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ショートショート・ラヴストーリーズ  作者: ロミコ


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14/21

『ブラッドオレンジの憂鬱』

 




 ボクが恋に落ちた相手は、実の兄の恋人だった。



 今はまだ、片思いだけれど。



 この恋は渡さない。









 新しく出来たオープンカフェに、沙織さんがいた。


 白地にモスグリーンの大きな花柄のラップワンピースを着て、足を組み


 本を読みながらルビー色のジュースを飲んでいた。


 光を受けた頬は輝き、唇は艶めくチェリーのよう。


 瞳は吸い込まれそうに、澄んでいる。








 学校帰りの駅へ向かう途中の幸運。


『偶然』?『運命』?


 ここは当然『運命』、に全賭け。


 周りの男がチラチラと沙織さんを見ている。


 その中を突っ切り、本に集中している沙織さんのテーブルまで来ると


 テーブルを指でトントンと叩いた。


「こんにちわ」


 声をかけると、驚いたように見上げてくる表情が


 見とれるほどに美しい。


 ボクは丸いテーブルの向かいにあるイスをずらし


 彼女のやや隣に勝手に座った。



「わ~、びっくりした。気づかなかった!」



「随分熱心に読んでましたね。何ですか?」



 彼女が告げた本のタイトルは、随分昔にベストセラーになった恋愛小説だった。



「どうしたんです、今更」そう笑うと


「タツルが面白いって貸してくれたの」


「あ~・・・」



 美しい顔で美しい唇で、兄の名前が紡ぎ出されると


 突然のスコールのように、ボクの心はどしゃぶりに濡れる。


 気づかれないように、作り笑顔を向ける。



「で、どうです?面白い?」


「いや、それがぜんっぜん面白くないの」


「あらま」


「クソつまんない」


 綺麗な顔で、さらりとすごい事を言う。


 思わず笑った。


「あいつはそう言う小難しいのが好きなんですよ。


 屁理屈ばっかり言う男がでてくるやつですよね?


 俺も当時読みました。」



 あいつは“難しい本を読んでる自分に酔っている”に全賭け。



「そうそう。なんか難しい事言ってて、ちっとも解んない」


「ボクが最近読んだ本、面白かったですよ。


 沙織さんなら、きっと好きだと思う」


「どんな話?」


「自殺して一旦あの世に逝った兄が、別の自殺を考えていた男の


 身体を借りて、妹のもとに戻ってくるんです。


 死んだことで、人が考えている事が聞こえるようになって


 兄の自殺で苦しんでる妹を、救おうとする話です。」



「あ、そゆの結構好きかも」


「今度貸します。ところで、それは何ですか?」


 汗をかいた大きなグラスの中、ルビー色の液体に浮かぶ透明な氷。


 彼女がストローでかき回すと、カラコロと涼しい音がした。



「ブラッドオレンジ。美味しいよ」


「ブラッドオレンジか。ルビーグレープフルーツかと思いました」


 通りかかった店員に、同じ物を頼む。



「そのワンピース、よく似合いますね」


「ほんと?ありがとう」


「言っておくけどお世辞じゃないですよ。


 あなたにピッタリです。」



「ほんと~?タツルってそう言う事絶対言ってくれないんだよね。


 ユズルはいつもそうやって褒めてくれるから嬉しい。


 それじゃ、女の子にモテるでしょ?」



 ボクは沙織さんを見詰めながら、黙ったまま微笑んだ。



 ボクがこんな風に褒めるのは、あなただけです。



 もし、今ここでそう言ったら、あなたはどんな顔をするだろう・・・。


 沙織さんの澄んだ瞳に、ボクが映る。


 なんて綺麗な目をしているんだろう。


「綺麗な目してるね」


 沙織さんがそう言ったとき、心を読まれたのかとドキリとした。


「ユズルの目、綺麗」



 ボクは、言葉がでなかった。


 彼女の瞳を見詰めながら、言葉を探したけど


 その透き通った瞳に、すべて吸い込まれてしまったみたいだ。


 風が吹いて、彼女の肩の上で髪の毛が踊る。


 その髪にこの指を差し込んで、そのまま丸い頬を包み


 今すぐ口付けたい。


 彼女をボクの舌で味わって、彼女にもボクをもっと知って欲しい。


 そうしたいと、心が望むのに


 ボクの身体は、彼女に釘付けで動けなかった。


 遠くで、ベルの鳴る音が聞こえる。


 それは沙織さんの携帯が、小さなビーズのバッグの中で鳴らすベルだった。


「沙織さん、スマホ・・・」とかすれた声を出すと


 彼女が我に返ったように、スマホを取り出した。


 ボクは運ばれてきたブラッドオレンジを飲みながら


 彼女が小さな手で、スマホを操る仕草を見ていた。


 ラインのようで、読み終わると沙織さんの表情がぱっと明るくなった。


 ボクは目を閉じた。


 ラインの相手は“あいつ”に全賭け。



「タツルからだった!仕事が終ったから、映画行こうだって。


 残業かどうか解らなかったから、ここで時間潰してたの」



「そう。じゃ、気をつけて。兄貴によろしく」


「ユズルはどうするの?」


「ボクはこれ飲んだら、友達と逢う約束してるんで」


  口からでまかせを言った。


「そうなんだ。あ、デート!?」


 からかうように言う沙織さんに、曖昧に微笑んで見せた。


「じゃ、わたし行くね」



 立ち上がった沙織さんが、伝票に手を伸ばす前に


 自分の手を置いて言った。



「ブラッドオレンジ、ご馳走させてください」



 例え、あなたが兄と逢った瞬間に、ボクのすべてを忘れるとしても



 今出来るボクのすべてを贈ります。









 ユズル。またね!と片手をあげて、ワンピースの裾を揺らしながら



 彼女はオレンジの夕日の中へ、走るように行ってしまった。













 この恋は、始まらず。




 今はまだ、片思い。












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