魔王では叶わぬ望み
魔王の城への帰り道。
「まったく、何ということをされるのですか。おかげであの村では熊を追い回す魔王としてすっかり知れ渡ってしまいましたぞ。」
マチルダに説教されていた。
「すまない。」
「まあ、初めてにしてはまずまずといった具合ですかな。」
俺はふと気になった。
「なあ、私は魔王になったんだよな?本当に今の調子で友達や、もっと言うと他の人間の心、信頼とかも手に入れられるのか?」
俺が言うとマチルダは物憂げな表情で
「愛や信頼というものは、この世で最も手に入りにくいものです。金や地位、力なら、自分一人が努力を積み、まあ、中には生まれ持っている者もいるかもしれんが、とにかく、他人の手を借りずして手に入れることは可能ですじゃ。
しかし、愛や信頼だけは、自分一人が頑張ったところでどうにもなりませんからな。ましてやあなたは魔王。信頼を手に入れるのにこれほど不適な人はおられませぬ。」
「そりゃそうか。」
現実を突き付けられてちょっと凹んだ。俺が追い求めているものは、魔王となって強い力を得ても思うようにいかないのだろうか。
「そう深く考えないことですじゃ。世の中には、愛や信頼どころか、金も地位も、力も手に入れられずに人生を終える者もおるのです。魔王様が魔王様でおられる限り、それらは簡単に手に入りますぞ。」
「そうだな。私はいささか、贅沢すぎたようだ。」
俺は自嘲する。
「それにじゃ、地位を築きあげていけば、それこそ美しい女子を侍らすことも不可能ではありませんぞ?」
「ほ、本当か!?」
マチルダはそれに対して冗談とも本気とも言わず、
「そういえば魔王様。お名前はなんと言いますのじゃ?」
話題を変えてきた。そういえば、まだ名乗っていなかった。
「ルイ・アントワール、だ。」
「ルイといえば、まるで国王のような名前ですが、アントは蟻を意味します。強いのか弱いのか分からない名前ですな。」
「放っておいてくれ。」
「それではルイ様とお呼びしましょう。これから末長くお願いしますぞ。」
「ああ。」
この婆さんと今後も二人っきりが続くのか。夕暮れに向かって歩く中、魔王は魔王らしく綺麗な姫様でも攫ってみたいものだな、なんて考えたのだった。