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『キミのいない部屋』

 




 部屋の掃除をしていたら、二ヶ月前に出て行った彼女の持ち物が出てきた。


 ヘンテコなキャラクタがついたシャープペンに、お気に入りだったヘアピンの色違いの片割れ。


 こうして、ボクの前から姿を消した後も、色んな形で彼女が現れては


 ボクの胸を小さな針でつつく。


 掌にあるヘンテコなキャラクタを見ながら思う。


 彼女は、ボクの何が気に入らなかったんだろう。


 あるいは、何が気に入らなくなってしまったんだろう。


 時々、「こうちゃんは何を考えてるのか判らないよ」と言われたけれど


 ボクとしては、一生懸命キミに好きな気持ちを伝えていたつもりだよ。



 もしかして


「お前のことを、ヘンテコだって言ったのが、本当は嫌だったのかな」と


 鳥のような黄色いカラダの、つぶらな瞳のキャラクタを見つめた。


 キミは笑っていたけれど、もしかして嫌だった?


 確かにボクは、ヘンテコだとは言ったけど


 ヘンテコなキャラクタを選ぶキミを、ヘンテコだと思ったことはなくて


 むしろ可愛いと思っていたよ。



 それとも、本ばっかり読んでキミの相手をしなかったことが原因かな。


 ボクは、ボクが本を読み、キミがキミの好きなビーズアクセサリーを


 作っている時間が、たまらなく好きだったんだけど。


 ボクが本から顔をあげて、キミがアクセサリー作りの手を止めてボクを見て


 どちらからともなく「なにか飲む?」と聞いて、二人でお茶にする。


 そういう時間の過ごし方が、もしかしたらたまらなく退屈だった?




 こうして考えてみると、「何考えてるのか判らない」のは


 キミもそうだったのかもしれない。



 別れの時、キミが泣き出したのを見て、ボクは「ずるい」と責めてしまった。


 泣きながら別れをいう気持ちが、ボクには判らなかったから。


 キミは最後まで、理由を言わなかった。


 ボクも、最後まで理由を聞かなかった。



 実を言うと、理由を聞かなかったのを、キミが出て行ってから気づいたよ。



 何故だろうね。



「なんで?」「どうして?」って、出てこなかったんだよ。



 キミが、ボクを拒んだんだということが、あまりにもショックで


 電池の切れた壁掛け時計みたいに、ボクも心が止まってしまった。





 思い出すのは


 本に夢中になっているボクの足の爪に、キミがイタズラをして


 ペディキュアを塗った時の、小さなくすくすという笑い声。




 器用なキミに、毎回髪を切ってもらったこと。


 キッチンの床に新聞紙を敷いてイスに座って、小さくて柔らかくて


 少しひんやりとしたキミの手が、おでこや耳に触れながらカットしてくれた。


 昼下がりでしんとして、ショキショキと髪を切る音だけが心地よく響いた。



 キミのあの優しい手。




 夜になって、カーテンをひかずに月明かりの中でキミを抱いたこと。


 薄闇の中で、キミの肌が月に照らされて輝いた。


 わざとお腹の脇をくすぐると、笑い声をあげてボクの腕の下で身をくねらせた。



 どれも忘れられない。



 キミを、忘れられないよ。




 今なら、キミが「こうちゃんは何考えてるのか判らない」と言われたら


「何が判らない?なんでも聞いて。全部答えるから」って言うのに。


 どれだけキミを好きか、説明するのに。



 判らなかったんだよ。



 キミが、泣くほど辛かった気持ちを。


 もう一緒に居られないと思うほど、辛かった気持ちを


 ボクは幾昼、幾夜キミに味わわせてしまったんだろう。



 ごめんよ。



 その昼、その夜に戻ってキミを抱きしめたいよ。





 ふと壁に掛けた鏡の中の自分と目があった。


 伸び始めた前髪を、手でかきあげて、思いつきでさっき見つけたヘアピンで前髪をとめた。


 キミがいつもしていたように、斜めにおでこを出して。


 キッチンで髪を切ってもらったあと、満足そうにボクを見て


 それからにこっと笑って「ほら、可愛くなった」とおでこにキスしてくれた。


 キミから受けた、あふれるほどの愛情を、今更ながら気づいているボクは。


 大馬鹿野郎だね。




 ボクのおでこにキスはない。



 少し涼しく感じて、ボクはヘアピンを引き抜いて前髪を下ろした。



 鏡に映る、大馬鹿野郎の顔を見なくて済むように。












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