021:見るよりも作ること
くっそ、ドラゴンがどんなに頭よかろうと、とりあえず頭の中は1000年前だなこの野郎。
「ああもう、いまはそういう時代じゃねえし、ついでに戦争も内戦も起きてねえから!」
「……なに?」
やっぱりか。
腕力強いと、軽く小突けばなんとかなるって感覚になりやすいんで困る。
「もう、ヴィーデが活躍してたような時代とは違うっての。国と国がポコスカ殴り合うってのは30年前から休戦状態だし、ドラゴンとかだってそのへん飛んだりしてねえよ」
ああ、文献読んどいてよかったなあ、マジで。
ゴルガッシュみたいな連中がそのへんウロウロしてたとかっていう、1000年前の古代帝国戦争時代と、最近はだいぶ事情が違うんだし。
昔は戦争にもドラゴンが参加してたみたいだし、ドラゴン同士でもバトってたらしい。
プライドがくっそ高いので、それを利用して、ドラゴン同士で殴り合わせるって話とか結構応じてくれやすかった……みたいなこぼれ話はいくつかあった。
ゲームや知恵比べなんかで負かして契約で縛ると、結構言う事聞いてくれたみたいな話も多いらしいんだが、まずは話し合いに応じてくれるまでが大変だったとか。
もっとも、だからってガチのドラゴン喧嘩なんて戦争に協力するどころじゃなく、ドラゴン同士の超パワーに戦場が真っ二つに引き裂かれて、敵も味方も被害続出。
結局、下位の竜種であるワイバーンとかレッサードラゴン以外は、そもそもヤバすぎて呼ばれなくなったとかなんとか。
まあ、そういうのはゴルガッシュ見てるとなんとなく実感できた気はする。
こんなのどうやって相手すんだよ。ブレスや魔法まで使う空飛ぶ城の攻略じゃねえか。
人間なんて、尻尾の一振りで三ケタ吹っ飛ぶぞ。
「ふむ。そうなるとだいぶ考えを改めねばならんな、我はもはや伝説や昔話の物語に近い存在か」
「そういうこった、もう姿見せただけで世界中が大騒ぎですよ。特にあんたみたいなサイズなんて、かなり前から存在すら捕捉されてねえみたいだし」
「む……」
「そうだねえ、ゴルガッシュみたいなのが最後に現れたのは300年ぐらい前だと思うよ」
ヴィーデがフォローする。
すげえな。あんな遺跡に封印されてたのに、どこまで外のこと見てたんだコイツ。
ずっといろいろ想像してたのかと思うと、なんか改めて切なくなってきた。
そして、それはゴルガッシュも一緒だ。
さっきの会話から察するに、ずっとこんな所にひとりでいたんじゃ、イタズラくらいかましたくなったのは理解もする。だからって、あんな目にあって納得とか絶対しねえけど。
……となると、だ。
「ここから街まで半日、報告して伝わるまで半日ってトコか」
「ん、なにを考えてるんだい、エイヤ?」
「やー、もちろん悪いことですよ。一日もすりゃ、依頼主にコトが届く。そうすりゃ問題になるのは、余計なことを知ってる上に宝を横取りした俺だ。たぶん刺客が来るだろ」
迷宮のお宝ってのは探索したやつに権利がある。
調査依頼でも個人で持ち帰れるぐらいのちょっとした財宝なら持って帰ってもいい。
ただし、俺が持ち帰るのはウルフの素材のみだし、迷宮の主とは、たまたまお友達になっただけ。願ったわけじゃねえし。違反はなにも犯してねえんだけどな。
それでも、今回の依頼主が期待したのは、罠の調査や解除程度だ。突破や攻略までは依頼に入ってないのは当然のことだ。大義名分で引き下がるようなやつじゃねえだろうし。
「その口ぶりだと、対策はあるのかい?」
「もちろん。これなら完璧にゴルガッシュも好き放題だし」
「ふむ、なにを望む?」
ヴィーデもゴルガッシュも覗き込んでくる。
そりゃ決まってるさ。
「依頼を果たしてやるんだよ……お望み通り、迷宮の探索をさせてやるのさ」
あとは引き込めるかどうかだが、これも計画はある。
「それで、ゴルガッシュには少しだけ頼まれてほしいんだが、いいか?」
「ほう、事と次第によるぞ?」
ゴルガッシュの目つきが変わった。こりゃ乗り気だ。ありがたい。
「まず、洞窟の再メンテナンスっていけるか? もう一回来ることになるからな」
「その程度なら頼まれるまでもない。だいたい我にも連中の攻略は醜くて見るに耐えん。試練の意味を教えてやる必要がある。なにより、もともと我が責務だ」
よし、これでだいぶ楽になる。
とはいえ、もともとクリアされた以上、仕掛け直すのは自然の流れなんで、それは受けてもらえると思ってた。
問題は次だ。
「それとすまないが、いかにもな魔法のアイテムっぽいやつがあったらくれねえか? ペアっぽいやつがいい」
「ふむ、適当に好きなのを持っていけ。ただし、やらんぞ……返せ」
うわ、意地汚い。さすがドラゴン意地汚い。財宝に関しちゃ本当に容赦ねえな。
いやまて、これもしかして取り返すって意味でもあるのか。前向きに考えておこう。
「あー、できるだけ善処するぜ」
「できるだけ?」
「ハイすいません全力で取り返します!」
目が怖い、本気だ。人間なんてなんとも思ってないって目だ。
くっそ、ゴルガッシュの野郎、自分は冗談かますくせに俺の冗談にはこれっぽっちも乗りやがらねえ。いつか人間の怖さとセコさを教えてやる。
「まあそんなわけで、だ。きっとヤバイことになると思うんで、全力で街に行って、全力で逃げ帰ってくると思う。あとは勝手にやるんで、ゴルガッシュは好きにしてくれればいい」
「そうか好きにか。久しぶりに羽を伸ばせそうだのう」
嬉しそうに言ってくれやがりますけども、こんなドラゴン様が羽を伸ばしたら、世の中エライことになると思うんで、ほどほどにして欲しい。
「なるほどなあ。でも、街までは無理して急がなくてもいいんじゃないかい?」
ヴィーデが当然の疑問を口にする。
「そうもいかねえんだよ、ここまでえげつねえヤツだと、入口で張られて監視されてるかもしれねえからな。攻略はできなくても、それくらいはできるんだわ」
普通だと考えにくいが、今回は相手が真性のクソ野郎だからな。
誰かにこの洞窟が見つからないようにとか、俺が変なもの持ち出さないか見張ってる可能性がないわけじゃない……できればそこまで警戒したくねえけど、やりそうだ。
「そういうことなのか、さすがエイヤだね。ボクは先を少し細かく見たほうがいいかい?」
「いや大丈夫だ。それより、見ることより作ることを覚えるんだ、ヴィーデ」
「つくる?」
「そうだ。おまえさんのそれはすげえんだが、いつも結果でしかない。だが、その間にはいろんなことや人が詰まってるからな……そこを大事にするんだ」
運命はもう伝えてもらってる。それで充分。
あとはどうなるにしろ、俺らができるだけのことをするだけだ。
「エイヤ……キミってやつは。ボクをどれだけ震えさせれば気が済むんだ?」
ヴィーデが、ぞくぞくして仕方ないって様子で目を輝かせて震えている。
人間としてはたぶん普通の意見だと思うんだが、彼女にしてみれば、どうも想像すらしなかった話らしい。
「はっは! 一本取られたな魔神! こやつ、道理で人間のクセに、花の祝福を受けるほどにまで愛されておるハズよ、合点がいったわ!」
ゴルガッシュは、俺達のやり取りがすげえ楽しいらしい。
なんか知らんが大笑いしているせいで、いちいち空間が揺れる。つらい。
「あー、そういえばつかぬことを聞くんだけどさ。その、花の祝福ってなんだ……?」
「あああああ言っちゃダメえええええええ!?」
質問にすごい勢いで、真っ赤になったヴィーデが割り込んできた。
「……だそうだ。本人の許可なしに話すわけにはいかんのう」
そして、なにやら面白げな様子のゴルガッシュ。
無論、これ以上なにも言う気はないといった感じだ。こりゃ聞き出すのは無理だな。
「まあいいけどな、うん。別に俺が知らないと困る話でもなさそうだし」
なんか、ヴィーデが慌てるような隠し事ってのも変な気はするが、悪いことじゃねえだろうしな。
「だ、ダメって言ったらダメなんだからね……?」
「いや、そこまで必死なのを聞き出す気もねえよ。俺のためを思ってぽいし」
「……ほっ」
あからさまに胸をなでおろすヴィーデ。
わざと粘ってみてもいいんだが、これ以上やるといじめになっちまう。
いつも少し浮世離れしたコイツの珍しいところ見れたし、焦って赤くなるヴィーデとか、それはそれで可愛いから充分だしな。
「ふ……我の前で見せつけてくれるのう、やはり始末しておくべきか」
すげえ重い一言が入った。
これ、笑いながら言霊入ってませんがゴルガッシュさん!? 怖えよ!
だいたい、なんで偉大なドラゴン様ともあろうものが、こんなところに丁寧にツッコミ入れてんだよ、竜の威厳とか矜持はどこ行きやがった。
ドラゴンジョークは、人類にはまだ早いと思うんだ。