『月がわらう夜』
キミが「今からちょっと良い?」と誘ってきたのは、わたしがお風呂も済ませて、パジャマに着替えた後のことだった。
見ようと思って用意してたDVDを思うと、少し(ホントに一瞬)迷ったけれどキミが自分から誘うなんて、珍しいのでOKした。
キミが迎えに来るまでの間に、薄くメイクをして帽子を被った。
もうスグで着くよ、と律儀にラインで知らせてくれる。
今夜は蒸すので、外で風にあたりながら待とうと部屋を出た。
見上げるとお月様が笑ってた。
本当にスグにキミは迎えに来た。
ピカピカに光る、真っ白なスポーツワゴンが横につくとウインドウが降りて、キミは小首をかしげながら「乗って」と白い歯を見せて笑顔を寄越した。
とても座り心地の良いレザーのシートに身を沈めて、おお、高そうな車と思った。
「さて、メシ食った?」
と大きな手でハンドルを握り、左手でシフトを操作して静かに発進させた。
マニュアル車なのね、と思った。
キミらしい。
透け感のある白い生地に、薄いグリーンの花柄のシャツを着て、下は穿きこんだような色合いのジーンズに、革のサンダル。
胸元のボタンをいやらしくない程度に開けて、シルバーネックレスが見えてる。
凝ったデザインの鍵のモチーフ。
割とシャツの下に、Tシャツを着ちゃう人がいるけど、キミは素肌にシャツを着るんだね。
腕には黒い石のはまったシルバーブレスと、指にはクロスのリング。
お顔は相変わらず可愛く、厚みのある唇は口角が上がって、いつも微笑んでるみたい。
「メシはもう食った」
とマネして「食う」系で答える。
「俺まだなんだ。先にどっか寄っていい?」
先に、って事はどこかに行くのかな?と思いつつ、聞く。
「もう10時なのに、まだ食べてないの?」
「うん。何食べれば良いと思う?」
「何でもお好きな物をどうぞ」
と笑う。
「じゃ、肉とかガッツリ食っても良い?朝から食ってないから、腹減っちゃって」
「ええっ、そうなの?いきなり胃に入れると良くないんじゃない?」
判んないけど・・・と思いながら言うと
「焼肉4~5人前とか食べて良い?」
「はい~?」
「しゃぶしゃぶ野菜抜きの6人前とかOK?」
そう言ってキミは自分で笑った。
「そんな胃にこってり攻撃しないで、ここはひとつうどんとかでお願いします」
「うーん、気分はドデカハンバーグにデミグラたっぷりを3~4枚と、ライス大盛り2~3枚ってとこなんだけどな」
「うーどーんー、うーどーんー」
とわたしがリズムをつけて言うと
「はい、うどんコール入りました~」とキミが続けて、二人で笑った。
キミは多分、自分が食べているのを待つ間、わたしが退屈しないようにと和食のファミレスに入った。
そして、本当にうどんを頼んだので、ちょっとビックリした。
意外に素直。
でも他にも卵焼きと、ツナサラダと唐揚げを頼んでたけど。
わたしはアイスクリームをチビチビ食べながら、キミの見事な食べっぷりを見てた。
決して乱暴な食べ方はしてないのに、するするとすごいスピードでお皿を空にしていくのには、感心してしまった。
キミは一息つくと、アイスコーヒーをカランコロンとかき混ぜながら
「モモと逢うの、久しぶりだよな」と言った。
「そうだね」
「元気だったですか?」
「元気だったですよ。キミは元気だったですか?」
「はい、元気だったですよ」
二人でくすくすと笑った。
「さて、これからの予定ですが、二択です」
「えー、なになに?」
キミは右手を広げ、左手の人差し指で右手の親指を折りながら
「1、湖」
今度は人差し指を折りながら
「2、夜景。さぁ、どっち?」
と言った。
「うーん」と考えていると
「難しい?」
「どっちもいいな~」
「あー、お客さん、ツイてるね。今日は特別に3もご用意してます」
「あら、何かしら~?」
と乗ると、キミはふにゃっと笑うと
「3、夜景の見える湖です」と言った。
「あはははは、なにそれ~」
最初から夜景の見える湖だった訳で、上手く乗せられて笑ってしまった。
わたしはよく判らなかったけど、これは山を登ってるのかな?と言う感じの坂道をどんどん行くと、どんどん道幅が狭くなって、対向車とすれ違う時はちょっとドキドキした。
それでもどんどん行くと、急に視界が開けて舗装された道路に出た。
キミはよく知ってるみたいで、街頭も無いような真っ暗の中を駐車場に入り、バックですいすいと止めた。
ほんの少しでも、山の中に入ると空気が澄んでいる気がした。
「モモ、こっち」と呼ばれてついて行くと、カップルばっかりの群れの中へ入った。
うわ~、みんなカップルかよ~、と自分も他人から見れば立派なカップルなのを棚に上げてびっくりした。
世の中、カップルってこんなにいるんだ。
しかも、夜中に湖に来るカップルが。
湖は、暗くてよく判らなかった。
「湖って、夜にきても訳わかんないな」とキミも言った。
「夜は、夜景がメインかな」と、そのお勧めの夜景ポイントに移動すると、流石に眺めは良かった。
堪能して車に戻ると、日付が変わっていた。
「明日、仕事大丈夫?って、俺が誘っておいてなんだけど」
運転席からじっと見られる。
「大丈夫だよ」と頷く。
「ほんとかよ、遅刻しない?」と、わざと睨むようにしてからかう。
「ちょ、キミよりオネイサンなんだから、そんな心配はいりません~」
「やー、俺が言ってるのは実年齢じゃなくて、モモの精神年齢的なもんから来る心配っつーか」
「あはははは!なにそれ」
げらげらと大笑いした。
キミはそんなわたしを見ると「笑った笑った」と胸の前で小さくパチパチと手を叩いた。
そんなキミの方が、子供みたいにかわいいってば。
「よし、安全運転で帰るか」
と左右を確認して、来る時と同じ様に静かに発進させた。
途中でコンビニに寄って、飲み物を買う事にした。
水を、色んな種類の中から悩みつつ決めると、横から大きな手が現れてレジへと持っていってしまった。
お金を慌ててサイフから出して追いかけると、キミはその様子を見て微笑んだまま、黙って首を振った。
「あ、ありがとう」とごにょごにょはっきりしないわたしを、ぷっと吹き出して笑ってくれたので、なんだか安心した。
キミはいつのまにか、たこ焼きを買っていてわたしを驚かせた。
チンしたたこ焼きを、車まで持っていく前に、コンビニ前のゴミバコ横で食べ始める。
「さっきうどん食べてから、まだちょっとしか時間経ってないよ?」
とその食欲に笑って言うと「うるさいよー」と唇を尖らせて見せて、更にわたしを笑わせた。
たこ焼きを見ると、ふっくらと割と美味しそうに見えた。
「美味しい?」そう聞くと、キミは口いっぱいに頬張ったまま「食べてみる?」と1個をクシに刺して差し出した。
「えっ」
「はい、あーん」
とたこ焼きを持って迫る。
そのホカホカしたソースの香ばしい匂いを嗅いだら、食べたくなった。
口を開けると、キミは口の前まで持ってきてくれたので、かぶりつこうとする。
と、少しずつ後退させて、わたしは口を開けたままたこやきを追いかけると言うまぬけな事になってしまった。
それに気づいて「もう!」と恥ずかしさで怒ると、小学生の子供みたいにキミはお腹を抱えて笑った。
いつまでも笑ってしょうがないから、キミからクシを奪うとたこ焼きを食べた。
「うん、美味しいな~」と言うと「それって間接・・・・」と含みを持たせた言い方をしてわたしを見ると、ニヤニヤしながら先に車へ戻っていった。
帰り道、空いていて行きより早く感じた。
景色が後ろへ流れていくのを、自分の中の「まだ帰りたくない自分」がついていけずに、置いてきぼりをくらってるみたいに思えた。
キミの会社の面白い上司の話や、新しく手がけている仕事の話を聞いて沢山笑った。
笑って、笑った時、判った。
もしかして、こうやって笑わせてくれる事で、キミはわたしを守ってくれてるのかもしれない。
気付かないうちに、いつも誰かがこうしてキミに守られているんだろうね。
運転するキミを見ると、大きな手で長めの髪を耳にかけ、リングのピアスが見えた。
キミは、きっと何かあったんだろうと思うけど。
わたしは一緒にいて、何か役に立てたかな。
楽しい時間はあっと言う間で、さくっと家についてしまった。
車を降りると、またウインドウが下がって、キミが言った。
「また誘ってもいいですか?」
「ぷっ。敬語使わないなら良いよ」
「あっそ。じゃ、また誘ってやるよ」
あははと声を出して笑うと、キミは笑わせた自分に嬉しそうに
「じゃ、今度はもうちょっとちゃんとした所に食事に行きましょう」とわざとらしくゆっくり敬語を使って、手を振って帰っていった。
見上げると、お月様が笑っていた。
~おまけ~
モモ「えーっと、『今日はご馳走さまでした。夜景、キレイだった』っと」
ピコン
モモ「はやっ。『ご馳走って程食べて無いじゃん。次はもっと早い時間に逢いましょう』
次って・・・・・、いつだろう。
『じゃ、また来年』」
ピコン
モモ「『そんなほっとかねーしww』だって。あはは」
ピコン
モモ「あれ?まだ送ってないよ。
『早く寝ないと遅刻しますよ』って、んもう『子供じゃないって!』」
ピコン
モモ「はやっ!『それって、大人のお付き合いがしたいって事かな』
・・・・・え・・・・・・・」
ピコン
モモ「・・・・『ホラ、子供じゃんw』」
モモ「む・・・むむぅ」