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悪人面の魔王でも友達になってくれますか?  作者: 梅三六角
第二章 魔王、姫君を攫う
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元同級生と束の間の安息

 ノエルの王室内では、姫候補であるアリスが魔王に誘拐されたという情報が入り、話し合いが行われていた。もうかなりの時間が経った。王子、ケヴィンは話し合いには参加しておらず、部屋で待機していた。


 やがて、会議が終わり、大臣が彼の部屋をノックする。

 

「入れ。」


 声をかけると、大臣が扉を開き、一礼して部屋に入る。


「アリスのことは、どうする?」

「そのことですが……」


 大臣が憐れむように言う。

 

「彼女はあくまで姫候補。その彼女のために国の3割もの領地を魔王に差し出すことはできないという結論になりました。」

「魔王の要求を呑めないなら、力づくでもアリスを救出すれば良いだろう!」


 ケヴィンは苛立ち、声を荒げる。大臣は彼のこのような反応を予想していたのか、一向に動じない。


「それも話し合いました。しかし相手は魔王です。戦ったりすれば、こちらも大勢の死傷者が出る可能性は否めません。正式な姫ならともかく、姫候補のためにそれほどの犠牲を払うのは、割に合わないかと。」

「アリスを見捨てろというのか!?」

「ケヴィン様、あなたはまだお若い。今後、別の姫候補等、待っていても現れるでしょう。あの方のことはお諦め下さい。失礼致します。」


 大臣は一礼し、部屋から出ていく。

 

「待て!まだ話は終わっていないぞ!」


 ケヴィンの声も虚しく、部屋の扉が閉じられた。ケヴィンは下を向いたまま、独り言のように言った。


「犠牲を払うのが割りに合わないだと?なら、俺一人でアリスを助け出すまでだ!」


■■■


 魔王城、魔王の部屋の中、俺はハーブティーを淹れてアリスの前に置く。

 

「それにしても、驚きよ。まさか、ルイ君が本物の魔王になってるなんて。」


 テーブルについたアリスはハーブティーを一口飲んでから、そう言った。

 

「私だって信じられないさ。とっくに死んだと思っていた。」


 アリスは、俺の元同級生だ。とはいえ、お互い顔と名前を知っているぐらいで、話したことなどなかった。逆にいえば、彼女は俺の苛めには加わっていなかった。俺から見た彼女は、どこにでもいる真面目な女の子といった感じだった。誘拐した姫候補がそんな子だったとは、ある意味では嬉しい誤算というのだろう。

 

「ところで、ルイ君はどうして私を誘拐なんてしたの?」

 

 痛いところを突いてきた。正直な話、金か友達か、どちらかが手に入るというごく単純な理由で起こした誘拐だ。それで罪のない級友を巻き込んだとは、言い辛い。


「魔王として生まれ変わったからには、こういう悪事を働くのが義務だからだよ。」


 だから、適当に誤魔化すことにした。一応、嘘は言っていない。


「そうなの?魔王をやるって、大変なんだね。」


 アリスは俺の方をまっすぐに見つめる。

 

「もう慣れた、というのは無理があるか。それより、アリスがノエルの王子と結婚するというのは本当なのか?」


 俺が問うと、アリスは言い辛そうにしながらも

 

「本当よ。政略結婚っていうのかな。私が王子様と結婚したら、私のお父さんもお母さんも王室関係者になるから、政治にも参加できるんだって。」


 政略結婚という言葉自体、あまり良い響きはしなかった。俺が何か言おうとする前に


「ルイ君?せっかくだから、このお城の中をいろいろ見ていきたいな。」

「分かった。案内する。城の中は罠や魔物がいるから、気を付けるんだぞ。」

「うん。」


 二人して、部屋を出ていく。俺は部屋の外、丁度部屋を出た俺の背後にいたマチルダの存在に気が付く。


「ノエルから、何か動きはあったか?」

「いえ、使者を寄こすだとか、軍を差し向けるといった動きはなさそうです。」

「そうか。」


 どうやら、本当にアリスを見捨てるつもりのようだ。姫候補というのは、これほどまでにぞんざいに扱われるものなのか。


「アリスをどうするかは、考えることにする。今は、彼女に城を案内してやるんだ。」

「分りました。私は引き続き、ノエルの状況を観察致しましょう。」


 俺はアリスの後を追って行った。マチルダはその場を離れると、バルコニーに行く。そして、使役していたカラスが何かを見つけたのに気が付いた。


「ノエルの王子が一人でこちらに向かっている?また随分と無謀なことを。」


■■■


 俺は魔王城の中をアリスに案内していた。今いる場所は、厨房。


「魔王のお城って、もっとおどろおどろしいと思ってたけど、結構生活感あるね。」

「そりゃあ、実際にここに住んでるからな。私も元は人間なのだし、食料を食べないと生きていけん。」


 アリスは厨房の中に置いてある調味料や、冷蔵庫の中を興味深そうに見て回っている。

 

「ところで、料理は誰が作っているの?やっぱり、お手伝いさんとか家来がいるの?」

「……全部自分でやっている。家来は全部魔物で、人間が食う料理なんか作れん。」

「そう、なんだ。」

 

 アリスが反応に困るのが手に取るように分かる。当たり前だけど。


■■■


 続いてやってきたのは、書庫だった。

 

「やっぱり、読んだら死ぬ本とかあるのかな?それとも、本そのものが襲ってきたりとか?」


 俺は思い出そうとするが、この広い書庫にある本を全部見たわけではない。ただ、雰囲気的にそういう危ない本が混ざっている可能性は否定できない。


「無暗に触っちゃだめだぞ。」


 俺が言った直後に、誰も触れていないのに、本棚から一冊の本が床に落ちる。


「う、うん…」


 アリスも何となく、危ないことは察したようだ。


■■■


 次に、裏庭に来ていた。ここには、草花、木々が生い茂り、ちゃんと整備もされている。整備しているのは全部俺だけど。


「綺麗だけど、やっぱり危ない植物とかあるのかな?」

「いや、ここにはない。純粋に草花を楽しむための場所さ。」

「魔王が草花を育ててるなんて、何だか意外だね。」

「暇つぶしさ。」


 俺は上にあるバルコニーに目をやる。

 

「良ければ、上から見てみないか?あそこからなら、この庭が綺麗に見えるぞ。」

「うん、行ってみようよ。」


 アリスが嬉しそうに言った。


■■■


 バルコニーから、俺達は裏庭を一望していた。

 

「凄い!こうして上から見ると、ちゃんと花の種類で区画分けされてるんだね。」


 アリスが面白そうにバルコニーから身を乗り出す。

 

「あんまり身を乗り出すな。落ちてしまうぞ。」

「分ってるよ。」


 かつての級友と話しながら、こういうのも悪くないな、と思った。クラスメイトなど、今まで俺を恐れるか苛めるかのどちらかだったから、こういう体験は新鮮だった。欲を言うなら、魔王としてではなく、人間として味わっておきたかった。


 花を眺めるアリスを見て俺は考える。彼女のことは、友達として見てもいいのかもしれない。だが、友達というのは作ってそれでおしまいではない。お互いを気遣える関係でなければならない。


 彼女は俺に誘拐されたせいで両親から離されて心細いだろうし、結婚を台無しにされて不快に思っているかもしれない。そう考えた俺は、思い切って言うことにした。


「なあ、アリス。ずっと考えていたことがあるんだ。」

「なに?」


 アリスは俺の方に顔を向ける。


「話すことは少なかったとはいえ、クラスメイトとしての誼もある。もし、アリスが望むのなら、ここから逃げても良い。その時は、私も邪魔はしない。」

「ルイ君の気持ちは嬉しいよ。でも、私が逃げたって知ったら、皆ルイ君のこと、大したことない魔王だって思うよ。」

「構いやしないさ。大したことないのは事実だ。その時はまた、別の行動を起こして魔王としての威厳を取り戻すだけだ。」


 俺が言うと、アリスはしばし下を見ていたが、

 

「考えさせてもらっていいかな。戻りたいって言う気持ちが全くないって言ったら、嘘になる。だけど、ここで帰ったとしたら、結婚しないといけないでしょう。」

「結婚は気が進まないのか?」

「だって、十代で結婚なんてまだ早いよ。恋愛結婚ならまだしも、政略結婚だから。うまくやっていけるのか、どうしても不安だよ。いっそのこと、ここにずっと居たいぐらい。」


 当初の俺の目的は、あわよくば姫候補の娘を自分のものにしてしまうことだった。彼女が本当にその気なら、こちらとしても願ったり叶ったりだ。


 少々暗い顔になるアリスに対して、俺は

 

「アリスが気が済むまで、ここにいればいい。結婚する気持ちが固まったなら、その時に帰ればいいし、このままずっとここに居たいなら、そうするといい。」


 アリスは分からないといった顔で俺を見る。

 

「ルイ君、どうしてそこまでしてくれるの?」

「それは、元クラスメイトの誼だと言っただろう。」

「うん、そうね。」


 アリスはどこか物足りなそうに微笑する。そこへ、部下の怪物のオークがバルコニーの入口にやってくる。


「魔王様、城内に冒険者が侵入してきました。どうやらそこの娘の恋人の男のようです。あと少しで魔王様のおられる階に到着しますが、どうされますか?」

「相手は何人だ?」

「それが、一人のようです。」


 たった一人でここまで来るとは、完全に予想外だった。女たらしの男と聞いていたから、それほどアリスに執着しないと踏んでいたのだが。


「分かった。お前は戻れ。」

「はい。」


 オークを先に行かせ、俺もバルコニーの出口に行く。


「やっぱり、戦うの?」


 背後からアリスが声をかけてくる。その表情には葛藤が浮かんでいるように見えた。


「ああ、そうだ。」


 隠しても仕方がないのでそう答えた。


「そう。」


 アリスは少し間を置き、

 

「待ってるから。」


 それだけ言った。俺は彼女に背を向け、バルコニーから出て行った。彼女と楽しく話すのは、これで最後になるかもしれない。そんな嫌な予感を抑え込みながら。

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