002:バケモノの正体(挿絵あり)
まったく、いくらなんでもいい加減にしろよこの野郎。
「ふざけるなテメエ! たしかに俺の人生クソみたいでクソでクソだが、俺は俺として俺らしく生きてるんだよ。いくらどうしようもねえからって、テメエみたいな人外のバケモノ野郎に人生まで渡した覚えはねえぞ!!」
しかも、これから死ぬってときにネタばらしとか最悪じゃねえか。俺は運命を操られた悲劇の主人公様かよ!
人間ナメくさるのもいい加減にしやがれっての、ぶっ飛ばすぞ!
その……バケモノなんぞ、ぶっ飛ばせるかどうかわかんねえけど。
「そうだね、ボクはキミから見たらバケモノだろうなあ。だが、悪いができればひとつだけ聞いて欲しい」
あー、これっぽっちも聞いてやる義理ないんですけど。
だいたい聞いたところで納得するもなにもねえし。
でもまあ、もし言ってることが全部本当でどうにもならないなら、それはそれでなるようになれってんだ。
俺は、いざって時に覚悟もできないようなヤツでもない。
「はいはい。いいよ、このまま放っといても死ぬんだからなんでも聞いてやる、っていうか好きにしろよ」
「ううむ、なんだかすごく申し訳ない気もするのだが、そんな悪い話でもないと思うんだ」
妙に律儀な気もするが、そりゃあ向こうの勝手だ。
俺の都合じゃねえ。
「その手のは、大抵ロクでもないけどな。ほれ言ってみ? 命の恩人とか言いつつ他人の運命弄びまくりなバケモノ様がわざわざご高説をたまわってくださろうってんだ。ありがたく拝聴してやらなくもないですよ、ええ」
こちとら運命とか知ったことじゃねえし?
そんなとんでもない魔物様相手だってなら、どうせ死ぬんだしとことんやったろうじゃねえか。毒喰らわば皿までってなもんだ。
……にしてもキレイだなコイツの声。
バケモノだけにムカつく声だってのに。
「うん、ボクが完全に封を破るには、エイヤ……キミの協力がいる。ボクの封は壊れたからと言って自然に外れるものじゃない。外す人が必要なんだ……だから、ボクと契約してほしい」
あぁ? この期に及んで契約だぁ? ナメた口利きやがって。
もし言ったとおりなら、俺の人生をさんざんいいようにコケにしておいて、いまさら最後のひと押しまでお願いってのはどういう了見だよ。
「おいおい、この期に及んで他人様の命をカタにしてゆすろうってやつか? 人間サマを見くびってくれてんじゃねえぞコラ」
……いい加減頭きた。
人の運命をさんざん弄んでくれただけじゃなく、命までエサにして思い通りに操ろうって魂胆がだ。
俺はテメエみたいなバケモノじゃねえし、こう見えても人間様だってんだよ。
こうなったらやるだけやってやるっての。
「いいか、よく聞きやがれ! 人間様にはな、意地ってもんがあるんだよ! どんなにクソみたいでクズで、その上で操られてバケモノの封印を解くハメになった、どうしようもない俺みたいなやつでもだ!」
「……そうなのか? ボクはエイヤのことをそんなふうには見ていないぞ。むしろ大事で大切な人だと思っているんだが」
ざけんな、どの口がほざきやがる。
話が本当なら、俺の26年の人生は全部テメエのせいじゃねえか。
「どう見てるかは関係ねえ、俺の人生は俺のものだ! テメエみたいな、人間の運命すら簡単に変えちまうようなバケモノ、死にかけの俺の命でどうにかできるってんなら、俺みたいなクソ人生送るやつが大量に出ないよう封印するに決まってんだろ!」
他人様の人生を好き放題いじり倒しておいて、しかも上から目線で偉そうに勝手言ってんじゃねえっての!
人間だってなあ、ちっぽけかもしれねえが意地も魂もあるんだよ。
どんなにクソ野郎でも、守るべき最後の一線ってやつがあるんだ。でないと、本当に心底どうしようもないクソになっちまうじゃねえか。
言いたかないけど、俺なんてどう見たってスラム育ちのクソなんだよ。
それも、いろんな意味で、人間であるかどうかも怪しいできそこないってやつだ。
ただでさえ、マジでどうしようもねえクズ野郎だってのに、性根まで腐ってたまるかよ!
それに、舐められるってのが一番許せねえ。相手が誰だろうとだ。
「ま、そんなわけで世界の終わりのラッパを吹く手伝いは無理ってことだ。悪りぃな、他をあたってくれや」
こんなクズみたいな人生も、最期ぐらいクソじゃないならまあ価値があったってことだ。
……あまり面白い話でもねえけどな。
「うあぁ……ええと、その。なんだ。本当にいろいろすまないし申し訳ない、そういうつもりじゃないんだ……」
「……ん?」
「だけど、ボクにはそういう機微はあまりわからないんだ。キミの人生については非常に失礼だし謝るしかないと思っている。それに、ボクの話はそういうことじゃない」
……なんだこいつ?
変にしおらしい調子になったし、よくわかんないヤツだなおい。
ココは俺を操るのに、さらに脅したりなだめたり誘ったりなんだりするところじゃねえのかよ。もしくは無理やりなんかさせるところじゃねえの?
「じゃあなんだってんだよ。テメエみたいなのを世に放してみろ……俺は大罪人として、伝説の序章に【名も無き盗賊】として残っちまうだろうが」
世界を混乱に陥れた魔物の封印を解いたやつとして、物語で何百年も語り継がれたりとかしたら、正直笑えないんだが。
だいたい俺、そんな大層なことに関わるようなヤツでもなかっただろ。
俺の処世術は【やりたいことだけやる】だ。
これはどう見ても、やりたいことリストには入ってない。
「正直に言うとだ……ボクはもっと人間が知りたい。キミが知りたいんだ、エイヤ」
泣き落としでもかけてきてんのかってくらい、しおらしげな調子だな。
さっきまでの嬉しそうな勢いがしぼんじまった感じだが、どういうつもりかね。
「いや、お前さんすでにいろいろ知ってるんだろ、生い立ちからなにから」
「そういうことじゃない……ボクは、キミがどう生きるのか、それが見たいしそれだけでいいんだ……願い事なら叶えられると思うから、頼まれてくれないか?」
おおい、願い事ときたら、とっておきのヤバイやつで破滅ネタの定番じゃないか。
「ちょっと待てよ。願い事を代償にする話なんて、昔話でバッドエンド確定だろ。だいたい身分相応がいいってやつだ、俺の身の上なんてたかが知れてるけどな」
「……ん? 願い事がいいと思ってたんだけど、そういうものじゃないのかな?」
「願い事とかってのは難しいんだよ。それより、この真っ暗いのどうにかして姿見せやがれっての。人にモノ頼むときは相手の目ぇ見ながら頭下げるって相場が決まってんだよ」
俺に、そんな知恵比べなんかできるような頭なんてないんだから、昔話にあるような願い事勝負なんてのは解釈のスキを突っ込まれるに決まってる。
そもそも、自分で思ってるより、願いなんてのは正確に願えるものじゃねえんだ。
……分をわきまえずに無理なことしようとしたせいでこうなってるんだしな。
「ええと、その。とにかく怒らせて申し訳ない。キミには色々謝りたいんだが……その、姿を見せるのはいいが……大丈夫かな? 目が潰れたりしないか? 昔、ボクの姿を見て卒倒するやつが出たりしたもんだから、これでも遠慮してるんだ」
「おいおい、変なところで律儀で真面目なんだな。俺はそもそもテメエのせいで死にかかってるんじゃねえか。いまさら姿ぐらいでどうにかなったりするかよ」
なんか、さっきからやたらおろおろしてやがるぞ?
いいから早いところ姿くらい見せろってなもんですよ。どんな外見だって知ったことじゃねえし。
いやまあ、とんでもなく怖いヤツでビビるかも知れないけども、その時はその時だ。それだって、相手の姿も知らないまま死ぬよりマシだ。
知らないままでもやもやするより、知って後悔しながらでも身の振り方を決めるってのが気持ちのいい人生だしな。
「反応を見るに、あまり信用してもらえてないかもしれないが。でも、ボクとしては、キミには可能な限り誠意を尽くしたいし、むしろキミがボクのすべてだ。キミが望むなら、その通りにしよう」
「おう、頼むぜ」
さっきから妙に恐縮がってるような気配だが、要求を聞いてくれるなら聞かせるに限る。
バケモノ相手にいまさら遠慮もへったくれもねえし。
……お、言うが早いか、気配が変わってだんだん明るくなりだしてきた。こりゃすぐに周りの様子もわかるってもんだ。
うーわー、部屋が見事なくらいに瓦礫が崩れかけ埋もれかけで止まってやがる。なるほどさっき言ってたのはこういうことか、すげえ状態だなこれ。
よーし姿もだんだん見えてきた……どうも人型のようだな。ドラゴンとかみたいにデカブツだったらマジでどうしようかと思ったぜ。
これならせめて一発ぐらいはぶん殴れそうだ……って。
ちょっと待て……お前誰だって言うかお前がお前だよな!?
女かよコイツ!!?
せっかくなので、どんな見た目なのか挿絵入れてみました!