8-23マンホール少女ワタシ
時は現代。そう、いわゆるネット社会。
技術は進み、不老不死を謳い、生きている人間をネットワークの中に生きさせる技術を発明した。
もちろん中には反対して生きている人間もいるが、ほとんどのものがネットワークの中へ逃げ込んだ。
ーー死ぬのは怖くないーー
ケータイを見る。
8月23日だ。
何年たったんだろう。
いまの生活になってから……
時計を見る。いまは11時。
今日も寝すぎた。暑すぎて起きたって言うのもある。
となりでネコ太郎がにゃーと鳴く。
そろそろいくか。
わたしの現実世界へ。
この世界はいま、ワタシ一人とネコ太郎がしかいない。
なぜって?
みんなは、死ぬのが嫌だから
ネットの世界に逝ったの。
なぜ?
ネットの世界にいけばなんでもできる。
調べたいことも一発でわかるし、
モンスターだって狩り放題。
そしてデータが残ってるからバックアップ機能をつかえばまた生き返られる。
ゲームのRPGといっしょだね。
なぜわたしは残ってるのかって?
……なぜなぜうるさい。
とりあえず、今日も仕事に出掛けてくる。
ボロボロになった上着を着て、外に出よう。
マンホールをあけると、いつも眩しいから嫌だ。
サングラスがあればいいんだけど、もってくるのわすれちゃったな。
また、ネコ太郎がにゃーと鳴く。
わかった、わかったから。
さて、行こうか。外の世界へ。
マンホールのふたをあける。
錆びたマンホールの蓋は重く、どかすのも一苦労。
あぁ……日差しの眩しい、いい天気だ。
ネコ太郎があとをついてくる。
さすがのネコでも、この暑さは堪えるようだ。
にゃーと鳴く。
そして、なにかに気がついたのか、駆け抜けていく。
待って。
追いかけるワタシ。
立ち止まるネコ太郎。
なにかをくわえて捕まえたようだ。
よくやったと誉めようと手を伸ばしかけたワタシは、この時のことをとても後悔した。
セミ男「いてて!やめろよ!おらは美味しくないぞ!」
ネコ太郎「しゃべった!」
ちなみに、ネコ太郎がにゃーと鳴くのは言葉があり、発展した現代人が動物用語を自動変換する機能を、人間につけてくれたのだ。
そのおかげで、ネコ太郎がなにを言っているのかはすぐにわかるようになっている。
ワタシ「きもちわるっ」
反射で離すネコ太郎。
セミ男「夏だけに…セミ男参上!」
ネコ太郎「おいこいつしゃべるぞ、久々だな、ぼくたち以外で話す奴なんて」
セミ男「そうなん?おらはまだ生まれて日が浅いからなんにもわからんっぺよ。噂には聞いてたが、人間とネコなんてはじめてみたべ」
ネコ太郎「こっちこそ。おまえ何者だよ」
セミ男「セミ男だべ!」
ネコ太郎「みればわかる!」
セミ男「ぐぱぁ」
セミ男はくるっと一回転をしたのち、己の生きざまをまじまじと、語りだした。
セミ男「ーーというわけで、今日がおらの悲しき寿命なんだっぺ……こんな天気のいい日に逝けるなんて、おらは幸せ者ぅっぅっ」
泣き真似をして見せるセミ男。
ネコ太郎「で、命乞いか?散る命なら大人しく食われろにゃ~~」
じりじりと迫るネコ太郎。目付きは本気だ。
セミ男「待て!待つっぺ!おらがいいことを教えてやるから、変わりに見逃してくれないか?」
ワタシ「いいこと?こんな荒廃した土地に、ネット社会のどこにいいとこがあるのかさっぱりわからないんだけど」
セミ男「……とりあえず、ここじゃなんだから、ついてくるっぺ!」
こっちだべ!と、飛んでいくセミ男。
ワタシとネコ太郎は顔を見合わせてため息をつく。
行くところも決まってないのだ。
しぶしぶついていくことにする。
セミ男につれられてたどり着いた先は、なんと、ネット社会になる前に住んでいたワタシの家だった。
ワタシ「なんで……」
セミ男「ここの庭に、おらの生まれた場所かあるっぺ。」
ワタシ「……いきたくない」
ネコ太郎「だ、そうだ。覚悟はできたか」
迫りいくネコ太郎、その攻撃を掠めてかわすセミ男。
セミ男「仲間からはきいてたべ。あんたの噂はもちきりだから。唯一残ってるにんげんの家だってことも、しってるべ」
ネコ太郎「で、この庭になにがあるってんだよ」
セミ男「それをいまから見せるっぺ!」
ネコ太郎「どうする?……いけるか」
ワタシ「わかった…ただし、嫌なものはみたくないから、庭だけだよ」
セミ男「そうこなくちゃだべ!」
ワタシの家は一軒家で、お父さんだった人がローンをはたいて買った自慢の家だった。ワタシが生まれたときに建ったものらしい。
父は庭いじりがすきで、よく庭の手入れをしては、ワタシの名を呼んでこっちで写真を撮ろうといったものだ。
それが、そんな父がネット社会で生きることを決めたときは驚いた。大好きな庭いじりができなくなるんだよ?土の香りも草の香りも、木々たちの息吹も感じられなくなるんだよ?
ワタシは反対したけど、結局は人間。死ぬのが嫌だからって楽な方、楽な方へと行こうとするのを、ワタシは止められなかった。
現代社会は狂ってる。狂ってる人たちはすぐにネット社会へ消えていった。
ワタシも行こう、と母に促されたけど頑としてついて行かなかった。ワタシの生きてる世界はここだ。ネットはたしかに便利だよ?だけど、この世界の香りも、風の流れる感覚も、なくなるそんな場所へ、死ぬのが嫌だからって行くのは嫌だった。
死ぬのは怖くない、っていったら嘘だけど、ネットで永遠に生きることを選ぶくらいなら、潔く散りたいと思うのは昭和の考え方なんだろうか。
だから、いまの生活がどんなにつらくても、耐えられる。
日々、空き家から食料を漁ってその日暮らしの毎日だ。
それがワタシとネコ太郎の仕事であり、生きるというのはそういうものだと思う。
セミ男が指を指す。
そこには、なにもない。
ネコ太郎「だましたな!シャーー!!」
セミ男「あるっぺ!ちゃんとみるっぺ!!」
ワタシ「んん???」
よくみると、そこにはセミの脱け殻がひとつ。
セミ男「セミはな、土のなかから地上に這い上がるのからはじまり、木の幹をのぼり、それからなんやかんやを経てようやく成虫するっぺ。」
ワタシ「……」
セミ男「成虫してからも厳しい道のりでな。天敵の鳥たちをはね除けながら、必死に鳴くのが仕事だべ」
セミ男「その命僅か10日のあいだに、成虫、生殖の子孫繁栄をしないといけない」
セミ男「おらはな、仕事をすべてやり、やり残したことがないから、本当はいつ、死んでも構わないんだっぺ」
ネコ太郎「じゃぁいただきま……」
セミ男「まぁまつっぺ。おらは悔いはないけど、あんたにはあるんだろ?人間。」
ワタシ「……!」
ネコ太郎「ご主人のナニを知ってる!返答によっちゃいますぐ噛み千切るぞ!」
ワタシ「待って。……私がなにをやり残してるって?」
セミ男「現実とちゃんと向き合う姿勢だっぺ。」
そういって、セミ男は家のなかを示す。
そこには、白骨化した、魂の脱け殻になった両親が横たわっていた。
ワタシ「うっ……」
セミ男「死ぬのは怖くないけど、生きてた魂を次代に繋げるのも生きているものの役割だっぺ。あんたは、現実から目を背けて、この家から抜け出した。」
ワタシ「私は…!」
セミ男「聞けばネット社会っつーのは、魂だけネットに移行して、体はそのまま腐敗していくらしいべな。それを供養する習慣があるってきいたっぺが、なんでそれをしないん?」
ワタシ「……私は、憎いの。私を置いていった家族が、そして家族を奪い取ったネット社会の闇が。」
セミ男「だから、目を背けると?」
ワタシ「だって…だって置いていったんだよ?私を……私とネコ太郎を」
セミ男「置いていったのは事実かも知れない。でも生きてるのは誰だ?君じゃないのか、人間。」
ワタシ「生きてる!私は生き…死ぬ道を選んだ。死んだあとどうなるかなんてわかんない。わかんないけど……両親がいなくなったあの日から目を背けてたのは事実。」
ネコ太郎「ご主人……」
ワタシ「ネコ太郎、ごめんね。私はあの日からなにも変わってないつもりだった。つもりだったけど……どっかちがう道に逸れていたみたい。ワタシは現実から目を背けてた。大事な家族を、家族だった人の脱け殻を、こんなになるまで放置して、どっか、どこで狂っちゃったのかな、私は……」
目から熱いものが込み上げてくるのを押さえきれなくなり、嗚咽と共にそれは涙としてこぼれ落ちた。
セミ男「伝えることはそれだけだっぺ。あとは煮るなり焼くなり好きにするべ。ただな…おらがはじめてこの光景を見たときは、流石に悲しくなったのも事実だべ。食物連鎖の頂点にいるような、にんげんが、朽ちていく姿を見たときは。」
ネコ太郎「……たしかに、人間は死んだ人間を供養する習慣があるって聞いたことがある。それが、食されない者の運命なのかもな」
セミ男「おらたちは食物連鎖の中にいるから、生きるか死ぬかの戦いをしなければならない。人間は違う。ご先祖を大事にして、しっかり次代に魂を繋げていくのが役割だべ?」
ネコ太郎「セミ男の言うことにも一理あるな。……ご主人?」
ワタシは駆け出して、何十年ぶりかの家のドアをくぐった。
ワタシ「お父さん、お母さん……ただいま」
かつて威厳があったけどどこかおちゃらけた父と、大人しく父のあとに着いていって芯があるしっかり物の母の面影はもう、どこにも残ってない。
ワタシ「放っておいて…ごめん、ごめんね……」
また、なん十年ぶりのたまっていた感情を吐き出すかのように涙は止まらない。
後日。
家の庭に、新しいお墓がたてられた。
そこにはこう書かれている。
「1日だけの親友へ捧ぐ」
END