魔王には残酷すぎた真実
俺は広い部屋の玉座に座っていた。冒険者が来たらここで戦うと決めているのだ。この部屋なら広いし、天井も高いので存分に飛んだり跳ねたりできる。やがて数刻後、部屋の大きな扉が開かれると男が一人飛び込んできた。
「魔王!アリスは返してもらうぜ!」
そう言って剣先をこちらに向けてきたのは、がっしりした茶髪でロン毛の、よく言えば今時の若者、悪く言えばチャラ男だ。鎧を来てはいるが、動きやすさ重視のためかやや簡素だ。仲間は見当たらない。たった一人でここまで来たということは実力はそれなりだろう。
「お前が例の王子か?」
「そうだ。俺の名はケヴィン。あんたを倒せば、姫との結婚を王様から認めてもらえるんだ。」
ケヴィンは誇らしげに胸を張る。
「そいつはめでたいことだ。ところで、風の噂だと、お前は随分と女好きが過ぎるようだが、本当か?」
俺が言うと、ケヴィンは気まずそうに俺から目を逸らし、
「だから、どうだと言うんだ!?」
否定しなかった。俺は畳み掛ける。
「意外だったな。女に見境のない男が、姫候補をわざわざ、たった一人で助けに来るとはな。そんな無茶をせずとも、代わりの女など選びたい放題なのだろう?」
「馬鹿にするな!確かに俺は女好きだ。だが、そんな俺でも、アリスのことは本当に好きなんだ!」
女に見境がないと聞けば、どうしてもマイナスの印象が付き纏うが、意外と良い奴なのだろうか?
「もしも、だ。お前がここで私を倒してアリスと結婚したとしよう。その場合、お前はもう他の女と浮気をしないと誓えるのか?」
「そ、それは……」
ケヴィンは途端に歯切れが悪くなった。
(おい、するのかよ!?)
ちょっとでも良い奴だと思った俺が馬鹿だった。こんな奴が結婚相手では、アリスが不安になるのも無理はない。
「そんな心配、俺があんたを倒してから、ゆっくり考えるさ!行くぞ!」
ケヴィンは剣を構える。確かにこれ以上こんな話を続けても仕方がない。
「良いだろう。手加減はしないぞ。」
俺も玉座から立ち上がる。俺は玉座から降り立ち、ケヴィンの間合いに入り、爪を振り下ろす。ケヴィンはすかさず剣で防御する。
「よくぞ私の攻撃を受け止めた。しかし、いつまでもつかな?」
俺は連続で爪を振り下ろす。ケヴィンは後退しながらもどうにか剣で受け止めている。ケヴィンは俺の攻撃を捌き切ると、一歩踏み込んで切りかかってきた。俺は爪で剣を受け止め、鍔迫り合いの形になる。だが、力なら魔王である俺に分がある。俺は腕を少し後ろに引き、そのまま大きく前に切り込む。
「くっ!」
寸でのところでケヴィンは大きくバックステップし、かわす。ケヴィンは汗を掻きながらも余裕そうに話す
「油断してたぜ。ここまで来るまでに倒してきた魔物よりは手応えあるな。」
「どれほど弱い魔物と戦ってきたかは知らないが、一緒にされては困る。」
「じゃあ、俺も本気を出すか。俺のアビリティをお見せするぜ。」
ケヴィンは自慢げに言う。アビリティ。俺が今まで戦ってきた中で、アビリティをもった奴は初めてだ。
「俺は、持っている武器に炎の属性を与えるアビリティがある。」
ケヴィンが念じると、剣の刃にたちまち火が燃え盛る。それでいて、柄の部分には燃え移っていない。
「剣に付いた火は俺の能力で操れる。だから、俺が剣を持っていても、俺が燃えることはないのさ。今度はこっちから行くぜ!」
ケヴィンは燃えた剣で斬りかかってきた。
(爪には神経が通っていない。であれば、爪で受け止めれば熱くはないはずだ。)
振り下ろされる剣を、俺は爪で受け止める。すると、剣の炎は俺の爪を伝って燃え移ってきた。
「何だと!?」
俺は爪で剣を振り払い、後ろに跳んで距離を取った。
「くそっ!このっ!」
俺は爪を振って風圧で火を消す。
「言っただろう。剣に付いた火は俺の能力で操れるって。そして、距離を取ったところで無駄さ。こんなこともできるんだぜ!」
ケヴィンが剣を床に突き刺す。剣を纏っていた炎は、床に移ったかと思うと、俺の方目掛けて走ってきた。俺はすぐに横にかわすが、炎も追い掛けてくる。
「しつこい奴め。」
「御覧の通り、俺が持っている武器に触れて燃え移った炎だって、俺の思いのままさ!」
俺は背後にあった柱の近くで、ジャンプして炎をかわした。と思ったのも束の間、炎は柱を登ってこちらに迫ってきた。
「こ、こいつっ!?」
俺は柱を蹴って落下地点を変える。これで炎を飛び越え、ケヴィンの方に一直線だ。俺は床に着地し、一気にケヴィンとの間合いを詰める。俺が振り切った爪の攻撃に、ケヴィンは即座に床から剣を引き抜き、後ろに跳んでかわした。
剣が床から抜けると同時に、それまで走っていた炎の動きが止まり、やがて消えていく。床の上は火がつきにくい。どうやら、ケヴィンの能力が有効なのは、本人、或いは本人が持っている武器が対象に接触している間だけのようだ。
「ちっ、一度つけた火を消さない方法があれば良いんだがな。」
ケヴィンがぼやいたその直後、
「ケヴィン!!」
いつの間にかアリスがそこにいた。そして、どこに隠し持っていたのか、瓶を取り出すと、中身を床一面にばらまく。匂いからして、それは油だとすぐに分かった。
「アリス!?無事だったのか!?」
「話は後よ!早く床に火を!」
「おう!」
ケヴィンが床に撒かれた油に剣を刺すと、たちまち油は部屋の中央から燃え広がる。まずい。俺が今いるのは出口から反対の壁際だ。窓のある場所は既に炎に包まれている。
(どこで油を!?いや、厨房を見て回ったのだし、俺の目を盗んで持ち出すことぐらいできるだろう。それより、だ。)
俺はアリスとケヴィン二人の様子を伺う。
「アリス?大丈夫だったか?」
「ええ、もちろん。攫われたときはちょっと怖かったけど、ケヴィンならきっと助けに来てくれると信じてたわ。」
まさに仲の良いカップルを見せつけられる。
(こんな女たらし相手でも、好きになれば短所は気にならないものなのか?まあ、それは良いとしよう。アリスもきっと考えた末にケヴィンを選ぶという結論を出したのだ。)
俺は炎に囲まれながらも、二人の方を向く。
「アリス。お前がどういう選択をしようと私に口出しする権利はないが、その女たらしの男で良いというのだな?」
彼女の本心を聞いておきたかった。
「当り前じゃない。あなたとケヴィンなんて、比べるのも失礼よ。」
ん?何だか様子が変だ。その口調は強がりでもなく、散々迷って出した結論にも聞こえなかった。まるで、最初から答えが分り切っている問題を改めて質問されたかのようだ。
「アリス、この魔王のこと、知ってるのか?」
ケヴィンが不思議そうにアリスに聞く。
「知ってるも何も、この魔王は元々私のクラスメイトよ。それが、いつの間にか魔王に転生してたの。」
「そうだったのか!?それで、どんな奴だったんだ?」
「顔は怖いくせに、いつもクラスメイトに苛められてる情けない男だったわ。そうこうしているうちに、クラスメイトに苛め殺されたってわけ。きっと、そのせいでこの世界に復讐してやりたいって思って魔王に生まれ変わったんでしょうね。」
次から次へと発せられる蔑みの言葉に、俺は唖然として言葉も出なくなった。
「まあでも、腐っても魔王だからね。噂だと元クラスメイトを殺したって話もあるし、怒らせると何するか分らない奴だから。ケヴィンが来るまでの間、適当に話を合わせて時間は稼いでおいたわ。」
「おいおい、それじゃ俺がもし助けに来なかったら、どうするつもりだったんだ?」
「大丈夫よ、私はケヴィンが絶対に助けに来てくれるって、信じてたから。」
「嬉しいな!これで俺達の結婚も、皆認めてくれるぜ!」
「うん。誓いのキス、して欲しいな。」
二人の様子を見て、俺は確信した。アリスは苛めに参加こそしていなかったが、内心ではいつも苛められている俺のことを見下していたのだ。そして、この場で自分達の結婚を盛り上げるためのピエロと同等に見ているのだ。この娘だけは他の奴らとは違うと信じていただけに、この光景は堪えかねた。
どす黒い感情が渦巻いていく。俺の中で何かが切れた。
「どいつもこいつも……私をコケにしおって!!」
俺は腕に渾身の力を込めて振り上げる。その拳に、何故だかいつもとは違う力が宿っていくような感覚があった。そのまま拳を床に叩き付ける。衝撃で床に大きく亀裂がはいっていく。やがてそれは部屋の隅まで達したかと思うと、床が下の階に崩れ落ちていく。
「うわああああ!!」
「きゃああああ!!」
俺達はそのまま下の階まで瓦礫と共に落ち込んだ。