最後のさよなら 一
十年ぶりの再会。
時間はあっという間に過ぎ去ったが、その間に私は都会に戻り小さな出版会社の一編集者として女性向けの記事に携わり毎日を過ごしている。
佳奈恵はこの村に残り、村の雑多な仕事を手伝いながら子供達の面倒を見ている。
二人の環境は二分した。もし私がここに残っていたら、佳奈恵と同じように過ごしたのだろう。
「そういえば、お父さん亡くなったね」
「うん、知ってる」
「そっか。それで決心がつけたのかな」
「そう、だね」
毎日あんなに肩を寄せて笑い合ったのに、今は座敷で机一枚を挟んだ距離があまりにも遠い。
それは、誰のせい?
沈黙。
会ってちゃんと聞こう。そう思っていたのにいざ対面すると想像以上に気まずくて、喋る事も出来ずに佳奈恵が用意してくれたお茶をずずっと何度もすする事しか出来なかった。
ここでとれた茶葉だろうか。独特の渋みながら口当たりは悪くなかった。
「手紙の事だよね」
沈黙を破ったのは佳奈恵だった。
助かったと思った。あの事を話すなら、自分から話して欲しいと思っていたから。
私は黙ってこくりと頷いた。
「うん……」
佳奈恵はそれからしばらく押し黙った。話さなければならない。分かっている。でもどう切り出せばいいか分からない。俯く佳奈恵の顔からはそんな逡巡がありありと見えた。
待つ。いつまでだって。覚悟を決めてきたのだ。どんな答えであっても、その答えを聞かない限り帰る事は出来ない。
「まずは、ごめんなさい」
やがて、佳奈恵が口を開いた。一言目が謝罪であった事に、安心が心に滲んでいった。
「出来れば、あの手紙を渡したくなかった。でも、別れ際あなたは戸惑っていた」
あなた。そんなふうに呼ばれる距離感に悲しさを覚えたが、私はしっかりと彼女の話を聞かなければならない。
「そして最後にこうも言った。『また、会おうね』って」
佳奈恵が言おうとしている意味が分からない。どういう事だ。
「決心を固めたはずなのに、まだあなたは戸惑っていた。ダメだと思った。そしてあの言葉を聞いた瞬間に、近い将来ここに戻ってくるあなたの姿が頭の中で見えた」
――それは、つまり……。
「悩んだ。あなたが出ていく前日、私は眠れなかった。書いては消し、書いては消し。万が一、万が一にもあなたが戻ってこないように、その為にどんなふうにすればいいか、ずっとずっと考えて考えて。書きながら、どうかこれを渡さずに済むようにと願いながら」
たった一言。
『死ね』
その一言に、込められた想い。
「あなたは静かな性格だったけど、物を書く事が好きだった。あなたが書いた自作の小説は今思い返しても面白かった。小説にしろ何にしろ、物を書く事への情熱と技量は確かだった。そういった道に進みたいって話も、何度かしたよね」
若い頃の夢の話。佳奈恵が私の心を開いてくれたおかげで、将来の夢を見る事も出来るようになった。でも、それ自体が村を出る理由までにはならなかった。それはあくまで夢に過ぎなかった。
「あなたは、こんな所にずっといるべき存在じゃなかった。そんな事は、あなたを見た瞬間に分かった」
私はただ黙って佳奈恵の話に集中する。
語られる全てを、取りこぼさないように。




