理由その2 - 任務
ヴァンがエレインの肘打ちを食らって悶絶してる頃。私達は襲撃者を警戒しつつ、急いで森を抜けることにした……といってもマグは私を護衛しなきゃいけないから二人とも早足で歩く程度だったけれど
「先ほどの襲撃者達は一体何者だったのでしょう、只の盗賊とは思えません。どう思いますか?マグレド」
「ふむ、まず賊ではないでしょう。彼らは剣を突きつけてきましたが何も要求はしてこなかった、恐らくは隣国の刺客かと……」
前を歩く騎士は振り返らずに返事をした、それは私と同じ結論だった
ディア=D=リウ……私の名前だ
同時にアルスター王女としての重い意味と責を持つ名でもある。アルスター国はどの国とも敵対はしていないはず、もし先ほどの襲撃者達が私を狙った刺客だとしたら?
……何かが始まろうとしている
否、もう既に動き出しているのかもしれない。なのに私はどうすることもできない、そんな厭な無力感に駆られた
無意識のうちに目を閉じて手を胸元のロザリオへやっていた、不安になるといつもする私のクセだ
「それにしても」
話題を変えるようにマグが立ち止まり、私の背後を遠見する
「どうしたのですか」
と、私が問うとマグはそのままの姿勢で答えた
「いえ、敵を殺さず、且つ敵の死を悼み墓まで造ってやるとは……感心な若者だと思いまして」
悲しそうに剣を突きつける少年の姿が思い浮かんだ
「あ……ヴァン様のことですね」
『ええ』そう返事をするとマグは再び歩き出す
「惜しいですね、我がアルスター王国騎士団に三人は欲しい逸材です」
……
マグはヴァン様の身なりを見た上で『惜しい』というのだろう
アルスター王国騎士団はアルスターに住む貴族と、武芸に長じたごく一部の者にしか入団することが出来ない。そのごく一部の者でさえ、コンホ=D=ヴァル王……つまり私の父に忠誠を尽くし、生涯アルスターに身を置く者でなければならない
弱小国の騎士団にはどんな些細な裏切りがあっても、手痛い打撃となる。ましてや先ほどのような襲撃事件があっては、もはやこの条件が改案される見込みは万に一つもなくなってしまうだろう。そんな規約を理解していても私はそのことに何も言うことができなかった
「貴方が他の誰かをそこまで褒めるの、初めて見ました」
「ただの独り言ですよ。さぁもうすぐ森を抜けます」
顔を上げるとマグが言うとおり、森が開けてアルスター国へと続く道が見えた。私達が森を抜けたのを狙ったように一陣の風が吹いた。私の長い髪が靡いて、先ほどの陰鬱な気分が嘘のように晴れ渡るのを感じる
マナが闇を吹き飛ばした。同時に悪戯な森の妖精が問いかける『期待と羨望、弾む想い?』
私は聞こえないフリをして歩き出す
「うん……またお会いしたいものですね。さぁ帰りましょう、私達の国へ」
返事を待たずに紅潮した頬を見られないようマグの前を歩いた
◆
「今日はここまで、各自鍛錬を怠ることのないように!以上、解散!」
王国の指導官が解散宣言をすると、訓練生の多くが気を緩めて帰る準備を始める。だが俺を含めた何人かの訓練生は気を緩めることはない、黙々と自分達の荷物を纏めていく。気を緩めるのは城を出て家に入った後だ、訓練を何十とこなすうちにいつの間にかそれがクセになっていた
他の何人かの訓練生も同じ気持ちなのだろう、その訓練生達は俺と闘った。所謂『上級者』たちだ。手拭いや予備の着替え、一度も使ったことが無い治療道具を入れた皮の手提げ袋を背負って城を後にする
「結局、戻ってこなかったな」
そんなに落ち込んでしまったのだろうか、訓練の途中で抜け出した義弟を想う
俺には敗北者の気持ちなどわからない、ましてや勝てる勝負を捨てた者の考えなど想像もつかなかった
別に理解しようとは思わない、ただヴァンの行動に興味はあった。だからヴァンが何を考えているのかを考えようとした、その時少し離れた場所から男の声が聞こえてその考えを打ち切る
「あっ、兄ちゃん危ねぇぞ!」
「知ってる」
俺が答えるのを合図に、頭上にグラついていた店の看板が落ちてきた。木の看板が外れた音と看板と地面までの距離で、看板と接触する瞬間は見上げずとも掴めた
腰に下げた剣を抜き、落ちてきた看板を両断する……両脇に看板だった木屑が音を立てて落ちた
躱すこともできたがこれができるか試してみたかった、ただの戯れだ。剣を収めて歩みを止めることなくその場を立ち去る
「す、すげぇ」
感嘆する男の脇を俺は無言ですり抜ける。多くの人はそういうが、俺にとってコレは気を紛らわすために始めたようなモノだった。最初はただの戯れ、義父の立派な聖騎士とやらに興味があったわけじゃない
幼い頃から義父に剣術の指南を受けて、それをこなしていくうちに剣術自体に娯楽は感じられなくなっていった。なのに今も続けているのは世の賞讃が心地良かったから、敢えて理由を挙げるのならそんなところだな。このままいけば俺は義父を超える聖騎士となるだろう、それは自他共に認める約束された将来だった
ヴァンも強い。勝ち続けていれば……否、今からでも俺と同じ将来を歩むことができるはずだ。なのにあいつは勝とうとしない、何故なんだろう?
いっそその理由を問い質そうと思ったがやめた。ここで答えが出てこない以上、本人に聞いても納得のいかない答えを聞かされるだけだろう、そう思ったからだ
「すげぇけど兄ちゃんウチの看板、弁償してくれな」
「……え?」
…………
……
いや、確かに悪かったよ?イキナリ看板真っ二つにしたのは悪かったよホント
でもさぁ落ちてくる看板が悪ぃんだし?グラついてる看板管理してた側にも責任が――――ってあぁぁぁ!ちょちょちょ、親に連絡だけは勘弁してくださいホント、ウチの親ちょっとエライ人なんで困るんですよ!
うっ、はい……ホントは避けることもできました、やってみたかっただけなんです
はい……はい……ホントすみませんでした
そうして俺はまた世の真理を知ることとなる
金は口ほどにモノをいう
…………
……
まぁ……そんな具合で看板代の交しょ……いや、謝罪を終えた頃、街を歩く知人二人を見つける
「悪かったよエレイン〜機嫌直してくれよ。……って、どうして怒ってるの?」
「何のこと?別に怒ってなんてないよ!私」
丁度考えを纏めた時、向こうからヴァンとエレインがやってきた。相も変わらず仲の良い二人だ、俺は二人の様子に内心苦笑しながら声を掛ける
「あ、フォード。訓練終わったの?」
落ち込んだ様子を全く見せない声でヴァンが訊ねてきた。本当に考えの読めんヤツだ
「あぁ、お前はどこへ行ってたんだ?」
「ん、ちょっとエレインと薬草摘みにね」
ヴァンがそう答えるとエレインは何か文句を言いたそうな顔でヴァンを睨みつけていた
「何が原因かは知らないが、ちゃんと詫びておけよ?ところでその武器はなんだ?」
腰に下げている剣以外に、大量の武器を背負っているのを目にし、不審に思って訊ねる
「あぁ、これは……拾ったんだよ、森で」
…………
……
明らかに嘘だ、もっとマシな嘘をつけと注意してやろうかと思ったが何か理由があるのだろう。それに嘘をついている、というよりも何か説明を端折ったような様子だった
単に説明するのが面倒なことでもあったのだろう
「……まぁいい、それでその武器どうするつもりなんだ?」
「あぁ、これから質屋か武器屋にいって換金してこようかなって思ってる。フォードもくる?」
俺は小さくかぶりを振って断った。疲れはそれほど無かったが自分が同行することに意義はないだろう。それに――――
「やめておく、二人の邪魔をするほど俺は無粋じゃない」
「ちょ、ちょっとフォード!?」
エレインが慌てた様子で俺のセリフを遮ろうとするが遅い。大体怒りながらも自分の家とは正反対の方へ歩いてるのは不自然だろうに
彼女の家は俺が向かう先、つまり俺とヴァンの家の隣だ。だから結局はこのままヴァンの換金に付き合ってやるつもりなんだろう
「じゃあな、先に帰っているぞヴァン」
俺は振り返らずに手を振って、真っ赤な顔をした幼馴染と疑問符を頭上に浮かべる義弟から別れた
◆
「結構お金になってよかったね」
森で拾った(これは追い剥ぎから奪ったらしい)武器を全て換金し終えて、満足そうな顔をした幼馴染にそう話し掛けた
「そうだな、でこれからどうするんだ?飯屋にでも行くの?」
私の機嫌は一緒に夕御飯を食べるということで解決した。元々泡銭のようなものだったからヴァンもそれに異論はなく、交渉が成立したのだ
賛成したいところだったけど、哀しいかな庶民の貧乏性がそれを邪魔する
「ううん、夕飯の材料を買って私の家で食べよ」
元々本気で怒ったりなんてしてない。少し、ほんのちょっとだけ拗ねて見せただけだ。それなのに外食まで奢ってもらうのは悪い気がした、貴族な淑女ならきっと迷いもなく受けるんだろうな……
森で知り合った綺麗な女の人を思い出してそんなことを思った
「なんだよ、それじゃ僕はなにすればいいんだ?」
「別に、私の手料理を一緒に食べればいいじゃない」
「おいおい、それじゃ僕はなんのお詫びもしてないじゃないか。それに隣なんだからみんなで食べればいいだろ?」
私は小さく溜息を吐いて肩を落とす
……鈍感なんだから
女の子が手料理を披露したいって気持ちがわか――――る、はずもない、か?それでも一緒に食事しましょうって誘ってるのにこれだもん
まぁ家にはお母さんがいるから二人きり、というわけにはいかないけど……はっ!そうだった、お母さんいるんだよ
どうしよう、ヴァンのとこにはフォードがいるし。やっぱり奢ってもらおうかな?そんな考えが頭をよぎるがやっぱりダメだ、と振り払う
「うぅ〜〜〜、いいのっ!いいからウチに来て御飯食べてってよ!」
「はいはい、わかったよ。それじゃ早速買出しに――――」
話してる途中ゴゴゴゴ、とまるで何かが迫ってくるような大きな音が響いた
音が大きくなってくるにつれて眩暈を起こしたような揺れを感じて、次第にそれが大きくなっていく。地震だ!
かなり大きな地震だった、平坦な道にいたはずなのにまるで支えのない梯子の上に立っているように大地が急に不安定になる。気づいたら町全体が揺れていた
その時、地震に驚いた馬が暴走して私に向かってきたのを見たヴァンが叫んだ
「エレイン!」
声を聞いた瞬間、急に目の前が真っ暗になる。なんだか顔が温かい。最初に感じたのはそれだけですぐに自分が抱き締められてることに気付いた
ヴァンは私を押し倒して(それも町中で!)片手で私の頭を抱え、自分の胸に押さえつけるような形で私を護ってくれてた
私を護ってくれた、きっとヴァンにとっては当然のことなんだろうけど男の子に護られるのはすごく嬉しい
そんな場合じゃないっていうのに私はヴァンに抱き締められてる間、幸せな気分でいられた
……どのくらい時間が経ったのだろう、地震が収まってまだそれほど時間は経っていないはずだった
「大丈夫か、エレイン」
幼馴染の心配そうな声で幸せな夢から現実に引き戻される
「う、うん、すごかったね」
ヴァンは私の頭を抱えたまま立ち上がらせてくれる。怪我が無いかを確認すると、目の前の幼馴染は私の肩に置いた手を離してやっと安堵した。ここまで気にしてくれるとそれはそれで照れくさいけど、それ以上に私の心は嬉しい気持ちでいっぱいだった
「ああ、王城への避難勧告とか出てないかな」
「そっか、あれだけの地震だもんね」
周囲の家屋が倒壊、なんて被害はないみたいだけど、露店の商品や近くの家中の物が転がっているのをみかけた
今まであんなに大きな地震に遭ったことないから、今までに出されたことの無い避難通知があったかもしれない
「一旦、城へ向かおう。なにか情報があるかもしれない」
埃を払いながら頷き、もう城へ向かって走り出したヴァンを追う
追いかける途中、振り返って先ほど一緒になって倒れた場所を見た
……ちょっと残念だな
◆
――――トゥアタ城
王宮内は騒然たる有様だった、それは玉座の間であっても同じで、まるで僕たち一般人のことなど眼中に無いようだった
試しに通りがかった人を呼び止めようとしたら『忙しい、邪魔だ』と怒鳴られた。この混乱に乗じて他国に攻め入られでもしたら終わりだな
王や国の重臣達は上から下へ、下から上へと情報の伝達に忙しく、とても対応にまで手が回っていない様子だ。僕は途中で合流したフォードに誰に聞くか意見を求めた、フォードも僕と同じことを考えてここまで来たらしい
『そうだな』とフォードが答える前に部屋に怒号が響いた
「静まれぃ!!!」
王を含む部屋中の者達が瞬間、身を硬くして動きを止める。声の主は数秒間の静寂を確認するように、部屋にいる者全員をゆっくりと見回すとやがて口を開いた
「ダナン!部下を率いて港へ赴き漁師達から津波の情報を集めその真偽を報告せよ、噂が真ならば規模を聞きだしたのち、港にいる民を城へ誘導するのだ。ダグダ!王宮内に国民全てを収容できるだけの部屋を確保し、各部屋に兵士を配置後食料の管理を頼む。キアン!バラル!!お前たちは私と共に部下全員で国民全てを中央広場へ集結させるぞ!残りの者は王宮内の警護、及び国民の誘導だ!急げ!!!」
『了解!』指示を受けたそれぞれのナイト達はそう叫ぶと、指示を出した男と共に往く者を除き、次々と部屋を飛び出していく
テキパキと的確で無駄の見られない指示を王国騎士の部下たちに出していく
「どうやら津波が起こるかどうかはまだわからないらしいな」
それでも『万一』を想定した避難勧告を出していく男の姿は、そこにいる誰よりも……そう、国王よりも立派に見えた
男の名はフォーレ=R=アルフレルド
この国の聖騎士であり、英雄であり、僕とフォードの義父であった。玉座の間から出て行こうとするところを『義父さん』と僕が声を掛けると、義父さんは僕らに気付き顔を向ける。そして突然何かを思い出したような顔をして、少し逡巡した後、事態に追い立てられるように焦った声で捲し立ててきた
「ヴァン、フォード、お前たち二人はタラの都へ行け、タラの丘からフィル・ヴォルグ山の様子を見てくるのだ……いや、待て」
義父さんは最後に迷った様子を見せて、僕とフォードの二人を交互に見てから再び口を開いた
「バラル、ついていってやれ。それとお前の部下を借りるぞ、二人ともバラルの命令に逆らわぬよう慎重に行動しろ。行くぞキアン!」
突然与えられた任務の理由を訊ねる間もなく、今年四十九を迎える筈の聖騎士は白銀の鎧を鳴らし、白い外套を靡かせて他の騎士たち同様、町へ飛び出していった。一方的に任務を与えられた僕とフォードは、反論することもできずにその後ろ姿を見送る
僕はこれが意味の無い任務だなんて露ほども考えてはいない。義父さんのことだ、何か重要な理由があるはずだと考えている。きっとフォードも同じ気持ちのはずだ
国民を退避させるのに、正規の騎士団員じゃない僕らを使うのは無駄に危機感を煽り混乱を起こす可能性があるのはわかる。だから僕らには別の大事な用事を任せたんだろう。けれどあまりにも突飛で意表を突かれた意味不明の命令、いつも冷静な義父から突然こんな依頼を受けたことはなかった
僕がどうすればいいのか迷っていると、バラルと呼ばれた白髪白髭の老騎士が僕とフォードを置いてさっさと出て行ってしまった
「とにかく行くぞ、悩んでる時間すら無いのかも知れんのだ」
フォードもそれだけいうと部屋を出て行く、僕も後を追おうとしてエレインに手を掴まれた
「っ、ヴァン!私も連れてって」
痛いくらいに僕の手を強く握って、真っ直ぐ僕の目を見てモノを言う幼馴染
こんなときのエレインはいつも真剣で、冗談なんて言ったこともなかった。だからこそ僕はそれを肯定することができない
「駄目だ、エレインはお母さんと合流してからまたここに避難すること、きっとエレインのこと心配して捜してるよ?」
僕が正論をいうとエレインは『うっ』と呻いて口を噤む
「……わかった」
エレインの哀しそうな顔を見て、思わず連れて行ってやりたくなるくらい胸がチクッと痛んだ。でもこれでエレインは約束を破らない、たとえ今僕が『やっぱり一緒に行こう』って言い出したとしても
「すぐに戻るよ、じゃあな!」
言いながらエレインに手を振り、僕もフォードの後を追った。途中兵舎に寄って武器を拝借、フォードの得意な長剣を数本、自分の分も含めて剣を握る
…………
「これは街の外に行くための必要な準備だ」
誰も聞いてない、けれど口にせずにはいられない
剣を持つ理由が欲しい僕は、手に取るたびに“言い訳”する
別に呪い(まじない)とかじゃなくて長年続けてきたクセのようなものだ。フォードは城門前で馬に乗り、僕の分の馬も用意してくれていた。僕もフォードも義父さんの力で昔乗馬遊びをしてきたから、今では王国騎馬兵並に乗り回すことが出来る。ちなみにエレインも乗ることが出来る。というか僕らよりも馬の扱いが巧かった
「たぁ!」
掛け声と共に僕はフォードが用意してくれた馬に飛び乗った、馬はその衝撃に驚いて啼き叫ぶと二本足で立ち上がり前方へ一気に走り出す
フォードは僕が飛び乗る前に既に走り出していた、僕はその横に並んでトゥアタ国を駆ける
町の出口付近に義父さんの白馬が見えた、町から出た者がいないかを門番に確認していたようだ。義父さんが僕らに気付いた
「頼んだぞ!」
僕らがその脇を高速で駆け抜けると義父さんが叫ぶ
僕はそれに親指を立てて答え、フォードは振り返らず腰に下げた剣を軽く持ち上げる
トゥアタ国を出るとメル平原が広がり、僕らから少し離れたところに馬が平原を駆けていた。バラルという老騎士だろう
「追いつくぞ、ヴァン!」
「よし!」
ピシィ!
僕たちは同時に鞭を入れ、喜びと名づけられた平原に蹄の音が響き渡った
ちょっと固すぎかなー?と思って王道なら間違いなくクールなキャラをイジってみましたw
ごめんね〜フォードさん