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理由その3 - 摂理

※あ、既に読んじゃった人はごめんなさい。結構ホラーなシーンがあります

 最初の話もそうだったかもしれないけど、このR15指定?とかいやいやそんなでもないよーとか区別難しいですねー。めんどいからなんかいわれるまでセーフってことで!


弓と音の国、アルスター国

森を抜け、国に着いた途端、例を見ない大地震に遭った。とは言ってもアルスター国の地盤はかなり安定している

震源地から離れているのか家屋倒壊も地割れも起きず、眩暈程度の被害で済んだので大したことはなかったのだけれど

あれから誰の襲撃も受けずに無事に国へ辿り着けた、そう思って安堵した時にこれだ

私とマグは気が滅入るのを堪えて、城下町で見た自国の被害状況を簡単に説明した


「むぅ……」


コンホ=D=ヴァル王には襲撃者の話もしてある、そのことで頭を痛めているのかもしれない

でも私が話をしても父王はどこか上の空で聞いていた、襲撃者の話よりも父王は地震のことを酷く気にかけているようだった

襲撃者のことで頭を痛めている。というのは私の願い、かもしれないわね。私は思わず小さく溜息を吐いて謁見の間に敷かれた赤く、豪華な絨毯に目を落とす

そんな私の様子を見ていたらしいフェル=C=リウィド王妃、私のお母さまが悲しそうな表情を見せる

慌てて笑顔を作って見せるが、お母さまの悲しそうな表情を変えることは出来なかった


「御苦労だった、部屋で休むがよい。……ノイシウ騎士団長!」


ノイシウと呼ばれた国最強の騎士が『ハッ!』という声と共に一歩、前へ出た


「そなたは数人の騎士を選定し、早急にフィル・ヴォルグ山への調査隊を編成するのだ」


騎士は『は?』と疑問の言葉を洩らす、騎士だけでなくその場にいる誰もが同じ顔をしていた

『聞こえなかったのか?』と父王が低く呟くと『いえ!了解しました!』と騎士は元気良く答え、早速連れて行く騎士を選び始める

お父さまは……私のことなど気にもかけていない


「調査を七日以内に終えて戻ってくるのだ。ウシュリウよ、被害対策は任せたぞ」


隣に立つ宰相に話しかけると父王は席を立った、そのまま呆然と立つ私の脇を無言ですり抜けていく

『地震による被害は少ないとはいえ、これでは家臣達の信用が無くなってしまいます!』

……その場にいる何人がその言葉を呑みこんだだろう、俯いている者もいれば王から目を逸らす者もいた

本当は私やお母さまがそのことを指摘しなければいけないはずだった。でも、お父さまは私の言葉を聞き入れてくれるだろうか?娘として父の安否を気遣う発言を無視されはしないだろうか?もし、何も言わずに無視されたら――――

聞けば私を愛しているか、それともそうでないのか、それがハッキリしてしまう

それが怖かった

きっとお母さまも同じ気持ちなのだろう


「ディア……」


声を掛けられて慌てて背を向けた


「大丈夫よ、お母さま」


下手な嘘、お母さまに嘘を吐いたのはこれで何度目だろう。気落ちした様子は声に表れなかっただろうか、どんなに上手く隠せても態度でわかっちゃうかな

こんな時、上手な嘘の吐き方を私は知らない


綺麗で優しくて、あぁそうでよかった……そんな嘘が好き


どんなに沢山の本を読み漁っても、道化師の真似事を試みようとも

同年代の友人がいない私には不器用な嘘しか知らなかった


「部屋で、休みます」

「そう……おやすみなさいディア」


心配そうなお母さまの声から逃げるように私は謁見の間から飛び出した

自分の部屋へ帰ると私はすぐに居間を抜けて寝室へ向かい、ベッドへ潜り込んだ。反対側へ身をよじるとベッドの脇にある分厚い本が目に入る。その本を取ろうと手を伸ばしてから……やめた


「馬鹿、こんなこと意味無いのにね」


自嘲気味に一人そう呟くと扉を叩く音が聴こえた


「ディア様、マグ=トゥ=レドです」


名を聞いて少し驚いた。マグが約束もせずに私の部屋へ来るのは初めてだったのだ。少なくとも私の記憶している限りでは……

私は彼にも心配を掛けてしまったのだろうかと思う、だとしたら本当に駄目な王女ね


「……どうぞ」


髪を整えながらリビングルームまで戻り、深呼吸して気を落ち着かせてから扉を開ける許可を出した。『失礼します』といって入室して来たマグはまだ鎧姿のままだった


「……?あらあら、淑女と会話をする姿じゃないわマグ」


笑顔で軽い冗談を言って、マグに気遣いを与えない余裕を見せる

居間にいいたメイドのレイが何も言わずともダージリンティーを二人分用意してくれた、私はレイにお礼を言って下がらせた。尤もそんな指示を出さずともレイは気を利かせてくれるのだけど


「そうですね、それも含めて『失礼』します。ディア様、私も調査隊員に選ばれました」

「え……」


冗談を言っているのかと思った、王族護衛騎士のマグ=T=レドが私から離れる?


「な、お父さまはなんて!?」


椅子から立ち上がり、取り乱した私がそう訊ねるとそれを見たマグが言い辛そうに目を逸らす。そんなマグの様子を見て、冷静になった私は少し落ち着いた声で謝罪し、次いで『言って』と促す


「……ただ一言、『加われ』と」


言葉を聞いた瞬間、足に力が入らなくなり、椅子に腰を下ろした

胸が締め付けられるように痛かった、マグがいなければきっと私はみっともなく泣き叫んでいただろう


「そう」


なんとか搾り出した声は掠れ、自分でも聞き取れないほどに元気が無かった


「ディア様、申し訳ありません。私はこんな時どんな言葉を掛けたら良いのか……」


辛そうな声を聞いて私は顔を上げる、心配はかけまいと決めたはずだったのに

マグに聴こえないくらい小さく呼吸を整えて、私は再び笑顔を見せた


「私の婚約者候補だからって自意識過剰ですよマグ?それとも七日間私と離れるのがそんなに寂しいの?」

「あ、いえそんな――――――――はい、そうですね」


あくまで自分に気を遣って欲しくない。私の態度からその気持ちを汲み取ってくれたのか、マグは言い直して私に笑顔を見せる

お父さまは本当に私のことが心配じゃないの?実の娘の命よりも大事な調査なの?

今日の襲撃事件、父王から『無事だったか?』その言葉が聞けるだけで私は満足だった、それなのに――――

襲撃者の話をしても護衛を増やしたり、心配したりする素振りを全く見せてくれない。王族の姓名を名乗ることすら許されず……これは良くいえば用心のためなのだが……けれど私にとっては親子の絆を絶たれた想いだった

どうすれば、お父さまは私を――――


「それではディア様、私はこれで」


そういってマグは立ち上がり、来た時よりも幾分晴れやかな顔で扉へ向かう。部屋を出て行こうとする護衛騎士の背中を見たとき、私はある考えを思いついた


「マグ、これから早速調査に行くのかしら?」


ドアへ向かうマグは足を止めると再び私に向き直る


「……?ええ、このまま食料の準備をしてから、町の入り口で集合する予定です」

「そう、呼び止めてごめんなさい」


『いえ』と言ってマグが退室するのを見届けると鈴を鳴らしてレイを呼び、出来るだけ早く七日分の食料を用意させた

寝室に戻ってクローゼットを開ける、その中には(町人から見れば)豪華な服ばかり

その中の隅にまるで他の服の邪魔にならないように配置された、暗い色の服が並んでいた、中には教会の修道衣もある

所謂いわゆるお忍び用の服だ、主に城下町やそれ以外の外出時に着ている

ヴァン達と出会った時の服もここから取り出したのだ、今はもう洗濯に出されているが

私は首元から脛まで完全に隠れる大きめの白い長袖服と、蒼の長い胴着を着込み、扉付近に掛けられた灰色の外套を手に取る

これから野宿することも考えると、着替えはメイドの手を借りずに一人の手でできるものを選ばなければならなかった。鏡の前で服を引っ張ったりして確認する

別に服のコーディネートに気を遣ったのではなく(やっぱりそれもあるけど)丈夫な服であるかの強度の確認だ。外出用の服はほとんどが丈夫に作られているけど、念のためにもう一度確認した


「準備はこれでよし、あとは」


寝室の壁にずらりと掛けられた十数本の短刀や小刀を見る


「フッ……我が事ながら、いつ見ても王女の部屋とは思えませんね。マグがこの部屋をみたら卒倒モノです」


替えの着替えや下着を持って行こうとも思ったが、他の者達の足手纏いにはなりたくなかったし変に気もまわして欲しくないとも思った

軽くて扱いやすい小剣と数本のダガーとナイフを放り投げ、最後にスティレットを取ろうとしてふと手を止めた

……この剣は止め専用に造られた武器だ


「………」


私にも、ヒトの命を殺める時がくるのでしょうか?

無論スティレットで自分を護ってはならない、などという決まり事などない。むしろ女性でも扱える武器で、己を護る道具としてはちょうどよい武器だ

迷うことはない

この剣で誰かを殺す時が来たとしても、それはきっと仕方の無い状況だ

そう自分を納得させて手を伸ばし、剣を握った時――――

彼の顔が浮かんだ

………

ただの一人も殺めず、どんな人間であれ最期は平等に

あんな風になれたら………

私は握ったスティレットから手を離し、鞘付きのマインゴーシュとミセリコルディアを一本ずつ腰に下げて、他の何本かは荷物の中に入れた

外套の中に一冊だけ大きな本を入れた。本を入れると同時に遠慮がちなノックの音が部屋に響いた


「どうぞ」

「失礼します。お嬢様、食料の準備が整いました」


先ほど準備を頼まれたレイはそういうと、丈夫な皮袋に入れた食料を両手で差し出したまま御辞儀する。私が暫く旅に出ることを承知してここまでしてくれたのだろう


「そう、ありがとうそこに置いて」

「はい、お嬢様。その、お気をつけて」


レイは袋を床に置くと心配そうな顔でそういい、一礼をして部屋から出て行く。彼女を見届けてから外套を羽織り、袋を背負って部屋を出た

城を出てすぐに馬を引っ張り出し、町の入り口へ向かった。……と言っても私は馬を走らせることが出来ないので、ただ乗っかって歩かせただけなのだけど

入り口には既に二人の騎士が待機していた、どうやらマグを待っているらしい。二人の騎士は下馬してから私に敬礼した、程無くして馬に乗った騎士がやってきた、マグだ


「ディア様!?見送りに――――来たわけではなさそうですね」


私の馬に下げられた荷物を見て、マグは下馬しながら呆れたように声を出す


「ええ、私も同行するわマグ」

「危険は無いとは思いますが、ディア様が来る理由はありませんよ」


マグは少し突き放した言い方をしてくるが私のことを心配してくれているのだろう、そんな顔をしていた


「あら、貴方は私の護衛騎士でしょう?何処にいても私を護るというあの誓いは偽り?」

「なっ、真実です!騎士の誓いはこの身滅びようとも守――――」

「で・し・た・ら、その信念を貫くために私も同行しなければなりませんね?貴方が護ってくれるならそれで何も問題はありません」


それだけ言い切るとマグは呆然とした顔を見せた。すぐに何か反論しようと考える素振りを見せていたが、私はその機会を与える前に出発した


「さぁ、行きましょう!目指すはフィル・ヴォルグ山です!」


私が指差すと三騎士の溜息が同時に吐き出された。しばらく後でわかったことだけど方向、違うみたい





「けふぇっけふぇっけふぇ、アタシ置いて二人ででかけるなんて十年早いってのよ。このまま放っといたらヴァン×フォードとかおじいさ

ん×フォードとかになっちゃうだろが、ふひひ……させねー…………させねーよぉぉ。うひゃうひゃひゃひゃ」

怪しげな寝言を呟く薬師の娘を、湖に着いたあとも起こそうか真剣に迷う


「……この子バラル様と一緒にいた二人の知り合いなんだっけ?」


馬車の向かいに座る同僚の女剣士が話しかけてきた


「あぁ、そう聞いてるけど」


素っ気無く俺は答える、本当は嬉しくて小躍りしたいほどだった

何故なら向かいにいるのは俺の想い人、モリガンその人だったからだ


「薬師……なのよね?とてもそうは見えないけど」

「だな」


おいおいこれはどうしたことだ、俺の他に座ってる同僚の二人もいるというのに俺ばっかり話しかけてるぜぇ?って一人運転だ。もう一人寝てたよ、だからこの揺れでよく寝れるなお前ら


「フォーレ様が推挙された薬師だ。相当腕が良いに違いない」


平原を走るとはいえ、揺れの激しい馬車の中で器用に眠りこける薬師を見て答える。あの騒ぎの中、的確に判断を下す聖騎士を見て流石と思った。予想以上に早く国民の避難が済み、王宮内にいる全員が冷静さを取り戻した頃にこの薬師がフォーレ様に相談しに来たのだ。どちらにしろ後方支援として援軍を送り出すつもりだったのか、フォーレ様は迷い無く(少なくとも俺にはそう見えた)指示を出し、後発隊として俺達を編成したのだ

薬師をみて思う

この子は好きな男のためにこんな無茶をするんだろうか?

俺もこんな風に――――


「……じっと見てるけどこの子のこと気に入ったの?」

「な、なにいってんだよ」


そんなわけないだろ、目の前にモリガンがいるのに……とは言えない俺


「ふ〜ん……あ、着いたみたいよ。ほら起きて薬師さん」

「んん?朝?」

「朝じゃないし都でもないけど馬車で寝るよりはきっとマシよ」

「あ……キレーイ」


タラの都、アルスター国、トゥアタ国のちょうど中間にあるエルタレイク

両国の境ともいえるこの湖には言い伝えがある

穢れを知らぬ女は愛の言葉を交わすと意中の男を振り向かせる

唯一人を想う男はその者と湖の水を飲めば本心が聞けるだろう

俺は呪い(まじない)には興味ない。ただ両国の恋人たちが来る癒しの場所に、彼女とこれたのは幸運だったぐらいには思っておこう

……うん

興味ない興味ない

後発隊隊長カルブレは湖と想い人を眺めながらそわそわしていた





エルタレイクは獣も出ない穏やかな安全区域だ。またよほどのことがない限り、ここで戦闘を行うことは禁止されている

『湖を穢す者に災いあらん』というダヴェドの魔術士が遺した言葉があるほどだった。だから湖の水もマナが満ちていて、そのままで飲めるほど澄んでいる。おかしな言い伝えはあるけど


「モリガンさん」

「んー?」


湖の水を飲んですぐに薬師のエレインが真剣な表情で話しかけてきた


「さっき話してた人恋人?」

「ぶっ!げほっけほっ」

「大丈夫?」

「いきなり、なに言うの」


頬が紅潮するのを自覚する。それは急に水を吸い込みせたせいだけではないだろう


「図星かぁ、ねねちょっと聞いてもいい?」

「なな、なによ」


本当は違うけどこの子の押しの強さに言い返せない。私もそういう話に興味は……ある。薬師も剣士も女の子はみんな一緒だ。とはいえ自分が話の中心になるのは初めての経験だった


「どうやって恋人になったの?やっぱり無理矢理押し倒したとか」

「私を何だと思ってるの!……別に恋人じゃないわよ、ただそうなったらいいなとは思うけど」


女同士だからか、他人にあの人への想いを打ち明けるのは初めてだった。きっとこの子も好奇心だけじゃなく、想い人がいるからこそ私の話を聞こうとしたんだろう


「あの人は……カルブレは私のことどう思ってるんでしょうね」


焚き火の準備をしている私の想い人をみつける


「同僚とか友だちとか仲間とか言い方はたくさんあるけどどれも一緒、特別になりたいと思うのは贅沢なのかしら」


自嘲気味に不満と願望とため息を洩らす。いつも一緒にいられる分、破局を迎えるのが怖い


「勇気が必要だよね、断られた後のことに立ち向かう勇気が」

「そうね」


いっそこの湖の言い伝えに頼ろうかとも思ったけど、頼れば頼ったで気持ちがバレバレだし。彼女の参考にはならなくて申し訳ないけどこれでこの話は締めることにした


「ままならないものねぇ。ま、気長に攻めてくわ――――って聞けよぉ!」


エレインは薬師の習性か、いつの間にか一緒に飲んでた湖を離れて森の奥へ進んでいた


「はぁ、あの調子で男も攻めりゃいいものを」





俺達はタラの都の途中にあるエルタレイクに寄って馬を休ませ、湖の水を水袋に入れて休息をとっていた

水袋は馬屋に備えられていた道具袋の中にあった、考えてみれば俺は何の用意もしていなかったことに気付いたのだ。だがバラルという老騎士はそうでもないようだった。十分な金は用意してあるようだったし、食料も干し肉を僅かだが用意していた。きっとタラの都までの分のみだろう

老騎士は自分の分の干し肉を俺達に放り投げて寄越す、俺達が何の用意もしてこないこともわかっていたのだろう。ヴァンは『どうも』といって早速齧りついた、俺はというと己の迂闊さに腹が立って食が進まず、干し肉を握り締める


「あと少しでタラの都だな、フォード」

「そうだな、調査に時間がかかるかも知れない、町で準備を整えよう」


返事をしてもう同じ失敗は犯すまいと固く心に誓い、俺は味気ない干し肉を食べる。強く握り締めた干し肉は僅かに食べやすくなっていた

この老騎士はいつの間にこんな用意をしていたのだろう。俺は油断無く黙々と干し肉を食べる老騎士の眼を見た、薄い朱色の瞳には干し肉だけが映っている

この男の考えを読むのは容易でない、そう思った俺はそのことについて考えるのをやめた

水を流し込んでから噛み千切った肉をよく噛んで飲み込む。味が薄くなるが、こうしないと肉の厚さによっては歯が折れることもあるのだ

干し肉に飽きて辺りを見回した、森に囲まれたこの美しい湖には言い伝えがある

トゥアタ国の前王妃が前国王から求婚を受け、この場で現国王の名を決められたという伝説の湖らしい

何故それが『伝説』となっているのかはわからないが、ここを訪れる者にとってそれはどうでもよいことだった。以来、ここは恋人達の憩いの場所とされていた、今は地震のせいか誰の姿も見られないが……

同様にフィル・ヴォルグにも一つの『伝説』があった。曰くフィル・ヴォルグ山には悪魔が封じ込められているらしい

……他愛無い御伽噺おとぎばなしだ、恐らく平和ボケした町民の誰かが考え出した方便や創作話の類だろう

この任務に駆りだされるまではそう思っていた


「フィル・ヴォルグ山、か……まるで人の名前だな――――」


俺は呟くと任務を命じた義父の様子を思い浮かべる。義父が意味も無くこんな任務を命じる筈が無い

ならば悪魔でなくともフィル・ヴォルグ山には無視できない危険な何かが必ず存在する

伝説とは時代と共に事実が歪み、語り継がれてゆくもの……しかし義父は確信を以って、俺達を派遣したのだ

義父はフィル・ヴォルグの御伽噺の真相を知っている。そして恐らく、この老騎士も――――

俺は馬を背にして死角を消し、僅かな隙も見せないバラルを見た


「二人とも、出発するぞ」


一時間程休憩してから干し肉を食べ終えたバラルが、馬に乗り込んで言った


「あ、はい!」


俺とヴァンも残った干し肉を咥えて馬に乗り込もうとした。その時、草むらがザワついた

盗賊かもしれない、そう考えるよりも先に剣を抜いた。三人がほぼ同時に剣を抜く音を立てる


「そこにいるのは誰だ?出て来い!」


ヴァンが茂みに向かって怒鳴ると、中から飛び出してきたのは馬に乗ったエレインだった


「エッヘヘ〜、来ちゃった」

「「エレイン!?」」


俺とヴァンが同時に叫ぶとエレインは馬から飛び降りて悪戯が見つかった子どものように小さく舌を出す


「どうやってきたんだ!?いや、そもそもなんで来たんだよ!?」

「怒鳴らないでよぅ、ちゃーんとフォーレ様の許可を貰ってるんだから!」

「義父さんの?」

「うん、薬草と食料でしょ、あとお金もこーんなに」


そう言ってエレインは金貨の入った巾着を取り出す、どうやら許可を得たというのは本当のようだ。エレインの話によるとトゥアタ国に津波の危険は無いということがわかり、義父が気を利かせて食料を送ってくれたらしい


「エレイン、お前一人で来たのか?」


さすがにそんなわけはないが一応訊いておく

ただの配達とはいえ、もしエレイン一人で来たのならば引き返すことも考えなければならない


「ううん、あっちに護衛について来てくれた人達がいるよ」


エレインは自分がやってきた茂みの向こうを指差して答える。それを見たバラルがエレインに近づいて、俺達を急かすように茂みに向かい始めた


「二人とも、合流するぞ。娘よ、儂等を案内してくれぬか」


エレインが笑顔を浮かべて頷こうとした時――――

――――!

男の声が俺達がいる空間を支配した。聴いたことのある叫び声だった

それは男の声が、ではない

明確な違いはハッキリと言い切れないが……言うなれば声の出し方や声調が、だ

そう、俺が今までに斬ったことのある盗賊たちも同じような『声』を出していた


これは……断末魔の叫びだ!


――――!

また声が聴こえた、今度は女の声のようだった


「くっ!」


悲痛な声に耐え切れないようにヴァンが突然駆け出した


「「ヴァン!」」


俺とエレインの声が重なった、ヴァンの後に続くように俺達三人も襲撃に警戒しながら声の元を辿る。十分ほどかけて俺達はヴァンに追いつき、声の元……だった筈のモノに辿り着いた。エレインの護衛たちが休息を取っていたらしいその広場には池が出来ていた

鼻を突く強烈な鉄の臭い

惨たらしい傷痕を残してゴミのように散乱した戦士たちの臓物と目を背けたくなる大量の赤黒い水。見ているだけで眼が赤く濁りそうな気がした

究めつけはその中で響く、何年ぶりかの食事のように遠慮を知らない咀嚼音そしゃくおんだった

まるでこれが現実だ、自然の摂理なのだ、と――――聴く者にそう咀嚼させるような響きを俺達は声を忘れて聴いている

全部で三人分の『食べる音』が広場の中心、向こうの木蔭、道の茂みに響いていた

理解したくない――――と、思った

視覚、嗅覚、聴覚でその地獄を声を上げずに見れたのは幸運だったのかもしれない

エレインは涙目になりながらもしっかりと眼を見開き、震えながら必死で口を覆って声と吐き気を堪えているようだった

普通の人はこれが当然なのだろう

きっと少しでも声を上げれば気づかれる。目を逸らせば死ぬ。閉じれば地獄が浮かび上がる

そんな奇妙なルールと恐怖が出来上がってるに違いない。だが、その通りだった。俺もこの光景から眼を逸らす自信がない


人が人を喰っている……


ヴァンは呆然と立ち尽くしていた、後姿で表情は見えなかったがその両拳は怒りで震えているのはわかった

俺も同じ気持ちだった、名も知らぬ戦士たちとはいえ、彼らの死はあまりにも……不条理だ!

そんな中でバラルは一人、冷静だった。既に奇襲態勢。駆けつける前に抜いていた剣を、光を反射しないように背後に構え、白刃を足で隠している

眼を開けたまま息絶えた女剣士の腹に人のようなモノが顔を埋めている。ぽっかりと空いた昏い腹から咀嚼音が響くたびに死体が揺れた

その様はどんなに考えても非現実的で、悪い夢なんじゃないかと目の前の光景を疑いたくなる


「や、め……くれ」


その時手前から男の声が聞こえた、樹に凭れ掛かってやっと聴こえるほどの呻き声を上げている。護衛隊は全部で四人いたらしい

女剣士の恋人だろうか、震える手を力無く伸ばして人らしきモノに訴えかける

『モノ』はその声に気付き、食べるのを中断するとその男にゆっくりと……二本の足で近づいてきた。その様子はどうみても人のそれである

顔を埋めていてよく見えなかった『モノ』の顔が見えた

褐色の肌をした『モノ』は伝説に語られる妖精のように美しい顔をしていて、先がほんの少し尖った小さな耳に、鼻の下を隠すように伸びた鼻、しっかりと楕円形に開いた瞳が瞬き一つせず瀕死の男を見据えている

唇がまるで裂けているように赤く染まっていることと、鋭い爪が伸びているのを除けば『モノ』は完全に人型だ。その姿を視認して思った、護衛隊はきっと奇襲を受けたのだろう


「くっ!」

「ヴァン、早まるでない」


バラルが声を抑えて飛び出そうとするヴァンを止める


「そんな、黙って見てろってのかっ」


ヴァンは剣に手を当てながら、今にも飛び出していきそうな様子で老騎士に食い下がる。バラルはそれを答えるのが辛そうにただ小さく呟いた


「……命令じゃ」


俺とヴァンはピクッとその言葉に反応する、義父は『バラルの命令に逆らうな』そう言ったのだ


「そんな、そんなの……!」


拳から血を流し、剣を抜いてヴァンは叫んだ


「そんなの……間違ってる!」


叫ぶと同時にヴァンは瀕死の男を襲おうとしていた『モノ』の前へ立ちはだかると剣を突きつけた












う〜んやっぱり英語使っちゃいます(チキショー)

でもキャラのセリフでは意地でも使わないぞー

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