煙草男と帰り道
「今夜、満月だね」
少し先を歩くゆかりが、立ち止まって空を見上げてた。
同じく立ち止まり、同じ方向を見上げる。
「明るいな」
「ね♪」
再び歩き出す彼女の、少し後ろをついて歩く。
長い髪を頭のてっぺんでお団子にして、大きく開いたボートネックからは
白く綺麗なうなじが見える。
インディゴブルーのスキニーに、ぴったりと包まれたまぁるいお尻。
俺は、女はお尻の大きめな方が好みなので、見ているとイケナイ気持ちになる。
「会社の子に、迎えに来てくれる彼氏、良いなって言われちゃった~」
今夜は飲み会、イヤ、女子会ってやつがあって、きっと男子には聞かせられない話とか男子は聞きたくない話とか、色々してきたんだろう。
「迎えにって言ったって、駅まで10分じゃん。大したことじゃないよ」
『今から帰るね』とLINEがあった時、ちょうど煙草が切れてるから、買いに出るついでに『迎えに行きます』と返信したのだった。
訂正 「迎えに行く」が本件で、「煙草を買う」が別件ってことで、ひとつよろしく。
「だから~」
ゆかりは後ろで両腕を組んだまま、後ろを振り返りふふふっと笑うと擦り寄ってきて、俺の腕に腕を絡ませた。
「その10分を惜しんで、逆に大した距離じゃないって放置する男が多いんだってば~」
「ふぅん。そうなんですか」
って言うか、俺の肘に柔らかくて気持ち良いものが当たってるんスけど。
小さな川沿いの道を、風に吹かれながら黙って歩いた。
聞こえるのは、俺の雪駄を引きずる音と、ベルトループに下げたシルバーのキーホルダーの鳴る音だけ。
「それ、好きだな」
「ん?」
「ケンちゃんの、シルバーアクセサリーがチャリチャリいう音」
「ああ」
シルバー同士はぶつかると良い音がする。
コンビニが見えてきたので、煙草を買って出る。
肘にあった柔らかいものは、俺を離れ、また数歩先を歩いていた。
どうやら、もう俺の肘を温めてはくれないようだ。
残念に思いながら、立ち止まり、早速煙草に火をつけた。
ほかには誰もいない、俺とゆかりしか存在しないみたいなこの夜に煙草に火をつける。
雪駄の音が止まったので、ゆかりが振り向いた。
「早速ですか?」
「早速です」
深く吸い込んで、ゆっくり吐き出す。
そしてそのまま――火がついたまま――携帯灰皿へとしまった。
家に着いたらまた吸うのだ。
再び歩き出すと、ゆかりと並んだ。
「わたしねぇ、ケンちゃんが煙草吸ってる姿、好き~」
「俺はいつ、お前に煙草を吸う男はやっぱり嫌いって言われるんじゃないかと、戦々恐々としてるよ」
「ふふふ。でも、同じ部屋では吸わないね」
「そりゃ、まぁ。煙いですから」
「気使ってるの?」
「あなたが変われば、マナーは変わる。ですから」
ゆかりが声をあげて笑った。
「おっと」
足元に落っこちていた、小さな子供の靴の片割れを拾うと、ポンポンと埃をはたくと、落とし主が気づきやすいように塀の上に置いた。
その作業をじっと見ているゆかり。
「ケンちゃんのそういうとこ、好き」
俺は笑った。
「なんか、さっきから好き好き言われてるね、俺」
「あは。ホントだ。
わたし、ケンちゃんのホニャララが好きなんじゃなくて、ケンちゃんが好きなんだね」
「それはどうも」
「それだけ~?なんか素っ気なくない~?」
「いや、素っ気なくないです」
「ちゃんと判ってるの~?」
ほっぺたが膨らむ。
「うん。俺のことが好きで好きで仕方ないんでしょ」
そう言って、膨らんだほっぺたをつついた。
「も~」と照れてぶつ仕草をしてくる手を掴んで、ゆかりの耳に顔を寄せると
「俺も好きだよ」と素早く言った。
そのまま、手を繋いで歩く。
横目で見ると、満足そうなニヤニヤ笑いをしていた。
それを見て、俺も笑った。
好きだと言うのは、やっぱ照れくさい。
帰ったらイケナイことできたらいいなぁと思いながら
好きな子の手を引く満月の下。




