理由その7 - 魔物
――――トゥアタ城
明け方にようやく騒ぎは沈静化した
だがフォーレ=R=アルフレルドは知っている。この地震はただの天災ではないことを――――
トゥアタ国各所に放った兵士が被害状況を報告しに戻ってきた。これで何人目だろう『異常なし』と云う兵もいれば『被害者数人』と答える兵もいる。エレインにはこの異常事態を悟らせまいと避難も兼ねて後発隊に加わらせたが……エレイン、ヴァン、フォードは無事だろうか
私は二人の剣術を決して過小評価していない。たとえ三十の正規兵が束になって襲い掛かろうとも、二人いれば無傷でエレインを連れ帰ってみせるだろう
二人は昨年開催された剣術大会で上位にまで勝ち上がっていた。私の息子ということで『八百長試合だ』と疑う観客や重臣もいたが、王は二人の健闘を誉め称え、王宮への出入りを自由にしたのだ
二人はこの国では確実に五指の実力に数えられる。だがこれが親心とでもいうのだろうか、独断で兵を動かすことは規則違反でありながら私はそれをした
彼等が力になってくれれば良いが……
「フォーレ様」
「む?」
一人の兵が限界まで背を伸ばして話しかけてきた、まだ歳若い青年だ。後ろではその騎士の友人らしき者が制止しようと声を掛けていたが、青年はそれを振り切り、私の前に立つ
青年騎士は緊張した様子でこう述べた
「その……何故バラル様をタラの都へ?自分は、このような事態にこそバラル様の統率力が必要かと思います」
「……」
見れば話しかけてきたのはバラルの部下だった。なるほど自分の上司以外では調子が狂うと、青年は『あなたの判断は誤りではなかったのか?』といいたいわけか
……いや、違うな
彼が本当に言いたいのは――――
「バラル様がこの場を離れ、タラへ向かう必要性は見当たりません!私はフィル・ヴォルグ山になにがあるかは存じませんが、様子を見るだけならば私一人でも十分ではないかと……!」
まるで勢いを止められぬかのように一気に意見する兵はしかし目を逸らさず、臆さず私の目を見て声を張り上げた
「バラルは良い部下に慕われているな……」
自分は慕われていないとはいわないが、目の前に立つ名も知らぬ青年を見て、この場にいないバラルを羨ましく思った
しばし無言で考えていると、私の怒りを買ったのかと誤解したのか青年は萎縮してしまった
「……すまない、貴公の意見は正しい。だがわかってくれ、ここはなんとしても我々だけで対処しなければならない」
「し、しかし――――」
「バラルがいなければここは対処しきれぬか?」
少し強く言うと彼は硬直し、背筋を伸ばして私の話を聞く姿勢をとる
「統率者がいれば自分達は思うように動けるのか?ならば……統率者がいなくなったとき貴公はどう動く?」
青年は急にたくさんの質問をされたためか、戸惑っているようだ。どう答えていいわからない、というよりは質問の意図が理解できていないようだった
「言い方が悪かったな。作戦中バラルと連絡がとれなくなった時、貴公はどうする」
「そ、それは……」
若い騎士は戸惑い、決して逸らさなかった視線を逸らし、目を泳がす
「伝令!伝令ー!」
青年が答える前に謁見の間が一層ざわめき……自然、会話が中断された
「何事だ!」
「じ、城下町に黒い人間が!い、いや、バケモノが、ま、町の人間を――――」
この日、兵士のこの一言で王の間にかつてない戦慄が奔った
人間を、喰っている……と――――
しん、と……謁見の間が静まり返った
◆
これは一体どういうことだ
いまこの状況はその一言に尽きる
俺達の目の前に立ちはだかるのは、数十の見たことも無い生物。いや、正確には現実にみるのが初めての生き物だった
城にあった文献で読んだことがある……生物の名は『コカトリス』――――伝説の魔物だ
一見すると鶏に似た大人の膝くらいの大きな生物。しかし尾は蛇のように長く伸びていて、顔の表面が緑色の鱗で覆われている
蜥蜴あるいは蛇と雄鶏との合いの子が生まれればこんな姿をしているだろう
コカトリスは集団で行動しているが、動きは普通の鶏同様、今のところ不規則だ。俺達の進路を塞いでいるだけで敵意は感じられない
それだけならばちょっと大きい家畜で済むただの動物だが、『魔物』と呼ばれるのは当然理由があった
「あ、大〜っきい鶏?こんなところに――――」
「触るなエレイン!」
コカトリスに近づこうとしたエレインをつい大声で止める
「え、な、なに?」
「そいつはコカトリスだ!触れば石になるといわれる魔物だぞ!」
「えっ!」
その言葉にエレインは小さく飛び上がり、後ろに下がる
触ると石になる、この言葉は少し言いすぎだったが彼女にはちょうどいい脅しにはなったようだ
文献には『コカトリスの吐く息に触れた者は石に変わる』と記述されていた、本当ならば極力近づかない方がいいだろう。できれば戦いたくない相手だ
剣士にとって、近づくのがこれほど危険な相手はそういない
「魔物か……まさかこの眼で見る日がこようとはな」
バラルが呟いた、彼ほどの老騎士であっても初めて見た魔物に対してどうすればいいのか戸惑っているようだった
「どうする?弓も無いし僕らは魔術も使えない、それにこの数……逃げるか?」
「あぁ、迂回――――」
しよう、と続ける前にやっと後ろが塞がっているのに気づいた
数百はいるコカトリス、いつの間に――――!?
全く気配を感じなかった。魔物たちは俺達がたった今来た方向から、まるで魔術のように現れたのだ
危険を認識し、剣をこの手に取るまで……身体はまさしく石になっていたかのように固まっていた
◆
フォード曰く、コカトリスという魔物が襲い掛かる機を窺うように僕らを見つめる。この魔物の特長は僕も義父さんに聞いたことがあった
見たり触ったりした生物を石に変えたり、口から吹きかける息で人を石に変えてしまうという……
今のところ見る見られるでは石に変わらないみたいだった。だけどこの状況は……
「もうやるしかない!馬から降りて戦おう」
数がこんなにいる上に石にされるんじゃ一撃も食えない、ならコカトリスの体長を考えると馬に乗っている分の高さが致命的となる、足元や馬が危険だ
僕の考えに同意した二人はすぐさま下馬する
「已むを得ん、数の多い後方は儂とフォードが守る!ヴァンは少ない前方を、ヴァンの合図で強行突破するぞ!」
素早く馬とエレインを中心に囲み、僕とフォードとバラルさんはそれぞれ三方向でコカトリスと対峙する
数は……約四十匹ほどか
最初に興奮した鶏のように飛び掛ってきたコカトリスを一刀で切り伏せ、返す剣で二匹目も真っ二つにする。休む間も無く五匹ほど飛び掛ってきた
「ふっ……!」
一旦後ろへ飛び下がり、先ほどまで僕がいた一箇所へコカトリス達が集まった。よく見ると集まったところの地面が鈍色に変色している
元の場所へ、駆ける――――!コカトリスが散らばらないうちにまとめて払い切り、五匹の屍骸を造る。その勢いを殺さず、魔物を殺す……襲いくるのが人型じゃないからか、少し心は痛むものの命を奪う抵抗は薄かった
動物虐待の趣味は無いが、仕方ない……仕方ないんだ!
迷いを振り切るように僕は休まず剣を振り続ける。左から右へ、右から左へ剣を振り――――反転して後ろへと斬り下ろし、斬り上げる――――
剣を振るたび鋭い刃は奇妙な鳥を通過していく。鳥の中心に飛び込んでしまったが、コカトリスはさほど速くないし、わりと脆く一撃で屠れる
いける……このまま――――
「あ、た……助けてぇヴァー君!」
「――――!しまった!エル!!!」
見逃していたか、エルの前で一匹のコカトリスが今にも襲い掛かろうと飛び跳ねていた
「くっ!」
一足跳びでエルの元へ飛ぶ、そのコカトリスは斬り捨てたが、態勢を崩した僕の背後に数匹の気配が襲う
接触する直前、頭の中でフォードの言葉が浮かぶ
『触れば石に――――』
ヤバイ!そう思って眼を閉じた瞬間――――
「け、け、<(ケィノーン)!」
エルの叫び声と共にボワッ!と火の起きる音が背後で広がった
恐る恐る後ろを見ると残っていたコカトリス全てに火が点き、その火を消そうとその場を暴れまわっていた
これは、魔術!?
「い、今のうちだよヴァー君!」
エルの言葉にハッと我に返る
この絶好の機会を最初に見出したのはエルだった。エルが繰り出した炎の魔術に戸惑いながらも僕は火達磨で暴れまわるコカトリス達を斬り伏せていく
そして十五匹ほどになったとき――――
「バラルゥゥゥー!!!」
叫ぶ間も休まず剣を振り続ける、退路を確保して後方の二人に“合図”を送った
合図を聞いて走らせやすいように前方向へ用意していた馬へ乗り込むバラルとフォード
騎乗と発進を確認し、僕は屍骸の山を突破した
後ろからエル達とコカトリスの大群が迫る
「フォード!」
「掴まれ!ヴァン!」
迫り来る群れから逃げ走りながらフォードの差し出した手を掴み、全力疾走する馬に飛び乗る
コカトリスは馬ほど速くはない、完全に振り切った!
「……よし、全員無事のようじゃな!」
先頭を走るバラルさんが僕らを見回してホッと安堵する。僕も同じ気持ちだった。安全を確認していてもなおその不安は治まらない
病気のように、呪いのように、僕らの心に不安の種を植え付ける
「伝説の魔物が何故あんなところに……」
フォードが呟いた
先日の化け物といい、なにが起こっているんだ
「魔物、か……」
まだ納めていなかった剣の赤い刀身を見る
魔物の呪いを恐れるように剣を振り、草原に血を吸わせ、僕は……奪った命に謝罪した
ん〜投稿しようか迷いました
今回のフォーレ視点出すと別の話作らなきゃいけないし、この先矛盾が生まれてきそうで怖いですよホント
あぁ、不安……