転生先は元の世界
死んだと思っていた俺は気が付くと、真っ暗な闇の中を彷徨っていた。いや、彷徨っているのではない、横たわっているのだ。俺が横たわっている場所は完全な暗闇で、目を空けているのか閉じているのかさえ分からない。俺は確か、苛めで死んだはずだ。となると、この真っ暗闇は棺桶の中か。死んでいるのに感覚があるとは、初めて知った。ただ一つ言えるのは、心地良かった。夜、疲れて布団に潜り込むのと同じような感覚で、このままずっと眠っていたかった。
しかし、その望みは突然の騒音と感覚に破られることとなる。
バリッ!ドスッ!ズブッ!
「うぐああああああ!!」
突然の何かを壊すような音、及び体に走る痛みに思わず叫び声をあげる。何事が起ったかと思ってむくりと起き上がる。すると、何かが頭にぶつかったかと思うと、ぶつかった何かはそのまま横にずれ落ちた。同時に視界が急に明るくなる。俺は足元を確認する。予想通り、そこには棺桶があったが、まるで西洋の吸血鬼のような豪勢な棺桶だ。さっきずれ落ちたのは棺桶の蓋のようでしっかり十字模様が付いている。のみならず、それには3つほど穴が開いていた。
ふと視線を感じたので真正面を見ると、
「げっ。」
そこには見知った3人の男の顔があった。カトルにゲルダにコンテ。俺を苛めていたクラスメイトだ。今日はリーダー格のダヴィドはいないらしい。俺は友達を作りたいと常日頃から考えてはいたが、苛めっ子達は流石に御免被りたい。話したところで分かり合えないことは経験上知っているからだ。
「おい、どうなってるんだよ。魔王はまだ目覚めないんじゃなかったのかよ?」
「だから、あと一歩のところで間に合わなかったんだよ。」
「でもよ、寝てるところにダメージ入れられたってことは大した魔王でもねえだろう。」
3人とも白銀の鎧を着こんでいる。さらに、それぞれ、剣、槍、槌を手にしている。良く見ると、3人とも俺が最後に見たときよりも、少しだけ大人びたように見える。
「何だよ、誰かと思ったら、ルイじゃないか。何でお前が魔王なんだよ?」
カトルが俺に気付き、妙な顔をする。
「そんなの知るか。私の方が聞きたいぐらいだ。」
「おい、何だか喋り方がおかしいぜ。『私』って、魔王にでもなったつもりか?」
ゲルダに言われて自分で自分の声に違和感を感じた。特に意識して話したわけでもないのに、何故、一人称が「私」になっている?気にはなるが、今は状況の整理の方が必要だ。今更直すのも変なので、そのままにした。
「おい、一体どうなっている?私はお前達に殺されたはずだ。それがどうして気が付いたらこんな所にいる?」
「言葉に気を付けろよ。俺達が殺したんじゃねえ。お前が勝手に死んだんだ。おかげで学校中騒ぎになって大変だったぜ。事故として処理されたようだけどよ。」
コンテがぶっきらぼうに答える。どうやら、俺が死んでいたのは間違っていないようだ。
「言っておくが、驚いてるのは俺達の方だよ。俺達はギルドから魔王の復活を阻止するか、それが無理なら魔王を討伐するよう言われてきたんだ。その魔王がお前だなんて、思ってもみなかったよ。」
ゲルダの説明に俺は困惑した。俺を魔王扱いしていたのは、あくまでも俺のクラスメイト達だけだった。ギルドまでがそんな悪ふざけに便乗したりするはずがない。
「ギルドって、どういうことだ!?何故私を魔王だと認定した!?」
「お前なぁ。魔王の城の魔王の玉座の部屋で、棺に入ってる奴を魔王じゃないって説明するのは無理がありすぎるぞ。」
コンテが心底呆れた顔で言った。ここまでの話を何とか整理してみると、俺は一度死んだ後、理由は分からないがこの魔王の城の玉座の間、そして魔王の棺に移動し、ずっと眠り続けていたようだ。そして、ギルドでは俺を魔王と認定し、討伐命令も出されたらしい。ギルドで発注されるクエストは不特定多数の冒険者が受注する。つまり、国単位で指名手配されたも同然だ。それに気が付いた俺はだいぶ焦ってきた。
「なあ、私が死んだのは事故だったと言いたいんだろう?それは、お前達には私を殺すつもりはなかったということだ。魔王が私だと分かった今、討伐はやめにしてくれないか?折り入っての頼みなんだ。」
言った瞬間、
「気色悪いんだよ!」
コンテに槌で後頭部を張っ倒された。
「馬鹿かお前。あの時とは状況が違うんだよ。あの時はお前が死んだら社会的に問題になった。だが、今はどうだ?魔王を倒せば世間では賞賛されて多額の報酬も貰える。」
ゲルダも、そして他の二人も聞く耳を持たなさそうだった。カトルが身を乗り出して言う。
「第一、ここで俺達が魔王のお前を見逃してやる義理なんてどこにある?それより、お前をここで殺した方が、よっぽどいい思いができるってもんだ。」
「というわけでだ、ここにいるお前は俺達にとってクラスメイトでもなんでもねぇ。討伐対象の魔王だ。死んでもらうぜ。」
そのままゲルダが俺の背を踏み付ける。元々この3人は、がたいが良い。体重も俺より重いし、筋力もある。このまま腕を突いて起き上がるのは無理か。そう思った俺は、対抗する気も起きなかった。
「おら!」
そのままコンテが槌で俺の頭部を攻撃する。ぬるぬるしたものが一筋顔の前を通る。血が出ているようだ。
「楽勝だな。魔王なんて名ばかりだよな。名前負けしてるんだよ。」
続いてゲルダが槍で俺の掌を突く。掌に針で刺したような痛みが走る。
「簡単に死ぬんじゃねえよ。つまんねえからよ。」
コンテが剣で俺の背を斬り付ける。体制的に見えないが、やはり血が出ているのだろう。このままでは本当に殺される。腕に力を入れようとしたところで蹴りを入れられる。
「そら、ちょっとは抵抗してみろよ!」
コンテの挑発に、
「お前達こそ、群れていないと何にも出来ないくせに!」
いい加減腹に据えかねて、俺の口から兼ねてより思っていた言葉が飛び出す。
「弱い魔王が偉そうなこと言うな!」
三人は逆上して蹴る、踏み付ける、武器で切り付ける、殴るを繰り返す。本来なら、こんなことをやられたら、臓器の破損や出血多量で意識は朦朧とするはずだ。それでも何故か俺の意識ははっきりしていた。どうにも変だ。そう思っているうちに、俺は髪を引っ張られて立たされる。
「なかなか死なねえなぁ。もう飽きた。そろそろ本気でやっちまおうぜ。」
カトルが残りの二人に声をかける。
「よし来た。」
コンテが俺を後ろから羽交い絞めにする。
「じゃあ、俺がやるぜ。」
「おい、止めを刺すのは譲ってやるけど、報酬はちゃんと分割しろよ。」
カトルが名乗り出て、ゲルダが釘を刺す。
「分かってるって。」
カトルが俺の前に来て、剣を構える。
「おい、俺まで斬るんじゃねえぞ。」
羽交い絞めにしているコンテが少々焦る。
「ちゃんとこいつの心臓だけ狙うから心配するな。じゃあな、魔王。お前の分までしっかり生きてやるよ。」
そのまま剣を振り上げて斬りかかる。何となく感じていたおかしな感覚の正体が分かったのはそのときだった。普通の人間なら、とっくに死んでいるほどのダメージを受けていても死なないばかりか意識も失わない。そのうえ、思った程の痛みも伴わず、時間が経てば経つほどこいつらの動きは段々とスローに見えてきていた。
まさかとは思うが、俺は本当に人間ではなくなっているのか?理由はないが、そんな答えが浮かんだ。
(もし、そうだとすれば、力だって人間を超えている、のか?)
俺は上半身を思いっきり右に捻る。
「うわっ!」
呆気なく、コンテの体の側面が前に出される。その瞬間に、カトルが振りかざした剣がコンテの右肩を切り裂いた。
「ぐああああ!!」
予期せぬ痛みに悲鳴を上げるコンテ。自分がやったことに呆然とするカトル。コンテが俺の体から手を離す。
俺は自分がやったことがにわかには信じられなかった。いや、やったことは体を横に捻っただけだが、まさか自分より筋力があるはずの男を簡単に振り回すことができるとは。
「こ、このお!」
横で見ていたゲルダが現状に気が付いて、即座に槍で突きに来る。その動きさえも十分に見て取れる。そのまま体を横にしてかわすと、槍は俺の後ろにいたコンテの体を貫通した。
「ぐはっ!」
血を吐いて倒れるコンテ。この位置では心臓を貫かれたか。ゲルダは背後にいるコンテに槍が刺さる可能性を考えず、力任せに突いてきたのだ。
「そこのところが、苛めっ子らしいな。特定の相手を苛めているときは団結しているように見えるが、仲間を思いやる心なんて持ち合わせていない。いや、そもそも仲間とすら思っていないのか?」
俺は、ゲルダが持っている槍を手刀で切断する。間髪入れず、足を引っ掛けて転倒させる。そのまま倒れたゲルダの両足を持ち上げる。
「な、何するんだ!?」
「ちょっとした力試しだ。」
俺はそのまま勢いを付けて回転させる。ジャイアントスイングという奴だ。
「そら!」
勢いが付いたところで俺は手を離した。ゲルダは太い柱に頭を打ち付けた。鈍い音がしたと共に首が妙な方向に曲がる。
(まずい、殺してしまったか?)
ふと横を見ると、残ったカトルが真っ青になっていた。
「す、すまない、ルイ。俺は実はゲルダとコンテに命令されて仕方なく付き合ってたんだ。お前を殺すつもりはもうないよ。」
すっかり怯えていた。
「ほ、ほら、俺とお前って何となく気が合いそうじゃないか?これからは仲良くしようじゃないか。」
カトルの言葉に俺はちょっと心が揺れる。仲良くする、すなわち友達である。チャンスがあるなら、ものにしたくはある。
「まあ、良いだろう。」
「あ、ああ、サンキュー。」
カトルは引き攣った笑みを浮かべそこで唐突に、
「あ!?ゲルダ!?」
俺の背後を指して言った。
「まだ生きていたか!?」
そう言ってカトルから目を背けた一瞬、背後から感じた気配に横に身を引く。突如、俺の腕に剣が突き刺さる。
「く、くそっ!」
カトルが剣で突き刺していた。横に動かなければ、胴体に突き刺さるところだった。信用しかけた矢先の出来事に、俺の頭に血が上る。
「貴様……!」
俺は刺さった剣を抜くと同時に、そのまま刃を素手で受け止める。手から血が滴り落ちる。同時に来る痛みがさらに俺の頭を沸かせる。限界まで力を入れると、刀は真ん中からバキッと音を立てて折れた。
「この私の心を、よくもっ!!」
「ま、待ってくれ!」
俺は命乞いしようとするカトルの腹部に蹴りを入れた。
「うぐっ!」
カトルは床に仰向けに倒れる。俺はその上に馬乗りになると同時に顔面に拳を振り下ろす。
「よくもっ!!」
手にはカトルの顔から噴き出した血が付く。自分でも何を叫んでいるか分からない。完全に正気を失い、カトルの顔を何度も何度も殴り付けた。俺の呼吸は荒くなっている。疲れているのではない。怒りで興奮しているんだ。俺は肩で息をしていた。一息吐いたところで、反射的にもう一度手を振り上げる。
その時
「もう死んでいますよ。」
後ろから声がかかった。