016:ヴィーデの花
すげえな。庶民が思いつきもしない花の使い方だ。
俺は、花の良し悪しなんかはわかんねえ。ぶっちゃけ、そんな生活はしてない。
それでも、これが普通じゃないってのはあからさまに分かる。
祭りとか、なんかのお披露目のときにしか見ないやつだからな。
「ええと。どうしたんだ、これ?」
「うん。ボクなりに、キミになにかできないかと思ってね。前にみんながボクにしてくれていたように、花を飾ってみたんだ。気に入ってくれればいいんだが」
ヴィーデは、期待半分、不安半分な感じで、すっかりワクワク顔である。
ああ、そうか。
ぱっと見、なんかすげえ有様だったんでなに考えてるんだと思ったが。
ヴィーデがみんなにしてもらっていたことを、いいことなんじゃないかと思って、俺にしてくれたんだな。
これは……単なる親切だ。
ヤバイ、気づいちまった。
俺みたいなクソ生活をしているやつが、ただの純粋な厚意とやさしさに。
「すげえな、まるで王侯貴族じゃないか」
「良かった……人間はなにがいいのかわからなくてね。キミに喜んでもらえれば幸いだ」
どこかほっとして緊張が解けた笑みを見せる。
右も左もよくわかんないクセに、わざわざ俺のためにしてくれたって考えると、とんでもなくありがたい。なにより、いじらしいことこの上ない。
当たり前の話だが、俺みたいなスラム育ちの盗賊野郎が、なにかこういう感謝を人にしてもらえるとかない、あるわけがない。せいぜい貸し借りがいいところだ。
でも、花がいいとか悪いとかみたいな、そういったシャレた感性なんか持ち合わせて無くても、これが気持ちだってのはハッキリわかる。
損得勘定に生きてきた俺にとって、施しでもなければ同情でも憐れみでもない【単なる感謝】ってのはこんなに嬉しいもんだってのは知らなかった。
……あまりの知らない感覚に鳥肌が立つ。
「すげえ嬉しい、嬉しくてやばい。ありがとう、最高だ」
やっとの事で言葉を絞り出す。
花なんか食えない。そういうのを喜ぶやつがいるくらいにしか思ってなかった。
正直、そんなモノ、向こう側で勝手にやってくれって思ってた。
なのに、俺個人が認められるだけで、こんなにも心が満たされるなんてな。
こんなの、ヴィーデがなんとか俺に感謝したかっただけってのがハッキリわかる。
わかるのがすげえヤバイ。涙出そうだ。
損得じゃなくて他人と一緒にいる、ってのはこんなにも違うものなのか。
だって、こんなの知っていいのかよ……俺が。
ロクでもない人生で特に見返りもなく、ひとりはぐれて群れにも馴染めないまま、腹をすかしただけの狼っていうクソ野郎だぞ。
コイツは俺を利用しようとしてるバケモンじゃないって、信じていいのか。
ああ、最初っから信じていいに決まってるじゃねえか。
そんなの、コイツが純粋で善悪もないタダのお嬢様だって、もともと知ってただろ。
頭ではわかってた。わかってたが、どこかで無意識にバカにしてた。
面倒をみてやるみたいに思ってた。ついでに26年を取り戻そうみたいに考えてた。
そうじゃねえ。
コイツは1000年ごと人生も存在も全部ぶつけてきてくれてる。
俺は、それを26年ぽっちで受け止めなきゃいけねえんだ。
前提が違ってた。
これは契約じゃねえ。ただの約束だ。
あわよくばいい目見れればいいな、なんてものじゃねえ。
俺が、いい目を見せてやらなきゃいけない、そういう約束だ。
くそっ。
こんなの、いままでみたいなタダの盗賊じゃいられねえじゃねえか。
あいかわらずクソったれで甘くて安い男だなって思うが、信頼に応えるってのはこの稼業じゃ大事なんだよ。
「そして……すまん、オマエを見くびってた。ヴィーデは、こんなにも俺をまっすぐ見てくれてるのにな」
「ん、気にするな。ボクはこれがいいことかどうか自信はない。ただ、キミに尽くしたいだけなんだ」
ほっこりした笑顔で言うヴィーデ。
ああ、やべえな。
意識して聞くと、コイツは無意識でこっ恥ずかしいセリフを並べてるんじゃねえ。
本心から本当にそう思ってるだけだ。
人外の美少女にこの笑顔を本心で向けられてると思うと、なんか運命どうこう以前に、すげえ事になってきてんだなって改めて実感した。
運命なんてのは勝手に転がるもんだが、当人にとってみりゃなんのことはない。目の前の出来事を基本的にできるだけこなしていくだけだ。
所詮はひとり分だからな。
だが、ふたりってことになるとそうもいかない。
俺の運命がコイツの運命も転がすことになる。
当たり前の話だ。
その当たり前のことに俺が気がついてなかったってだけで。
……ただ、問題は。
そういう、全力で無償の信頼を寄せてくるようなヤバイ生き物と常に一緒にいる以上、俺のピュアな力が試されるってことだ。
「まあ、今回はいい。すげえ嬉しいし感謝もしてるし、たまにハメ外すっていう俺の言ってた通りの行動だと思う。最高だ。それはそれとして」
「それとして?」
「ココまで大掛かりでなくていい。形ってのは記念日でもなければ、日常的にあると嬉しいものではあるんだが、ささやかでもいいんだ。やりすぎると毎日宴会みたいになる」
「む……」
「宴会は特別な時にやるって言ったろ? で、一般的な感覚からすると、今回のこれは宴会どころか祭りと同レベルだ。昔のお前さんはたぶんそれぐらいの扱いを受けてたんだと思うが、一般的じゃないって覚えといてくれ」
それでも、自分でなんかやったってのは記念日みたいなもんだからな。
それに、今日はこれでいいと思うんで、あんま落ち込ませたくない感じの雰囲気で話す。
「ああなるほど……ボクはやりすぎたんだな。キミへの感謝なんていくらやっても足りるものじゃないように思うが、これからは加減をわきまえよう」
なんて、しみじみと噛みしめるような笑顔で言いやがった。
しかし、本当になんだろうな、このあけすけな娘は。
マジでヤバイ気がする。
いつものコイツでいてくれればいい、なんて思い始めてる俺がいる。
今回はこう、真面目な話をすることで乗り切ったが、とりあえず俺からはあんまり気にしないでおこう。そうしよう。
死ぬ、でないと死ぬ。会ってまだ数日だぞ。コイツの何気ない仕草で何度悶えた俺。
深呼吸だ深呼吸。
「よし、それじゃ元気になったし明日の準備だ。なにせドラゴンだからな」
思い切りはぐらかした。
「そうだね。ボクも細かいことはわからないから、それがいいと思う」
うむ。準備して寝よう、そうしよう。
……そこで気づいた。
この花、片付けなきゃなあ。
そもそもどうやって入れたんだ。
その後、ヴィーデが時々花びらをパーっと撒きちらしたりして喜ぶのが可愛くて、片付けはなかなか進まなかったり、途中で食事休憩入れたりしたせいで、深夜まで時間かかった。
部屋が花の香りで満たされていたが、次の客は大丈夫なのかこれ。
結局、宿屋の旦那と相談して、余った生花はサービスで各部屋にいろいろ飾ることになった。
まあ、たまにはそういうのもいいんじゃねえかな。