一周目 5話 目的
あの日から1週間
急に送られてきたメールは誰と言わずともわかるであろう、佐倉からのメールだった。
「7月24日暇か?」
というメールが送られてきた。
「ああ、暇( ´ω` )/」
「ちょっと手伝ってもらえないか?大学の課題が全くわからん(><)」
「俺大学でてないんだけど(´・ω・`)」
「お願い!」
「しょーがねぇなぁ...(´ー`)」
このような経路を辿り、俺は24日佐倉に会うことになった。行ったとしても俺に出来ることとかあるのか?と思いながら背もたれに持たれて伸びをした。最近これが癖になっているような気がする。
「そろそろ彩芽にあの事を言わなきゃいけない」
一週間前母さんに言われた事を思い出した。
「まだ...まだその時じゃない」
ボソリと呟く。
天井をぼんやりと見上げながら俺は目を閉じた。
「さあ、始めましょうか。終わらないループを。メビウスの輪を創り出すのです」
何なんだったんだろう。あの夢は。
終わらないループ。メビウスの輪。永遠に続くということだろうか。
そんなものは有り得ない。諸行無常とはよく言ったものだ。人も物もいつまでも続くなんてことは無い。それなのにいつもの夢よりもずっと繊細で再現度が高くて、まるで体験したことがあるような感覚だった。そんなはずはないのに何故...?
忘れよう。この事は無かったことにしよう。気分転換にジンジャーエールでも飲もう。
そう思い、ぱっと目を開けて片手でパソコンを開け、もう片方の手をコップにかける。すると
「〜っあっ!」
途端に手にビリビリとした激痛が走る。その反動でカップが倒れ、ジンジャーエールが床にぶちまけられる。その飛沫は俺の足の甲にまで飛んできた。
コップを立てるより前に俺は反射的に自分の手を見ていた。特に目立った怪我はない。ゆっくりと手を閉じたり開いたりするが痛みはない。手首を曲げてみるが、なんの痛みもない。少しだけ曲げるスピードをあげてみても、やはり痛みは無かった。
ついてないな...と思いながら床にこぼれたジンジャーエールをテイッシュで丁寧に拭く。雑巾も使い、綺麗にした後、俺は再びネットを漁ることに集中した。
フリーホラーゲームを新しくダウンロードしようと検索するためにキーボード伸ばした手が自然と「m」の場所に人差し指が伸びているのに気が付き、自分でもつくづく呆れる。
もう。憧れだったmeizuはいない。そう考えるものの、3年間ファンだった俺には衝撃すぎたのか忘れきれず、その名残が未だに残っていたのだ。
カタカタとゲームの名前を打ち、サイトに飛んでからダウンロードする。
ゲームに熱中していたからか、気がつけばやり始めてから既に3時間たっていた。
だいぶ荒れた部屋を見て片付けようかなと思うが、BADENDを回収して今日は寝よう。と思った。最近、昼夜逆転の生活が自然と直ってきた気がする。
布団を敷いて、枕に頭を乗せて眠る。最近は椅子の上で寝ていたことがしょっちゅうだったからか、枕がいつもより柔らかく感じる。体が沈むように意識が途切れて----
「兄ちゃん!」
パチリと目を覚ますとそこには妹がいた。
俺に歯を見せながら笑う。その様子に俺も少し口角が上がる。
「どうかしたか?」
「兄ちゃん!」
俺が聞いても、咲希は絶えず笑い続ける。頭を撫でるとニコニコしながら顎を引いて受け入れる。数十秒しただろうか、少し離れ、ばっと手を横に広げた。
「小さい頃みたいにギューッてして!」
いつもとは違う咲希の対応に俺はビックリして
「いいのか?」
と聞く。
咲希はうんと頷き、俺の胸にとびこんでくる。
俺も微笑み、抱きしめようとした。
が、それは思わぬハプニングに阻まれる。
咲希を挟んだ向こう側から、指を鳴らす音。ガシャっと音がたち咲希が一瞬にして砂のように崩れ、跡形もなくなる。手に僅かな温もりを残して、完全に消え去った咲希の向こうには夢で会ったあいつがいて、にやりと笑みを浮かべる。
周りはまたあの部屋だった。しかし、唯一違うのは、花瓶の花が黒バラ、ジュリアン、向日葵を除く全ての花が花びらを散らして枯れ果てていたことだった。
俺は目を見開き女に近寄り、襟をぐっと掴む。
「俺の妹はどこにやった」
「妹だったんですか。すいません。少し、邪魔だったので」
いとも簡単に咲希を操った女は笑い、滑稽そうに笑う。
「いい加減にしろよ!お前は何」
「ああ、貴方も五月蝿いですね」
そう言って女はおもむろに近ずいて、俺の喉元を鋭い爪でガッと引っ掻いた。とてつもない不快感が押し寄せ、激しく咳き込む。喉が熱い。見なくても血がダバダバと出ているのがわかる。
「すぐに終わりますよ貴方がしっかりと答えてくれるならの話ですが。まあ、その状態では話せもしないでしょうから、一応治しておきます」
そう言って女は人差し指と中指だけを立て、口元に持っていき、何かを呟いたあと指を俺の喉に当てる。すると、喉の熱さが徐々に薄れていき、次第になくなる。喉元のさっき熱を感じた所にに指でなぞり、指を見てみるものの、指に血は付いていなかった。
ただ痛みを覚えさせるのだけではない。こいつはいつでも俺に危害を与えることができるということを伝えたかったのだろう。
それを察して俺は叱られた子犬のように大人しくなる。
「貴方は運命を信じないと言いました。では質問しましょう」
女はにやりとして言う。
「私は一体全体誰でしょうか?」
分かるわけのない無理難題を突きつけられ俺は唖然とした。
しかしこの女が発する質問は決して軽々しいものではなかった。
たとえ夢だとしても
その夢の中で必死に生きてみようではないか
「俺は...お前を知っているか...?」
女は一瞬驚いた様子を見せたが、いつものポーカーフェイスでまた笑う。
「ええ、繋がりはありましたよ」
繋がりがあった女性。
思い当たるのは3人。
こうなると消去法しかない。
1人目は咲希だ。
もしそうなら先程消えた咲希は何だったのだろう。それに、もしあれが幻だったとしても、身長が高すぎる。咲希は150~155ぐらいだが、この女は小さめに見ても160はゆうに超えている。
次は母さん。
これも身長があまりに違いすぎる。
最後はmeizuもとい、佐倉。
可能性的には一番高い。身長も同じぐらいで、少しハスキーボイスな声も似ている。
が、女は『繋がりはありましたよ』と言った。仮に佐倉なら、こんな遠まわしにいう必要性はない。
「......分からない、ギブだ」
情けない声を絞り出し、俺は軽く両手を上げる。
「そうですか。では今日はここまでで」
また視界がぼやける。なにかに飲み込まれるような、そんな感覚。
霞む視界の中でふと女がゆっくりとベールをとる。ぼやけて何も見えない。ただ、不本意ながら唯一、分かったのは--
--とても綺麗だということだった。