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須佐妖戦帖 第1章「八岐の口縄」  作者: 蚰蜒(ゲジゲジ)
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其の5 完結 ヘルン先生

柳田は東京の自宅、賃貸アパートの部屋で今回の調査報告書をまとめ、大学に恩師・長谷川教授宛で郵送した。

大学に其のまま赴きたいが、全身が痛み、傷だらけでは、行くのをはばかった。

「先生はどう視るかな?」

1週間後、返事が来た。


柳田君、久しぶりだ。何時いつも心配している。無謀なフィールドが多いからね。

特に今回のものには驚いた。流石に信じがたい。

詳しい話を聞きたいから体調が善く成ったら大学のわたしの部屋を訪ねてください。


追伸

君に会わせたい人物がいる。きちんとした格好で来るように。

日、時間は追って知らせます。


阿鼻大学教授 長谷川裕人


其の一週間後に柳田は大学の長谷川教授の所に赴いた。

「やあ。柳田君、元気か?傷はもう大丈夫かい?善く生きて帰ったものだ」

「先生、大丈夫です。其れよりどうですか?私の報告書は?」

「其の前に一つ聞きたい。君は此れを何かの形で発表したいのかね?」

「本心から云えば発表したいです。しかし、無理でしょう」

「同意見だ。此れを世間に発表したら彼方故知等あちらこちらから袋叩きに会うだろう。君は此処の講師であり、研究員だからな。大学まで叩かれる」

「解ります。歴史学、考古学、国学、出雲族・・・数えきれば切りが無い。大学に迷惑は掛けたくないです」

「学者達は今までの研究、学説が火っ繰り返される。ごみになる。出雲の血を引く者たちは我々は八岐大蛇に呪われていると云うのか!と抗議が来る。いや、其の前に誰も相手にしないだろう。素志て君は狂人扱いを受け、職を失うだろう」

「先生、しかし、其れは事実です」

「解ってるよ。君を信用している。しかし、大部分は矛盾だらけ、謎だらけだ」

「先生のおっしゃる通り、謎だらけです。其れは此れからの研究であかして行きたいんです」

「君がどんなに納得の行くものを持って来ても却下されるだろう。柳田、もう辞めぬか?こういう研究は。誰も認めてくれんぞ。非正規の教員(講師)など辞めなさい。君は優秀だ。大学に必要な人材だ。わたしのもとで考古学を研究しなさい、そして将来、教授になりなさい」


「続けたいんです」

「そう云うと思ったよ。此の道に踏み込んだのも、わたしのせいだろう?」

「はい」

「はっきり云うな。困った奴だ」

「学生の時に先生の記紀の謎についての講義を聞いたからです」

「あれは異端な講義だ・・・だから一端はわたしにもあり・・・だな」

「感謝しています」

「まあ、善い。本心では思ってるよ、君は屯でも無い学者になるかも・・・とな」

「はい?」

「大学なんぞと云う箱には収まりきらんのだろう」

「何のことです?」

「何時か新しい学問を確立するかもだ。わたしだけが思っている事じゃないぞ。わたしなんかよりもっと偉い人が君に会いたがっている」

「偉い人?学長ですか?」

「阿呆!君にとってとても重要な人だ。君の先駆者だよ。隣の部屋に来てるから今、呼んで来る」

長谷川は隣の部屋に行き、然る外国人を連れて来た。


「ああ!あなたは!!」柳田は椅子から転げ落ちた。

「柳田先生、はじめまして」

「こ、こ、小泉八雲先生!」


「はははは。面白い人ですね。一目で気に入りました。貴方の研究もです」

「小泉先生がわたしなんかに?」

「大いにあり、ですよ」

「柳田、小泉先生に君の報告書を視せたんだ」

「え?え?」

「ノン、ノン。ヘルンで善いですよ。其の方がわたし、好き」

「わたしとヘルン先生は旧知の仲でね。うちの大学に面白いのがいるからと前にお伝えしたんだ。で、其の彼が新しい屯でも無い報告書を寄越したと大まかに内容を伝えたんだ。お前のことだよ。是非、読みたい、其の本人に会ってみたいと」

「わたし、出雲が好きです。あなた八岐大蛇を視たと?須佐之男に会ったと?羨ましい!読ませてもらいましたとも。凄い体験をした」

「小泉先生はわたしの話を信じると?」

「ノン、ノン。ヘルンです。イエス、当然です。わたし、此の何もかも迷信だ!の時代に怪談って本を書いたものね。長谷川先生、柳田先生、今回の事件の分析と謎を少しでも解いてみましょう」



10-すめらみこと 終章


「柳田、先ず其の二つの村の名前だ」と長谷川教授が云った。

戸場とば村と村です」

「尾村はよく解る。戦国期、戸場村から八岐大蛇が出現し、尾が此処まで届いた・・・と」

「そういう口碑(こうひ〜いい伝え)を何時の頃からか忘れてしまった様です。尾村にも何か古文書が残っていたのではないか?と思います」

「そうだな。しかし、今はもう村が壊滅してしまった。処で戸場村のことを地元ではどういう風に云っていた?なまりがあったろう?」

「戸場ん村ですね」

「そりゃ、訛じゃないぞ」

「え?」

「とばん・・・トゥバン・・・つまり、りゅう座だ」

「あ!」

「古代メソポタミア時代(紀元前2700年頃)の北極星はりゅう座だった.。現在の北極星はこぐま座で、其の隣がりゅう座だ。つまり、かなりズレていたんだ。古代、中国では北極星は最高神、神格化された天皇大帝てんこうたいていを指すだろう?北極星を中心に、星々、宇宙が廻る。世界の中心、中華(世界の中心文化)とした」

「りゅう座が燃える様に光り、位置が北極に動いたんです」

「八岐大蛇は宇宙に何かしらの力を持っているのだろう。星の位置を動かすなどとは・・・信じがたいが・・・。出雲大社の注連縄の様に、りゅう座も奴の看板に仕立てたんではなかろうか」

「古代中国人は何か知っていたんですね」

「そうだ。其れを畏怖を込めて敬った。龍は雨や嵐を自在に呼ぶ・・・と風水にある。自然どころか宇宙をも動かす」

「八岐大蛇は龍なんですか?蛇なんですか?」

「其れは人々の主観だろう。ある国では蛇神、ある国では龍、ドラゴン・・・本当は現物は視ていないのだろう。伝聞からの想像だと思われる」

「世界中に龍や蛇の伝説はありますね」

「現世に表れた大蛇か?奴の配下のものか?八雲・・・・嵐を呼ぶ魔物のことか・・・あ!ヘルン先生、申し訳ない」


「善いですよ。日本には蛇信仰が古代からありますね。一体何時頃からなのか不明です。縄文人も信仰していたと思われる。わたし、古事記の世界を歩きました。何処に行っても蛇が出て来る」

「蛇は皮を脱いで再生するので生命力にあふれているので崇拝した・・・と云うのが学者達の研解ですね」と長谷川教授が云った。

「わたし、そうは思わない。蛇の神を畏れていたと思う。畏怖を込めて」

「それが八岐大蛇だと云うのですか?」

「其れもそうでしょう。では、一体何時頃から存在していたのでしょう?一万年?いや、もっとだと思います。中国では、龍は水と関係していますね。春分には天高く跳び立ち、秋分には水中奥深く帰る」

「八岐大蛇も記紀では死んで川になる」


「柳田先生の話だと須佐之男神は高天原を追放されたのでは無いとなる。周りは追放された・・・と思うでしょうがね」

「大国主は須佐之男の何代も後の子孫です。其の頃になって、姿は表せねども呪いを異界から掛けた。復讐なのか?征服なのか?」

「天照大御神と側近たちは八岐大蛇だと悟った」

「其れが天孫降臨、国譲りでしょうか。ヘルン先生」

「わたし、前から思ってました。何故?国譲りなのか?何故?そうまでして地上に舞い降りたのか?地上がそんなに欲しかったのか?」


長谷川が「処で王子の白狐は確かに上日本の狐の大将ですが、全国の総大将、豊川稲荷の狐は何故?表れない?」と問いた。

「兵が多すぎる・・・と判断したのか?」

ハーンが「豊川稲荷神社の中に古い蛇神を祀った神社がありますね」と云った。

「豊川稲荷も封印場なのですかね?須佐の童子は(異質な獣の臭いがする)と云っていました」


「話を聞いていると大蛇の戦闘能力は須佐之男等からすると、そうたいしたことはなかったように思えるんだが・・・」と長谷川が問いた。

「力を出させなかったんです。白狐達の波状攻撃で隙を与えなかった。出せば途轍も無い妖力を発揮したでしょう。白狐達の攻撃の早さを須佐之男は期待したんだと思います。記紀の退治の時の様に正面からでは勝てない。兵の数と早さで対抗したんだと思います。

王子の白狐に異界での戦いを聞きました。奇魅きみが悪かったと。再生能力がです。どう足掻あがいても倒せない。倒せない処か、身体が裂いても、姿を変え、一体づつが意識を持って襲って来るのだと」

「何と云う、魔物・・・」

「わたしの名前の八雲が悪雲(八岐大蛇)とはね。ははは。もっと浪漫だったんだけど」


「ヘルン先生、柳田・・・実は先日、宮内庁から人が来たんだ・・・」

「宮内庁!!??」

「細かく云えば、宮内庁内の非公開の部署の人たちがね」

「非公開の部署?」

「大蛇のことを聞きたがってた」

「えええ!!」

「柳田、御上がお前と話がしたいと」

「ま、まさか!冗談ですか?!」

「本当だ、だからあの方々は大学に赴いたんだ。お前の汚い借家に行く訳が無い。どういう学者か知りたがっていた」

柳田は気絶した。


「柳田!おい、柳田。困った奴だな」

「ははっは、柳田先生、凄いね。御上だよ。わたし達が討論するよりいいね。長谷川先生、どうも話に乗って来ると思ったらそんな事があったからなんですね」

「はい。世間にも知れている方がいらっしゃった。信じざるを得ない。・・・こいつ、始めに話したら気絶すると思って・・・案の定ですよ」

「ははははは」

柳田は気絶したままだった。


「柳田先生、何と云う事柄に首を突っ込んじまったんでしょう。何時か命を落としかねない・・・」八雲は柳田を心配した。

「戦国時代に上皇が命を出すってことは、御上等にとって古代から眼の上のたんこぶなんでしょうね。しかし、解らないことが多過ぎる。須佐とは何なのか?須佐一族の生き残りはまだ何処かに居るのか?櫛名田比売くしなだひめは?今回、母親を櫛に変えたと云う。大蛇退治の時と同じだ。母親は櫛名田なのか?転生して関係が変わったのか?幾らでもある・・・大体、何故、大蛇はあんな辺鄙な場所に現れる?・・・まてよ・・・あの場所は・・・・両腕の無い者は・・・・蛇・・・・」

「長谷川教授、まさかあの大蛇は、変わり果てた建御名方たけみなかただとでもお思いですか?」

「考え過ぎですかね」


「わたしの元名はハーンです。ハウン~八雲・・・意識した訳ではないけど繋がっていた。古事記に魅せられて日本に来たのも何か運命的なものを感じますよ」

「ヘルン先生、古事記の世界が・・・本当だったんだ・・・と思います。身体が震える・・・」

「わかります。長谷川先生。其の言葉で逆上のぼせ上がってくにのトップのやからが利用しなければ善いが・・・と思います。そんな時代が来そうです・・・」


「須佐之男たちの戦いは、まだ続くのでしょう。彼らは不死なのでしょうか?」



後日、村の跡形も無く成った尾村と戸場村に黒塗りの車が遣って来た。

二つの村跡地が見渡せる場所に車を止めると、御付きらしき者が最初に降りて後座席のドアを開けた。紳士が出て来た。其の紳士は辺りを見渡し、そして黙祷を捧げた。1分ほど続いた。


「そろそろ行きましょう」御付きの者がそう伺った。

其の紳士は辺りを見回し、こう云った。「此処は国譲りで負けて逃げて来た、建御名方神が幽閉された場所、諏訪に近いね。佐助」

そして誰の眼にも留まらぬうちに其の場を去った。

車には菊の紋章が付いていた。


あとがき


此の物語は記紀(古事記、日本書紀)を根底に置いています。八岐大蛇の魔性を加え、強引に信憑性を付けた。

記紀や風土記は謎が多い。例えば出雲風土記には八岐大蛇退治神話は出てこない。地元の風土記が。学者さん達も「八岐大蛇なんぞが居たとは思えない」から渡来人たたら衆(製鉄集団)と農民の伊座古座、ヤマト朝廷の絡みなどを模索し、神話にした物語だとしています。


国譲りと云うのも文中にも出ますが「高天原の神様は何故、現世の国を欲しがったのだろう?」と云う思いがあった。其の理由を独自に八岐大蛇を絡ませた。


世界中に蛇伝説、蛇信仰があって、脱皮する姿から生命力、再生、其れが不老不死にも繋がる。・・・としたと思えます。

「暗黒口縄」では其れさえも凌駕する大蛇おろち棘棘おどろおどろな再生能力を視せました。永遠の時を生きる「魔」を畏怖したのです。


古事記の国譲りで建御雷神たけみかづちのかみ建御名方神たけみなかたのかみが力比べをする。建御雷神は建御名方神の手を握りつぶして投げつけたので、堪らず建御名方神は逃げ出した。建御雷神は建御名方神を追いかけ、科野国の州羽の海(諏訪湖)まで追いつめた。建御名方神は「此の地から出ないから殺さないでくれ」と慈悲を垂れた。

ミシャグジ(御社宮司)神は縄文時代、諏訪周辺から東日本一帯で信仰されていた蛇神であります。諏訪周辺・・・此れと国譲りの建御名方神、八岐大蛇を組み合わせたものです。数千年の間に建御名方は八岐大蛇の呪いから本当に大蛇になってしまったのではないか?襲って来た大蛇は変わり果てた建御名方神?・・・。


釈迦はどうやって魔界から抜け出したのか?仏教での出口から出たのかもしれません。窟(穴)かもしれない。もし、鳥居の出口から出たなら神道に助けられたことになる。竹内文書に書かれる「釈迦は天皇の弟子」とは此の事かもしれない・・・皇祖皇太神宮と、しようとも思いましたが、結果は書かなかった。


稲荷神は荼枳尼天(だきにてん-荼吉尼天)であります。仏教、ヒンドゥー教の神様。ジャッカルに股がる姿が絵図にある。日本にはジャッカルがいないので似ている狐にした・・・と文献にある。結構いい加減であります。故に狐は稲荷神の使いとされます。

白狐は別格の民間宗教です。白狐は妖怪ではない。八百万神の一柱だと思います。一部の妖怪を神としている此の国でもありますが。

澤蔵司たくぞうすと名乗る白狐将軍が出て来ます。此の狐は東京小石川の慈眼院澤蔵司稲荷の狐です。伝通院の学寮で学び、偉い坊さんの地位を得た狐です。蕎麦が大好物で近所の蕎麦屋に出入りしていた。実際には軍狐では無いんです。


八岐大蛇の記述を書いた「侍大将 源光朝」とは何者なのか?

源氏は滅びたはずですね。生き残りです。平安時代に源頼光と云う人がいました。酒呑童子を退治した妖怪ハンター集団の大将です。其の血を引いた武将だと思ってください。


最後に、主人公柳田国緒。既にお解りのごとく民俗学者柳田国男をもじった人物です。似て非なる学者です。臆病で人の善い若者ですが探究心が旺盛で、夢中になると命もかえりみない人物です。絵柄にしたら其の侭の眼鏡を掛けた人物が浮かびます。恩師長谷川教授のモデルは居ません。小泉八雲は其の侭です。しかし、年代が少しズレています。怪談は彼が亡くなった年に発行されている。

其れでも此の手の物語には小泉八雲を出したい・・・と思ったからです。


楽しんでいただけたなら幸いです。最後まで読んでくれてありがとう!

でわ、またの機会に。


       狂言回し 蚰蜒げぢげぢ

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