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序幕 議会は踊る、されど進まず Ⅰ


 始祖歴1846年 リューネ王国 王都ブランデンブルク 王国議会衆議院


 長く厳しい冬を越え、ようやく暖かい風が感じ取れるようになってきた今日この頃。


 白銀のカーペットが徐々に薄く、堅くなっていくのに対し、若葉が氷の下から勢いよく芽吹いてくる。


農業が再開するのもこの季節であるし、王国北方のバート海の海氷も解け、盛んに海上交易が始まる季節でもある。つまるところ、何を始めるにも良い季節、と言えよう。


 そして、曇りの多い王都にしては珍しく晴れあがったこの日。


 リューネ王国国王侍従長兼陸軍大臣エドウィン・フォン・ローン中将にとって今日は、きっと、一生涯忘れられない日として記憶されるに違いない。


 晴天記念日だろうか、早起き記念日だろうか、それとも議事堂に来るまでに一度もこけなかった記念日だろうか。


いや、違う。


 最も頭痛が激しかった日として、であろう。


「大臣! 確かに、防衛は国家の大事でありますが、此度の軍制改革は国家に多大なる負担を強いるものであり、且つそれは周辺諸国を刺激し、悪戯に緊張をもたらすだけであります!」


「「「そうだ、そうだ!」」」


「故に、軍制改革の必要性が認められない以上、軍事費の拡張も必要ありますまい!」


「我が自由党の意見としては、現状で十分国防の義務は果たせるものであると、一致しております」


「何を言うか! 流石は温室で育った貴族様だ! ぬくぬくと育ちすぎて、もはや凍てつく寒さにも鈍感になってしまわれたようだな!」


「たった六万人、それも半数以上を徴兵で構成する軍隊でどうやって国を守れというのだね?」


「「「そうだ、そうだ!」」」


 怒号が飛び交い、いい歳をしていい髭を生やした大人たちが、唾を飛ばしながら相手を罵り合い、今にもお前の喉笛を掻っ切ってやる、と言わんばかりの表情で和気藹々と、隔靴掻痒と議論を交わしている。


 一言でいえば、無秩序だ。混沌だ。


 では、渦中の大臣が提出した政策立案は、果たして一体、どのようなものだったのか。


 それは軍事費の拡張とそれに伴う軍制改革案である。この、国防にとって非常に重要な問題の一つであるこの議題が、議場を混沌の渦へと変貌させたのだ。


 それは元々頭痛持ちのローンにとって、議員たちの怒号はよりいっそう頭に響いた。


「お待ちいただきたい、議員諸君。現状の軍制では戦時の動員や兵站はおろか、平時の国防すら満足にできていないのですぞ! このような古い軍事制度では、国を守ることなどできませぬ! 諸君らは栄光あるリューネを崩壊させるおつもりか?」


「理想を語るのは結構! ですが大臣こそ、もはや軍事費の拡張に割ける予算が何処にもない事をご存じのはずだ! 海軍も、陸軍も、空軍もだ! 軍制改革を行おうとするのは軍事費を増やすのと同義! よって、軍制改革の現実性は無い!」


 ローンを含む、軍関係者ならば誰もが現行の軍事制度では戦争遂行能力に著しく難があることを理解していた。理解していないのは恐らく、眼前の貴族共のみ。


 本質は超保守的で、封建制の護持を第一に考える根っからの反動主義者だ。


「そうですとも! 我らの領民とて、これ以上税金を取られるのはとても、耐えられますまい。軍制改革など、もっと国が潤ってからでも良いでしょうに」


「大臣殿。いくら国王陛下からの信任が篤いとはいえ、我ら、古くからのユンカーからの支持を失いたくはありますまい?」


 特権貴族の大領地ユンカー共。参政権を手にして、自らの領地の税収を懐に収めつつさらに国家から年金やその他さまざまな特権を享受している寄生虫。


 軍人出身のローンの目に映る貴族とは、そんなものだった。そして事実、そうであった。彼らは予算が無いとのたまひつつ、誰も自分たちの各種特権や年金を返上しようという気はさらさら無いのだ。


 中央政府へ納める税金でさえ未払いが多く、そのくせ領民からはもう搾り取れないとほざく。


 ならば、その腹を搾れば少しは金がひねり出せそうか?


「そもそも、貴重な労働力、もとい領民の人生を、三年間も領民の自由にすることが出来なくなるのは、可哀想な事だとは思わないのですかな?」


 一体誰が国を守っていると思っている。国防の事は志願兵にまかせっきりで、領民の人生を食い潰しながらのうのうと生きている貴様らには、そんな戯言すら、言う権利はないというのに。


 それに、兵役三年とされつつも、財政難から実態は二年しか行われていないのだ。二年が過ぎれば、何かしら理由をつけて兵役を解除しなければならなくなってしまっている。どうやら彼らはそれが見えていないらしい。


 国王直轄地――つまり中央政府の統治下で徴兵を行うのは、六万人が限度であった。リューネ国内の主要な都市を少なからず含んでいるとはいえ、その領土のみで近隣諸国に対抗できるような兵力を徴兵で補充しようなどと考えれば、働き盛りの男性を他国よりもかなり幅広い年齢層を徴兵しなければならないためにたちまち産業が停滞してしまう。


 当然、ユンカー共は自分たちの領内の農民を国のために差し出す心などある訳はなく、収入が減っては困るので、強硬に徴兵制度の拡大に反対し続けている。たまに素直に応じたかと思えば、病気だったり衰弱していたり、挙句の果てには老人を差し出したりと、兵役検査に通りそうもない人間を差し出す始末。


 何よりも、徴兵人数が四万五千人で固定されていることが国防に致命的だった。これでは、戦時には六万人程度しか戦地に派遣できない。軍事費にしたって、未だに封建諸侯が国内に数多く存在し、国土に見合う十分な税収を賄えていない前近代的な国家だ。


 故にリューネは予算規模自体が小さく、その内訳の中の軍事費は本当に数字を見るだけで泣きたくなるようなものだ。


 東のルテニアは先の戦争で二百二十万人を動員した。


 西のオルレアンも同戦争で四十万人を動員できた。


 海洋国家のコモンウェルスでさえ、二十五万人を戦地に向かわすことができた。グロスターが持つ広大な植民地からも徴兵すれば、その数はさらに膨れ上がるに違いない。


 この数字を見た上で、我がリューネの六万人を見やるに。


 圧倒的に、兵力が足りなさ過ぎた。量より質で勝れ、とは老練の軍人がよく口にする言葉だが、その技術に関しても「シェーンブルン十年」の平和にあたって、植民地獲得に加わる事が出来なかった我が国は、他国に比べて軍事技術にこそ勝れども、それを今の軍備に反映できていない点で後れを取っていた。やはりここにも予算の問題がある。


 蒸気機関を中心とした生産技術の刷新には後れを取ることが無く、工業部門では他国より優れている点はいくつかあると自負できるが、それが十分軍備に反映できているかという問いに対してはノーと言わざるを得ない。


 軍事技術が優れていても、基礎工業が成り立っていなければ大国ルテニアの様に奇妙に偏った産業構造が産まれてしまうわけだが、この点リューネは基礎がしっかりできていた。あとは、軍備の近代化・更新。それだけあれば。


 各国では陸軍、海軍、空軍の担当を務める各大臣が同等の権限を有しているそうだが、海外植民地を保有していない事から海軍の規模が沿岸防衛程度であり、十分な戦力となり得る飛行船を作ることが出来て、航空艦隊を編成することができる空軍も、「それだけ優秀ならば戦時には民間の飛行船を徴用すれば事足りる」との理由で他列強に比べて絶対的に保有数が少なくなってしまっている。


 結果的に陸軍偏重の傾向が強くなってしまったリューネでは、陸軍大臣が実質三軍を統括、指導・指揮する軍部大臣として役職を兼ねていた。


 通常であれば三軍が仲違いすること無く、協力し合えると思われがちだが、実際は陸軍に対してあまりにも海・空軍が貧弱すぎるので、もはやこれは陸軍の管轄下にある部隊とそう変わらない。言うならば、海軍における陸戦隊の逆のようなものだ。


 これは正常な状態ではない。正常な状態に戻すならば、すぐにでも海軍大臣、空軍大臣を置くべきなのだろうが、それもできない。仮に置いてみたところで、十分な戦力を持たないまま役職だけ置いていては、いずれ不和が生じ、軍部としての意見の一致が困難になる。現状、一つになっているおかげで助かっている部分もあるのだ。他国の様に陸軍と海軍の中が悪いという事もない。空軍が独断行動を行う危険性も無い。


故に、然る後に――つまり、海軍・空軍ともに十分な戦力を有し、それぞれが自立し、陸軍大臣だけでは統制と管理が手いっぱいになった時に、大臣を据え置くべきだ。少なくとも、ローンはそう考えている。


 今や、職業軍人だけでは戦争は出来ない。リューネが抱える国民に銃を持たせ、戦場に向かわせることが必要なのだ。それなのに。それなのに、この、分からず屋は。





更新日程はまばらです。すみません。ですが、必ず投稿し続けます。

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