそうな気配だ。
このまま行けば、今日中には最奥までたどり着く。
そもそも、死ぬ危険性の薄い洞窟で、罠を恐れて歩みを止めることこそ愚か。
丁寧に攻略し、安全を確保してこその制覇と言えるのではなかろうか。
……そう思っていたときだった。
「敵襲ーッ!!」
洞窟の中から、絶叫とともに大急ぎで伝令が走り出してきた。
かなり慌てている様子から、緊急の要件だとすぐわかる。
「なにごとだ!」
「報告します! 洞窟内に急激に煙が充満しておりますので即時撤退の指示を!」
「む……どういう意味だ?」
「どうもこうもないです、大量の煙で先が見えず撤収しかありません! このままでは全員が煙を吸ってぶっ倒れます! それどころか先の連中が帰ってこれなくなります!」
クソッ、やってくれたな!
だが、どうしようもない。この人数で右往左往させるような愚は犯せない。
「……撤退だ。即時撤退、後方で無事な者は前方の連中を救助にあたれ。支援班は人数確認と傷病人の保護を最優先で。だが、無理はするな」
「はっ、ただちに!」
伝令が洞窟に戻っていくと同時に、中から煙が湧き出してきた。
ダンジョンは空気が淀んでいることは少ないため、煙が出てくるほどとなると、かなりの煙の量と言える。
確かに、このダンジョンは下方に向かっている。つまり大量の煙を焚けば、下層は無事でも上層はそうもいかないということだ……!
そして第一層の攻略は8割ということは、隊が伸び切った状態でもある。
連絡も取りづらく、視界もなく、指示が遅れれば……分断、各個撃破の的ということ。
恐らく、追いすぎれば被害が増すだけだろう。
「深く喰いつけば、戻るのは容易ではない……」
自省してみるが、ダンジョンで派手に煙を出すなど、およそ正気の考えではない。
ひとつ間違えば、自身も煙に巻かれ脱出できなくなったり吸い込んで倒れたりするのだ。
洞窟において煙で充満させるなどと言ったことは、通常ありえない。
しかもこの方法は、安全さに慣れてきたというところで「ダンジョンの怖さ」を再び植え付けるのに最適だ。
最悪を想定するなら……煙とともに罠が復活する可能性もあるのだから。
恐怖というのは、なにが起こるかわからないから恐ろしく思うのだ。そしてこれは、ダンジョンの常識から外れた戦法でもある。
読めないようなわからないことを実行され、人数という安心感を奪われたとも言えよう。
さらに言えば、もしこのために準備をしていたなら、長期化する可能性まである。
「本当に、この人数を相手にするつもりか……スラムの盗賊ごときが」
まさか、相手は超一流のエキスパートだとでもいうのか。
それでも、やるべきことはやるしかない……嫌な感覚が汗になって背筋を伝う。
だが、苛立ってみたところでなにが変わるわけでもない。
先手を打ったつもりが後手に回らされた。これでは人海戦術そのものが半ば失敗したと言っていい。苦しくなるのは私の事情でしかない。
だと言うのに。こうなってしまえば、私に出来ることは部下の無事を祈るだけだ。
そして。
……結局、攻略班80名のうち、24人が戻ってこなかった。
ちなみに現在、ロシアのハバロフスクから更新しています
ロシアロケの内容は二章あたりに反映されるんでないかなと思いますので乞うご期待
二章に出る新しいキャラデザもロシアであげたし!