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『ウエイターの恋』





駅から少し外れた場所にある、ボクが経営するこのカフェが、雑誌に紹介されてしまった。


イヤ、自分で取材をOKしたんだけどさ。


そこから二週間ほど続いた殺人的な忙しさは、まったくもって悩ましい事態だった。


働くスタッフの疲労はもとより、常連さんが来づらくなってしまったことが


ボク一番の悩ましい問題だった。


客層が変わり、目新しもの好きな若者が押し寄せ、落ち着いた雰囲気の店が


ガラリと変わってしまった。


それまではほどよく空いて、いつお客さんが来ても、待たせる事なく案内できた。


それでいて、常にどの時間帯にも安定して客が訪れ、まさに長時間静かに過ごしたい人には


持ってこいのカフェだった。


(だって、ガラガラなのも逆に居づらいでしょ)


レポートを仕上げる大学生。


近所に住む、一人暮らしの優雅なちょい悪風な年配の男性。


カフェご飯を楽しみに、月に何度かお子さん連れで来る主婦の方たち。


2週間に一度、店でゆっくりコーヒーを飲んで、それからコーヒー豆を買って帰る腰の曲がったおばあちゃん。


そういう、ボクが本当に大切にしたい常連さんたちが、その間は居づらくなってしまった。


もちろん、新規のお客さんも大切だけれど、それで失うものがあるとしたら哀しいことだ。


とかなんとか、ええかっこうしいなことを言っちゃったりして。


本当は、最近姿を見せなくなった常連さんの中の一人に、ボクは密かに恋をしているのだ。






雑誌掲載から3週間が過ぎた。


やっといつもの落ち着きをみせてきた頃、ボクは毎日そわそわとがっかりを繰り返していた。


似たようなシルエットの人を見るとドキリとし、そしてがっかりする。


カフェのドアが開いてお客が入ってくる度に、「今度こそ」と振り返り、そしてがっかりする。


悩ましく狂おしく、がっかり。


遠慮なく配慮して、がっかり。


前からも後ろからも、がっかり。


あ、そこじゃないってば。あぁん、あともうちょっとだったのに、がっかり。



とかなんとか、色々崩壊しつつある今日この頃。







彼女は、3ヶ月ほど前にカフェから出てすぐの大通りに出来た、高級外車のショールームに勤務している。


(一度食材の数に発注ミスがあり、スーパーへ買い出しに出た際に偶然、ショールームで働く彼女を見たのだった。決してストーキングはしていない!)


お昼になると、おサイフと文庫本を片手に身軽に現れる。


長く伸ばした栗色の髪を、毛先だけ軽く巻いて、それが少しかがんだりすると


背中から胸へさらさらと流れるさまが、腰にクル。


ほっそりとした腰のラインが、膝上のタイトスカートで強調されている。


トップスはいつも、Vネックのシックなニットなんかを合わせてる。


しっとりと大人っぽくてイイ。


ボクは自他共に認める二の腕フェチで、そんなボクが見る彼女の二の腕は完璧だ。


ピッタリしたニットを合わせたら最高。


肌寒い日に、たまに肩から羽織っている薄手のカーディガンは最強アイテム。


ボクよりも、5~6歳は年上だろう。


年下の男には、興味ないだろうか。


彼氏はいるんだろうか。



あなたの瞳に、ボクは映っていますか。







雑誌掲載に関係なく、その少し前からアルバイトが増えた。


18歳の大学生の、吉田と言う女の子だ。


初めての接客で、ここ最近の忙しさをよく乗り切ってくれたと思う。


ただ薄々気付いていたのだが、どうもボクを狙っているようなので困っている。


せっかく戦力になりそうな若い人材を手に入れたのに、これが元で辞められたらイヤだなぁと


のらりくらり、「自分、草食系なんで」ととぼけていたりしたのだが、どうやらそれも


火に油を注ぐ結果となったようだ。


最近はボディタッチなども頻繁で、ちょっとそれセクハラ!やめてちょうだい!なのである。


腕や手にタッチしたり、エプロン握ったまま離してくれたなかったり


はたまた髪の毛を触ったり、などなど。


しかし人目を気にするミニミニの心臓、リトルでプチでスモールな度量を持つボクには逆効果です。


この日も、なんだか朝からまとわりつかれて「観たい映画があるんですよ」


「面白そうですよね」「レイトショーがお得ですよね」と、攻撃の手を休めない。


面倒になったボクは、何度目かの「頑張ってるご褒美に、連れてってくれてもいいですよ」の


セリフに、つい「判った。時間出来たらね」と答えてしまった。



そう、そしてそんな時に、ボクの後ろから彼女が現れたんだ。



ハッとした。



今の会話を、聞かれたと思った。



彼女は、いつもの彼女のお気に入りの席へとついた。


ボクは取り返しのつかないことをしたと思っていた。


多分だけれど、彼女はこうやって他の子に気を持たせるようなことをしている男を


けっして信用しないに違いない。


「他の子に気を持たせている」でなければ、残るは「もうすぐお付き合いが始まりそうな2人」しかない。


どちらにしても、最悪だ・・・。


ひとまずボクはバイトの吉田より先に、おしぼりとお冷を持って彼女のテーブルへ急いだ。



「今日のおにぎり定食の具は、たらことおかかと鮭です。カレーはチキン。


ハンバーグはアメリカンです」


そう告げながら、おしぼりとお冷をテーブルに置く。


うちのカフェご飯は、おにぎり定食・カレーライス定食・ハンバーグ定食が定番で


おにぎりの具が日替わり。


カレーライスはチキン、ポーク、ビーフ、シーフード、キーマで日替わり。


ハンバーグは和風おろし、イタリアン(トマトソース)、アメリカン(デミグラスソース)で日替わり。


それをスタッフが口頭で説明するのだ。


彼女はいつもの彼女で、聞こえていただろうスタッフ同士の会話など、気にもしていないようだった。


「じゃあ、おにぎり定食を」


彼女はこちらを見ずに、これまたいつものように文庫本を広げた。


久しぶりに見た彼女は、落ち着いた紫のVネックを着ており


それが白い肌に映えて、本当に美しかった。



哀しいくらいに。






会計を済ませた彼女が店を出てゆく。


その凛とした綺麗な背中を見送り、テーブルの上を片付けた。


ふと椅子の下から鮮やかな何かが視界に入った。


しゃがみこんで手に取ると、絵葉書だった。


使い込まれて角が丸くなった、世界で一番有名なネズミの絵葉書。


ボクはスグに立ち上がると、店を出て走った。


走って彼女を追いかけた。


「あの!あの、すいません」


彼女との距離、あと3メートル。


長い髪を揺らしながら、振り返った。


その瞳に、ボクが映る。


ボクは絵葉書を差し出した。


「これ、忘れ物です」


この程度の距離を走っただけで、息が苦しくなってる所は見せたくないので必死でしゃべった。


「あっ」


彼女は小さく叫ぶと、小脇に抱えた文庫本を見て、すぐに気づいた。


「やだ、ほんとだ。ごめんなさい。わざわざ」


「いいえ」


彼女との距離、あと30センチ。


ボクが伸ばした手と、彼女が伸ばした手。


絵葉書一枚を通して、つながった。


ふと、彼女が絵葉書を受け取らずに、少しだけ押し戻してくるのを感じた。


なんだ?と思って彼女の顔を見ると、彼女はいたずらっぽい目をして、かすかに微笑んでいた。



その仕草にドキッとした。


「それじゃ、どうもありがとう」


彼女は何事もなかったように文庫本に挟むと、また小脇に抱え、会釈をして歩き出した。


カーッと身体が熱くなった。


「あの!」


また呼び止める。


「はい?」彼女が肩ごしに振り返る。


「ボクも、一緒です。ボクも、本の栞に絵葉書使ってます!」


彼女は、今度こそはっきりと笑顔を見せた。


「知ってます」


「えっ」


それだけ言うと、彼女は仕事場へと戻っていった。



ボクの好きな、長い髪を揺らしながら。



ボクの瞳に、あなたを焼き付けたまま。











彼女の気持ちが知りたい?

 ↓   ↓   ↓

https://ncode.syosetu.com/n1452fn/10/

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