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須佐妖戦帖 第1章「八岐の口縄」  作者: 蚰蜒(ゲジゲジ)
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其の1 神隠し

時は明治時代末。都から遠く離れた山に囲まれた盆地に小さな村落があった。戸場とば村と云う。村のしゅうは百人にも満たない、自給自足の貧しい村である。高齢が多い。五穀豊穣を祈って小さな稲荷神社が鎮座し、毎年春に祭りが行われる。此の村にも庄屋はいる。彼は年老いた村の聚を面倒みていた。20年程前に何処からか、ふらっと遣って来たと云う。何で稼いだのか?大層な金持ちで、古くは本陣として使われた空家を修復し住処にした。家族は居ない。男鰥おとこやもめである。できた人だったので、皆で話し合い「村長」になってもらった。彼は快く引き受け、今日に至って居る。


此の村の山麓に少年と母親が棲んでいた。村とは少し距離を置いている。村の者達と交流もしないが村長は偶に訪ねているらしい。噂では、彼等は此の地に千年も前から棲んでいるのだと云う。「奴らは人じゃねえ」「物の怪かもしんねえな」「くわばらくわばら」等と口碑こうひした。

「物の怪ではねえぞ。代々棲んでいるだけじゃ」と、村長は村人達をさとした。

「村長、あの小僧は昔から小僧じゃねえが。母親もそうだ。妖怪なんだべさ」

「若く視得るだけだべ」


或る日、少年が軒先から日暮れの村を遠望していた。

「かあさん」

「どした?」

「村の方から、いやな臭いがする」

「いやな臭い?」

「獣の臭いだ。悪いことでも起きてねが?」

「・・・・・ヤタか?」

「わがんねぇ」

「尾張に行ぐか?」

「・・・・・・」


其れから暫く経った早朝、村が騒がしくなった。

「甚吉っつぁんが居なくなった・・・」

「何時だ?」

「わがんねえ。昨夜遅く家を訪ねたら居なかった。んだども茶の飲みかけがあったから直ぐ戻るだろうと待ってはみたものの・・・」

「帰って来んかったのか?」

「何処かん家に居るのか?と声掛けれど何処にも居ねえんだ」

「村長に知らせよう」


村長を中心に甚吉の捜索が始まった。甚吉は高齢で夜中に山を降りて行ったとは考えられない。ましてや、元マタギである。夜の山の恐怖をよく知っている。

とは云え山中も探した。特に都に行ったのではないか?などと薄い期待を込めて都の方向の東の山中が中心である。


「東の山を探していた連中が何か見付けたらしい。今、戻って来る」

「南の奴らも何か見付けた」


一同が集まると痕跡らしきものを村の聚はうかがった。

「此れは甚吉のキセルだ」東で見付かったものである。

「此れは甚吉の足袋だ」南で見付かったものである。

「おい!巫山戯ふざけるなよ。距離だけでどれだけ離れていると思ってるだ。山中の何処で見付けたんだ?」

共に山の中に古くから建つ庚申塔こうしんとうの傍である。

「甚吉の悪戯だ。あのじじい!」

「あの爺さんにこんな悪戯が出来る体力が何処にあんだ?夜に山を超え、四方に私物を置いてく体力なんぞ、あのじいさんにゃねえど!」

「・・・姿もねえ・・・」


「神隠しだ・・・」

「何だと?」

「神隠しにあったんでねか?口縄くちなわさまだ。稲荷神社の口縄さまだべ」

「馬鹿云ってんでねえぞ!」

其の後、西と北の山中の庚申塔の傍でも甚吉のものが見付かったが本人は結局、霞の様に消えてしまった。

そう、此の村の山中、東西南北は庚申塔で囲まれた村なのである。



此の村に駐在は居ない。山向こうのやや大きな村、尾村には駐在所があり、此の村も管轄としている。其処から駐在が遣って来て村のしゅうを訪ねた。「近くに谷や淵はあるか?落ちたんじゃないか?」などと聞いて廻ったが、あまり収穫は無かったようで「兎に角、捜索範囲を広げて消防団などにも協力をお願いして探索してみますだ。わたしゃ、近隣の村村まで足を伸ばしてみますで」と云って一旦引き上げた。「お手上げだ。さっぱり解らん」

其れから立て続けに3人の不明者が出た。何も痕跡は見当たらなかった。変な噂が立たぬ様、駐在所にも黙っておくようにと村長は村の聚をさとした。


暫くして妙な若者が単身で村を訪ねて来た。

「すいません。村長さんはいらっしゃいますか?」

「あんた、誰ね?」

「え~っと、考古学なんぞの学問をする者です」

「学校の先生かい?」

「いえ、研究しているものです」

「博士か?若いのに偉ろう気張っとるのう」

「う~ん、そんな偉い人でもないんです」

「村長の家は彼処あそこだ」

「ありがとうございます」


其の若者は辺りを見回しあぜ道を歩いて行った。

「ごめんください」

「誰ね?」

「村長さんは居られますか?」

「わしじゃが・・・」

「すみません、わたし東京の大学で考古学をやっている柳田国緒と云います」

名刺を渡した。

「考古学の先生がわしに何の様がの?」

「民俗考古学とでも云いますか、此処を少し取材調査をやらさせていただきたいんですが・・・」

「何を調べるんでげすか?此処にゃな~んもありゃしませんよ」

「遺跡やら言伝えです。ご迷惑は掛けません」

「何だかようわかりませんが、善いですよ」

「三日、四日滞在したいんです」

旅籠はたごなんぞありませんぞ」

「幾ばくかの滞在費は払いますので、何処か農家でも、ご紹介いただければと」

「ようがす。しかし此処の者は余り銭に執着がないんでね。畑の手伝いでもしてくれた方が助かります」

「結構です。お手伝いさせていただきます」

「でもねえ、大学の先生でしょう?大丈夫かなあ」


と、云うことで正太と云う農家の一部屋を借りる事になった。


村長は直ぐさま彼の正体を探りたく、東京の大学に電話して柳田国緒なる人物を聞いた。

其の後、正太の家に行って其の旨を伝えた。

「大丈夫じゃ本当に東京の大学の先生だ。講師の身ではあるがの」

「でもあの風貌・・・着てるものなんか襤褸襤褸ぼろぼろだし、汚れてるし、何ぞの風来坊みたいぞな。よそ者なんぞ嫌じゃぞ。大体こんな事件の最中怪訝あやしかないか?」正太は心配だった。

「事件とは何の関係も無い人じゃ。まあ、3,4日で帰るって云ってるし。少々変わった人物らしい。大体、考古学の先生ってのは変わった人が多いんだそうじゃ。民俗学なんて学問を研究してるんだそうだ。大学の恩師教授も困っているが、頭は切れる男だって話だ」

「村長・・・だども・・・」

正太はあまり気乗りしなかった。


柳田は翌日から畑仕事を手伝い始めた。力仕事には頼りないみたいだ。フラフラしている。

「先生、気張んなや。ははは」と正太が云った。接してみると中中好人物であることが解った。正太は彼が好きになった。

午後からは自由に時間を使わせてもらうことにして貰った。

「正太さん、すみません、頼りなくて」

「何云っとんですか、先生。学問が本業でしょ。研究優先。多いに結構ですよ。何か大変な発見があったら名誉なことです。わしを協力者として名を掲げておくれ」

「どうですかねぇ」柳田は困り果てた。


柳田は知っているのである。此処の村から行方不明者が出ているのを。

「村民たちは神隠しと云っているそうだが、案外当たっているのではないか?」

神隠しであれば、先ずは例の口縄稲荷神社に足を伸ばした。

怪訝おかしな名称だ。口縄と云えば蛇だ。稲荷は荼枳尼天(だきにてん-荼吉尼天)。ジャッカルが其の使いとされている」

「其れにしても・・・此の狐の像は・・・」

鳥居を潜ると二体の狐像があったが、一体は正面を、もう一体は後ろ・・・祠の方を向いている。

「後ろ向きの狐は方玉を喰わえている・・・」

狐像と云えば、共に正面か横向き、身体を横向きにして顔だけ正面とかが通常である。

「此れは・・・」


「東西南北に立つ庚申塔こうしんとうとやらを視に行こう」

山中に入り、正太に持たされた握り飯で昼食にした。

「旨い!」

若い人でも結構辛い行程である。年老いた者が来るのは無理だろうと思った。


「此れか」

其れは古びた只の岩にしか視得無い。数百年は経過している様だ。

「此れは!庚申塔では無い!」

何やらの魔法陣の一部、痕跡らしきものを掘った後がわずかに視得た。

「呪いだ。此れが東西南北に座すると云うことは、封じ込めの呪術ではないか?!稲荷神社も豊穣祈願では無いのかもしれない。あの狐は・・・あの狐、方玉を喰わえた狐は妖術で何やらの封じ込めをしているんだ。正面の狐は見張りだろう。何を畏れているのか?

口縄・・・蛇!蛇神だ。あの神社は蛇神の封じ込めだ!

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