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理由その5 - 罪障


アルスター国を出てエルタレイクに到着した途端、森がざわめいた


「……なに?」


森の冷たい空気にふと違和感を感じる。先を進んでいたマグ、ノイシウ、サンテの三騎士も、不穏な空気を感じ取ったのか馬の速度を落とす


「ディア様、我々から離れぬよう……」


剣を抜いたマグは油断無く周囲を警戒する、二人の騎士もそれぞれの武器を手に取り、互いに死角を消すように私を中心に囲む。洗練された護衛術、ここまで素早く行動できるのはアルスター国でもそういないだろう、三騎士の心強さと守られているという安心感から、状況分析する余裕が持てた

また盗賊だろうか?……いえ、なにかおかしい。森の精霊が怯えている……精霊が警鐘を鳴らすなんて、人間では余程の術士か闇の業を背負わなければあり得ない

でも大きな魔力は感じないし、不吉な想念も残っていない。それにこの感覚、なんて厭な感じ

膨大な魔力による圧迫感なんてものじゃなくて、こう……背中に知らない人がじっとついてまわる恐怖と掻痒感そうようかん

業か魔力か……感覚で言えば前者に近いのか、どちらにせよここには精霊を怯えさせる恐ろしい『何か』がいる

森全体に悲鳴を上げさせる『何か』が――――


…………

……


木々の揺れる音が波打つように煩く耳に響く。時間はそれほど経っていないはず、けれど警戒を緩めることはない

私もマグに倣って、周囲を見回すが賊もいなければ動物もいない

そこまで考えてハッと気づいた。違和感のひとつは生物がいないことだった

生物が全く見られないのに私たちは警戒している、未だ見えざる敵の存在に

矛盾の警戒が数十分


「……あ」


木々の陰をひとつひとつ遠目に見ていたとき、正面の木々の間にぽつんと立ち尽くす者がいた

私たちを警戒しているわけでもなく、奇襲をかけようと木の陰に隠れるでもなく、ただじぃっとこちらを見つめている。その様子が恐ろしく不気味で私は息を呑んだ

同時に元凶はアレだと理解する


「マグ……」


右前方を守っていたマグに小さな声で呼びかけるが、答えてくれない


「マグ、あれを、見――――」


マグの見ていた右前方を見て声を失う

右前方にも三人、更に五人、森の奥から一人ひとりとまだ増えていく


「ノ、ノイシウ隊長」


左前方を守るサンテが少し気後れした声を上げる。それもそのはず、左前方には不気味な視線が八つも注がれていたのだ


「そっちもか、囲まれた……な」


後方のノイシウには六人、全部で二十五人ほど集まった。徐々に近づいてきたそれは『ギギ』と歯軋りのような声を押し殺している

怖い……

生きた心地がしなかった。王女として大勢の民に囲まれることはあったが、無言で見つめられることがこんなに怖いなんて

品定めをするようにただ私たちを見つめる、見つめ続ける


「人間、じゃないよな?お前達は」

「ギギ、ぎ……」


ノイシウの声に反応したようにそれはこちらへと向かってくる


「く、くるなぁ!」


ビシュッ!

弓を構えていたサンテが耐え切れず矢を放つ


「あっ!」


黒い血が流れた

矢は一人の胸に命中し、苦しそうに身悶え、『それ』はやがて動かなくなった


「ギィィィギゃァぁァァぁァァぁア!!!」


仲間の死を引き鉄にその場にいる全員が一斉に動き出す

剣と爪が目の前で火花を散らす、守られているとはいえ『安全』ではなくなったのだ

いや、それならばこのエルタレイクにきた直後から安全でなかったのか

危機意識を間近で感じ、やっと自分が何も構えてないことに気づいた

慌ててナイフを取り出し、空中に魔力を込めてルーンを刻む


「Ψ(オルギズ)!」


唱えた瞬間、捌ききれずサンテの馬にへばりついていた数人が吹っ飛ぶ

咄嗟のことだったから文字が歪んでしまったけど成功したみたい


「た、助かりましたディア様」

「き、気をつけて、今の未完成だからすぐ切れるかも」


しかし相手も今の魔術に警戒したのか、先ほどのように一斉には攻めて来ない


ルーン魔術――――

本来武器や防具に特殊な文字を刻みつけ、守護や付与能力を授ける刻印魔術こくいんまじゅつの一種。この文字を身体に刻み込む者もいるが、常に複雑な思考を持つ有機体に刻むのは危険で暴走する恐れもある

そもそもルーンは戦闘で使われたりはしない、普通は占いや儀式などに使われる。しかしほとんどが一言で済むので詠唱時間は皆無、その利点から魔術士の護身術として使われ始めた

ダヴェド国では既に常識として、アルスター国では貴族間で普及している簡易魔術である

戦闘の場合、文字を描写後、発音と共に魔術が顕現する。術者が集中しなければ文字が歪み、平静でなければ発音が狂う。文字の精度や魔力の錬度、発音の相異によっては術が歪曲する。その歪んだ術を見て、戦闘では占言魔術せんごんまじゅつと呼ばれている


……と、警戒していた『それら』の敵意が一瞬だけ薄れた


「ォ、ェ……ィ……?」


……!

初めて何か話しかけてきた気がしたけど、聞き取れず意味が理解できなかった


「え、な、なに今の……?」

「てやっ!」


その硬直を逃さず、三騎士は斬りかかる


「……ぎ、ギギぎギ、ギギィぃィィぎギギぎギ」


その行動が引き鉄か返事をしなかった所為か、『それ』は再び敵意を剥き出しにする


「何者なんだ、こいつらは……」

「わ、わからないけど、どんどん増えてるぜ」


見れば半数に減ったはずの『それら』は、こうして話しながらも確実に倒されているにも関わらず、一向に減る様子は無い。それどころか森の奥からぞろぞろと湧き出してくる

敵の耐久力は人のそれと変わらないのか、急所を突かれれば即死し、黒い血を流せば力を落とす。しかし数が尋常じゃない、その上恐れを知らぬかのように休まず立ち向かってくる


「キリが無い!逃げよう!」


全員がその意見に同意した


「活路を開くぞ!マグ!サンテ!ディア様をお守りしろ!」

「はい!」

「言われんでも!」


ノイシウはエルタレイク出口への道を捨て身で切り開き、サンテ、マグの二人は私を挟む形で馬を走らせる。森を抜けたところで振り返ると、森の入り口で『それら』はまたじぃっと……こちらを見つめていた

……一体、なにを伝えようとしたの?





エルタレイクの森を離れて馬で数分。バラルのお爺ちゃんがこの場で野営をとると言って準備を始めた

本来水や森の近くが野営に適した場所なのに、森から少し離れているのはきっと私を気遣う配慮からだろう。申し訳なく思いつつもありがたく思っていた

もう涙は止まったけど、あそこに居たくない

まだあの死の恐怖が染み付き、地獄の光景が目に焼きつき、悲しみが止まらない……

三人が野営の準備をしている間、私は手伝いもせず顔を覆い、必死に涙を堪えていた


「大丈夫かエレイン」

「……」


野営の準備を終えたヴァンが心配そうに話しかけてきてくれたけど、返事ができなかった

私は大丈夫、なんかじゃない……


「フォードもバラルも休んだ。見張りは僕がちゃんとするから……辛いだろうけど、もう寝たほうがいいよ」

「……」


焚き火の向こう側に二人の休む姿が見える

二人とも疲れているのだろう、訓練に加え王族や重臣たち全員の避難もあった。私も疲れているはずだった、けれどどうしても今は休める気がしない

…………

……ほら

目を閉じると、また蘇るのだ

あの時の光景が、音が、彼の瞳が――――


「なぁ、エレ――――」

「あの二人ね」


ヴァンの言葉を遮って私は語り始めた


「モリガンさん、カルブレさんのこと好きだったんだよ。女同士だからかな、すぐに打ち解けて私には話してくれた」


どうしてだろう、このことを誰かに話さなきゃいけない

自分にとって、あの二人にとって、この話は必要な言霊宿しなのだ……そう自分に言い聞かせる


「……なんてね、本当は私が無理にこんな話題を持ち出してきたんだ。なんとなくそんな様子だったから」


だからほんの少しの嘘もつかないようにした


「湖に着いたとき、私カルブレさんとも少し話したの、そしたらカルブレさんもモリガンさんのこと……」


彼らを忘れないように、自分の無力を忘れないように


「カルブレさん詩人になって、モリガンさんと一緒に世界を旅したいって……」


でもきっと会話に意味は無い


「……私、両想いの二人に伝えてあげようか迷ってた。でも結局伝えられなくて」


むしろ罪だろう、こんな自分勝手な懺悔の独白

ヴァンを巻き込んで自己満足を得て、自分の気を落ち着かせたいだけ


「あの時、カルブレさんには言うべきだってわかってた……なのに、それなのに――――」


そして背負うべき贖罪なのだ、あの時なにもできなかった私がこれから一生背負う重い十字架

ズルイ私に課せられた神罰


「わ、わたし、なんにもできなくて、伝えることもできなくて、助けることも……なんにも!」


愛する者同士が引き裂かれるなんて思ってもみなかった

物語の恋人達はいつも幸せで、笑顔のまま永遠を生きる……現実にそんなことがあるはず無いのに


「あのとき夢でもいい、魔法でもいい、奇蹟よ起きてって……信じ続けるしかなかった……ぅ」


……なんて無力なんだろう

薬師の仕事をここまで呪ったことはなかった


「エル……」

「わ、わたし、ただ……ぅ、ひっく…………」


役に立とうと思って来ただけのに


「もういいよ」


怪我をした誰かに薬を差し出して『ありがとう』と、ただその言葉が聞きたかっただけなのに


「伝えればカルブレさんが死んでしまうと思ったんだよな?気が抜けない状態で安心なんてさせられないもんな……エルは正しいよ、あの時なにも間違ってなんかなかった」


どうしようもない傷口は薬で癒すことはできない現実


「だから……もういいんだよ」


自分という無力な生き物がいる、薬師という何も救えない邪魔者がここにいる

そんな私をヴァンは優しく抱きしめて、心まで包み込んでくれる


「エルの、せいじゃないよ……エルのせいなんかじゃない。きっとカルブレさんも感謝している、モリガンさんと一緒に天国で暮らしているさ」

「わ、わたしは」

「難しいこと考えなくていいんだ、ただ……悲しんであげればいい。きっと二人もそう望んでるよ」


あぁ、また涙が零れる

ヴァンが言うと本当にそんな気がして

二人が優しく笑ってくれた気がして

私はほんの少しゆるされた気がして、彼の胸の中で泣くのだった


…………

……


「ありがとね、ヴァンちゃん。また泣いたらちょっと落ち着いたよ」


もう彼には心配させまいと笑顔をつくった


「お、おいおい!エルその呼び方は……」


彼は照れ臭そうな顔で頭を掻く

その様子が可笑しくて、自然に笑顔のままでいられた


「なによーヴァンちゃんが先に呼んだんじゃない」


今はもう呼ばれなくなった愛称を口にする私たち

いつだったか、私が彼のことをちゃん付けで呼ぶのを彼が嫌がった時、それに張り合う形で『じゃあ私も気安く呼ぶなー!』って言ったんだっけ


「ったく……もう寝ろよ。ゆっくり休め」

「ん……おやすみ」

「あぁ、おやすみエル」


仰向けに寝転がり、月を見上げて想う

私は生涯あの事件を忘れないだろう

そしてカルブレさんとモリガンさん、エルタレイクの森に眠る永遠の恋人のことも……












「私はLです」

なんだと、何を言ってるんだコイツ。Lがエルだと言う筈が無い

クソッ、やられた!


う〜ん、エレイン(略称=エル)でいいのかな?間違ってたら修正するかもです(情報求ム)

あ、↑へのツッコミは無しで、スルーしてくださいw(書き終わったら思い浮かんじゃった)

ハイ、占言魔術せんごんまじゅつお察しのとおり造語です

なんかルーン文字調べてていい言葉ないかなーと思ったら浮かんじゃいました。モウハンセイシナイ

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