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強面になりたい

作者: かるん

私、中川真由子なかがわまゆこは話しかけられやすい。

街を歩けば見知らぬ誰かが声を掛けてくる。

でも、ナンパでは決してない。


まず、よく道を聞かれる(方向音痴なのに)。

エステや美容院のアンケートに誘われる(急いでいる時に限って)。

宗教の勧誘をされる(道の端から私だけを目指してくる)。

電車の乗り換えについて聞かれる(駅員さんは隣にいるよ!)。

なぜ私を目指してくるのか?

しかも一人の時だけに。

4月に都会の大学に入学してからはさらに多くなり、最近かなりのストレスになってきた。

誰かと一緒にいれば声をかけられないけど、いつもそうはいかない。

どうすれぱ普通の生活ができるのか?


友人の咲に相談してみた。

「真由子の顔と雰囲気かもね。何を聞いても怒らなそうに見える」

まあ私は意外と短気だって知ってるけどね~と付け足された。


「ただ普通に道を歩きたいだけなの!どうすればいい?」

「うーん、人を寄せ付けない表情や仕草を身に付けるため、そういう人に弟子入りしてみるとか?」

「人を寄せ付けない表情?」

その言葉を聞いて思い出したのは同級の山本孝やまもとたかし君の顔だった。


山本君は、表情というか雰囲気がこわい。

背が高くて筋肉質で姿勢が良くて、つり目で眉が太くていつも厳しい顔をしている。

大きな教室で遠くに座っていても存在感があってビシッとした雰囲気が目立つ人だ。

だから顔は知っていても自分から話をしようとは思わなかった。


彼と初めて話をしたのは、講義のあと忘れ物をしたとき。

教室を出た私を追いかけて、わざわざ手渡してくれた。

最初は怖くて目を合わせられなかった。

だけど最近は講義で近くに座ることが多くて、よく話すようになった。

知り合えば話が面白くて優しい人だなと思う。

話が盛り上がっているとき、いつもきっちり結んでいる口元が時々ゆるんで口角が上がるのを観察するのが最近楽しい。


でも普段は、鋭い目をして大股で歩いているのを見ると何だか邪魔できないオーラがある。

彼が勧誘されてるところなんて想像できない。

あんなふうに見知らぬ人を寄せ付けない雰囲気になってみたいと思っていた。

山本君はある意味私の理想かもしれない。

「私、強面を目指す!」

「え?」

「山本君に弟子入りする!」

「冗談だったんだけど!」

私の意思は固まった。

咲に本気だと伝えると

「馬に蹴られたくないからもう止めない」

とぐったりした顔で言われた。

反対しなくなったのはいいがよく分からない。

とにかく次に山本君に会ったら弟子入りをお願いしてみよう。


次の日は朝一の講義が山本君と一緒だった。

そこでさっそく声をかけてみた。

「この講義が終わったらちょっと話したいんだけどいいかな?」

山本君は一瞬目を見開いて何度か瞬きした。

「ああ、次の講義まで時間があるからいいよ」

「ありがとう」


始まった講義中、隣に座った山本君はなんだか落ち着かなかった。

やたらと視線を感じる。

この講師は話が早口だから急いでノートを取らないと置いていかれちゃうよ。

私のノートを見せてもいいけど字が汚ないからね。

隣が気になりながらも私はひたすらノートを取り続けた。

そして何となく気疲れする講義が終わった。


「それで話って何?」

休憩コーナーに移動して腰かけたとたんに山本君が聞いてきた。

「うん、ちょっと話しづらいことなんだけど聞いてくれる?」

なんて切り出そうか迷いながら山本君を見た。

なんだか食いつきそうな目でこっちを見ている。

目力すごいな。

「実は山本君に弟子入りしたいの」

「は?」

山本君が固まった。

「私、歩いてるだけで勧誘が多くて困ってるの。それで山本君みたいに強面になりたいんだけど弟子入りさせてくれませんか?」

山本君が口をパクパクさせ始めた。

「なんだその斜め上!期待したじゃないか」

「え?」

首を傾げると、なぜかガックリとした顔の山本君がため息をついた。

「弟子入りって具体的に何をしたいの?」

あ、あまり深く考えてなかった。

「う~ん、山本君の近くにいて、山本君の表情や行動を観察して、山本君みたいに人を寄せ付けない雰囲気になりたい!」

山本君は私をじっと見て聞いてきた。

「中川は俺のことを人を寄せ付けない雰囲気だと思ってるの?」

「うーん、一見取っ付きにくく見えるって意味。話したら楽しい人だって知ってる」

「そう。それで俺の表情や行動を観察したいんだ?」

「うん」

「それっていつも一緒にいたいってこと?」

「うん?」

「じゃ、付き合おうか」

「う?」

「付き合えばいつも一緒にいても自然だし、一人じゃないから勧誘されないだろ」

「え?」

「中川が好きなんだ、彼女になってよ。そうしたら俺のことを観察し放題だし俺も嬉しい」

山本君のつり目がじっと私の目を見ている。

目力がすごくてレーザーみたいだ。

気の合う友達だと思ってたけど、そんなふうに思われてるって気づいてなかった。

「そんなこと山本君に失礼だよ」

「俺がよければそれでいいんだ。じゃ、お試しで3ヶ月付き合ってよ。送り迎えしたり、俺のことを観察する以外は今までと同じでいいから」

レーザーが私の思考力を焼き尽くしていく。

私は熱くなった頬を抑えて俯いた。

山本君と付き合うことを考えると胸がバクバクしてきた。

あれもしかして私、山本君のこと好きなのかな。

「顔真っ赤で可愛い。嫌がってないって思っていいの?」

私は頬を押さえたまま頷いた。

「よろしくお願いします」

目の前の彼が小さくガッツポーズをとっていたけれど私は俯いて見ていなかった。


それから3ヶ月。

山本君との付き合い方は、今まで通りとはいかなかった。


なんというか、甘やかし方が半端ないのだ。

歩く時は道路側に立ってくれる。

風が吹けばコートを肩にかけてくれる。

雨が降ったら相合い傘(死語?)。

荷物が多いと持ってくれるし、いつも歩調を合わせてくれる。

食堂では席を取ってくれるし、私の好きなメニューを頼んでくれる。

一つ一つが自然すぎて私はされるままになってしまう。

でも、一緒に食事して私の好きなデザートが出たとき、山本君の分まで私の口元にあーんされた日には友人の咲に冷たい目で見られた。


そんな山本君が提案したお試し期間は今日で終わりになる。


私は焦っていた。

山本君に弟子入り志願したのに一方的に甘やかされるばかりで結果が全然出ないのだ。

毎日山本君を観察して表情や仕草を真似するけれど、いまだに私は強面にはなれない。

同じポーズを取っても全く決まらない。


「個性が違うんだからもう諦めろよ」

彼はそう言って優しく頭を撫でてくれる。

「送り迎えしてるから勧誘されなくなったろ」

「うん。ありがとう」

でもこれからどうしようと思っていると山本君が囁いた。

「本当は知ってるんだ。勧誘されない方法」

「え?」

そんな方法があるなら早く教えて欲しかった!

「孝って呼んでくれたら教えてやる」

にこにこしながら言ってくる。

恥ずかしくて名前呼びできてなかったのに急にハードルをあげないでほしい。

「知りたい?」

それはもちろん。だから私は頑張った。

「たっ、たかし!」

「うん」

孝は目を細めて笑った。

「じゃ、ご褒美あげる」

言葉と一緒に柔らかいものが唇に触れた。

「え」

不意打ちに頭が真っ白になる。

そのあとに遅れてじわじわ嬉しさと恥ずかしさがやってきた。

「今最初に何考えた?」

「突然で頭が真っ白になったよ!不意打ちでしょ」

「うん、それだ」

孝が頷いた。

「頭を真っ白にすること、何も気にしないこと」

「意味が分からない」

「気にしてるから寄ってくる。気にしなければ寄ってこない。真由子は優しいから、そこにいる人のことを気にかける。それが相手にも伝わって引き寄せられてくるんだ」

「.....」

私ははっきりと否定が出来なかった。

なぜって心当たりがあったから。

例えばチラシを配っていれば受け取ってくれる人はいるのだろうかと、署名運動だったら人数は集まっているのだろうかと、頭をよぎってちらりと相手を見てしまう。

すると相手がやってくるのだ。

「どうしてそんなことが分かるの」

孝はじっと私を見て、また口の端を緩めた。

「真由子が好きだから、見ていて気がついた。真由子は優しいから無視することができない。自分でそのことに気づいているのに気づかない振りをしているんだ」

私が無視しようとしていた違和感の正体。

孝が気づいてくれたことに私は驚いた。

そんなにきちんと見てくれていたことにも。

「これからできることを一緒に考えよう」

差し出された孝の手を握って、私は笑った。

「教えてくれてありがとう。でも、どうしてすぐ言ってくれなかったの?」

孝は眉を下げた。

「そんなことすぐ言ったら一緒にいれる時間が減るだろ。それに真由子が自分で納得するのに時間がかかると思ったから」

全くそのとおりだった。

「分かりすぎてて嫌になっちゃう」

強面になりたいと思っていた。

でも必要なことはそれじゃなかった。


孝がかすかに微笑んで私を見た。

「じゃ、お試しから本物の彼氏にしてくれる?」

それに対して私の答えは一つしかない。

「孝の気持ちが変わらなければ、本当の彼女にしてください。これからも一緒にいたいな」

孝が私の目をのぞきこんで、ニヤリとした。

「強面になるのはあきらめたの?」

私は笑って孝に抱きついた。

「強面な彼をつかまえたから、もう十分」







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[一言] 蹴りに来る馬が強面になってそう
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