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『夜明け前に』

 





 いつからか、付き合う女はシングル以外を選ぶようになっていた。



 彼氏や夫持ちで、たまにお互い都合のいい時間に逢う。



 その時だけ優しくしたり、されたりすればいい。



 余計な束縛はしないし、させない。



 お互いの心の隙間を、砂で埋めるような作業だ。



 その時だけ。



 それでいいと思ってた。






 ドアを閉めると、先に部屋に入った綾子がバッグを放り投げた。



 それをうまくキャッチして、サイドボードの上に置く。



 今日は機嫌が悪い。



 逢ってから、まだ一度も綾子の声を聞いてない。



 綾子はベッドの上に立ち上がると、タイトスカートをたくしあげてあぐらをかいて座った。



「パンツ、見えてるよ」



 そう軽く声をかけても、険しい表情は変わらない。



  綾子の隣に座り、首の後ろに手を回すと、ゆっくり揉みほぐすようにした。



 じっと、されるがままになっている。



 きっと、旦那とまた何かあったんだろう。



 綾子と出逢って、俺はそれまでの上辺だけの付き合いに、やっと嫌気がさしたのだ。



 相手に適当に合わせ、その場だけの優しさと快楽だけじゃ



 結局面倒くさくなって続かない。



 そういうことの繰り返しに、やっと自分自身を省みることにしたのだ。



 そうして、傷だらけで疲れる女関係を清算した。



 今まで馬鹿にしていた絆とか、口にするのも恥ずかしい言葉の意味について



 本気で考えてみたくなった。





 ある日、社員食堂の隣のテーブルで、綾子と女子社員数人がランチしていた。



 その中の1人が、自分の彼氏について話していた。



「なんかね、好きとか愛してるとか言わないんだよね。



 聞いても『うん』とか『嫌いなら付き合ってない』とか回りくどい言い方してばっかりで。



 どうして言わないのか聞いたら『恥ずかしいから』だって。



 わたしがたまには言葉で聞かないと不安なんだって言ってもダメでさ~。



 不安だっていう彼女の気持ちをそのままにしてても、自分の恥ずかしいって気持ちを



 優先させたいのかなぁ。



 それとも、無理に言わせようとするわたしが我侭なのかな」



 すると、綾子がこう言った。



「もっちーの彼がどうだかは判らないけど



 わたし的に『恥ずかしい』とか言ってる男に限って、道端にツバ吐いたり



 ゴミを平気でそのへんに捨てたりする恥ずかしい男が多いと思う。



 もっちーの彼が、もしもっちーの体調が急に悪くなって、生理用品を買ってくるように頼んだ時に



『恥ずかしい』っていうような男なら、やめたほうがいいと思う。



 でも、買ってきてくれる男気があるなら、『好き』って言葉を言わなくても



 信頼できる男だと思うよ」





 俺はラーメンをすするのをやめて、綾子を見た。



 たったそれだけで、ヤラれてしまった。



 ただ、彼女には夫がいた。






 俺は綾子の首をマッサージする手をとめて、彼女の顔を覗き込んだ。



 そして、彼女の眉間に親指を当てると



「シワよ、なくなれ~。シワよ、なくなれ~」と円をかくようにした。



 綾子がふっと口元をほころばせた。



「あ、笑った、笑った」と俺が喜ぶと同時に、彼女の瞳にみるみる涙が盛り上がって



 ころんとこぼれ落ちた。



 首の後ろに手を添えて、そっと引き寄せると、唇で涙を拭いた。



 彼女の手が、腰のあたりでシャツをギュッと掴む。



 顔を肩に押し付けて、泣き出した。



「涼介」



「うん」



「涼介」



「うん」



「涼介」



 俺は彼女の顔を覗き込んで、涙に張り付いた髪を後ろへ撫で付けて



 鼻の頭にキスをした。



「うん。ここにいるよ」



「涼介」



 綾子が俺の首に両腕を巻きつけて、しがみついて



 強く唇を合わせてきた。



 こういう時の綾子は、優しく抱かれたくないのを、俺は知っている。



 優しくされると、余計にやりきれないんだろう。



 少し乱暴にして抱かれることで、安心する。



 強めにブラウスの上から乳房を掴んだ。



 唇を激しく合わせたまま。



 奪うように、奥まで。奥へと。



 綾子、俺だけを見てくれ。



 もっと、しがみついて。



 背中に爪を立てて。



 俺の上で、乱れて。



 俺の名前を呼んで。



 俺を選んで。







 シャワーを浴びて戻ると、綾子はTVでホラー映画を見ながら、お菓子を食べていた。



「見て!首がすぽーんと飛んだよ!飛びすぎ~」



 と、グロいシーンを指差しながら、大口開けて笑っていた。



 さっきまで泣いてたのに。



「綾子」



「うん?」



 まだ連続殺人者が、斧で新たな首を飛ばすのに気を取られながら返事した。



「愛してるよ」



 驚いたような綾子の鼻に、キスをした。





 俺はお前のためなら、生理用品だって買える。











 





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