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真のこどもたちの国。part3

「おい、ケンカはやめろ!」


 短い並木道を越えると、パッと視界は開けた。前方には貴族の屋敷じみた、白い、横長な石造りの建物があり、その前には広いシンメトリーの庭園が広がっている。

 

 その庭園の中央にある大きな円形の噴水あたりで、鉄の装備を身につけた王兵らしき少年二人と、劇で町人たちが着ていそうなボロ布のような服を纏った少年二人が、揉み合うように争っている。

 

 が、ボロ布の服――黄土色の長袖服を着た少年の二発の拳が、立て続けに王兵二人の顎にヒットし、二人は呻き声を上げながら吹き飛ぶ。


「誰だ、お前?」

 

 黄土色の服を着た少年の隣にいた、くすんだ紫の半袖服を着た少年が、額に黒いハチマキを巻いた顔をこちらへ向け、目つき鋭くこちらを睨む。

 

 悟は思わずその獣のような目にギクリとしてしまうが、


「そ、そんなことは関係ないだろ。もうケンカなんてやめろ。ケガさせたらどうするんだ」

「お前、中学生か?」

 

 黄土色の服を着た少年が、指の骨をボキボキと鳴らしながらこちらを睨む。

 

 声がどこか幼いが、その体格はほとんど悟と同じくらいあり、目つきにも迫力がある。過激派、『クーロン』のユニフォームなのか、この少年も黒いハチマキを頭に巻いていて、それがまた妙に威圧感を放っている。


「なんでお前みたいなのが『真国』にいるのかは知らねーけど、邪魔すんならお前もぶっ飛ばすぞ。ああ?」

「お、おい、落ち着けよ。俺はただ止めに来ただけで……」

 

 まさにヤンキーのような口調で凄んでくる二人に狼狽える悟の視界の隅で、ふと何かが動く。見てみると、水を噴き出す噴水のちょうど向こう側から、身を屈めながらこちらを見ている小太りの少年と目が合う。と、


「うっぜーんだよ! さっさと消えろ!」


 黄土色の服の少年が叫び、拳を握り締めてこちらへ飛びかかってきた。

 

 とは言っても、相手は小学生だ。確証はないが、おそらくその立ち振る舞いから間違いない。だから、少年がこちらへ突き進んできたのを見た瞬間、悟が思ったのは、

 

 ――小学生にケガをさせたらどうしよう。

 

 ということだった。その恐怖がまず一番に頭に浮かび、しかしすぐに、それとは別種の恐怖が目に飛び込んでくる。

 

 今まで影になって見えていなかった少年の左手に、薄青い光が見えた。円の中に三本の縦線が走った、妙な柄の紋章。それを見た瞬間、悟の身体は自然と、大きく後ろへ跳んでいた。


「アアアアアアッ!」

 

 裂帛の声を上げて跳躍し、少年は右の拳をこちらへ振り下ろす。が、大きく後ろへ跳んでいた悟にそれは当たらず、拳は強く地面を打った。


 瞬間、ズドンという重低音が足元に響き、同時に地面からぶわりと砂埃が舞い上がる。まるでハンマーを打ち下ろした直後のようなその光景に悟は愕然とするが、ポカンと佇んでいる暇などない。


「ぅらぁっ!」

 

 紫服の少年が一足飛びにこちらへ飛び込んでくる。いつの間にか、鉄でできたブーツのようなものがその両足に装着されているのを見た刹那、再び自然と悟の身体が動く。

 

 悟は咄嗟に右へと跳び、それから再び右へと飛び退く。

 

 その瞬間、悟は見逃さなかった。

 

 こちらへ跳んでいた紫服の少年は、明らかに『空中で』もう一段、跳躍をした。悟が初めにいたところへ蹴りを放ち、それが躱されると、空中をタン! と蹴って悟を追い、再び蹴りを放ってきたのである。

 

 だが、まるで誰かに引っ張られるように身体を動かしていた悟は、地面に顎がつきそうなほど身体を屈めてそれをやり過ごし、それから即座に二人から距離を取る。

 

 見ると、紫服の少年の左手甲にも薄青い線で作られた紋章があった。円の中に、『Y』というアルファベットを逆さにしたような模様が入った紋章である。


 こちらが二人の攻撃を完全に見切ったことに驚いたのか、二人は丸くした目を見合わせたが、すぐにまた目つきを険しくしてこちらへ飛びかかってくる。

 

 こちらの動きに驚いたのは二人だけではない。


 自分で自分の動きに驚いて棒立ちになっていた悟だったが、再び身体は自然と踊り出す。石造りの噴水を砕く拳も、空中で急激に方向を変える跳躍も、何もかも全て解り切っているように身体が対応する。

 

 そして、不意に悟の頭に『何か』が閃く。その『何か』がなんなのかは解らないまま、悟は屋敷へ向かって路地の左側に移動し、あえてそこで動きを止める。と、


「クソみたいに動き回んじゃねえよ! ゴキブリかよ、お前っ!」

 

 息を上げながらもまだまだ機敏に黄土色の服の少年が高く跳び上がって、こちらへその右の拳を振り下ろしてくる。

 

 が、そんな大振りの攻撃なら誰でも避けられる。悟が後ろへ跳んでそれを躱すと、


「なっ!?」

 

 バキン! という木の割れる音を立てて、少年が地面の中へと姿を消した。

 

 『何か』が起きるとは思っていたが、まさかそこに土と板で隠された穴があるとは思っていなかった。慌ててそこを覗き込むと、そこには地下へと続く細い石の階段があり、そのさほど深くもない場所で、少年が呻きながら額を押さえているのが見える。


 どうやら大ケガはしていないらしい。そうホッとしたのも束の間、


「よくもっ……!」

 

 紫服の少年が、頭上から降ってくるようにこちらへ飛びかかってきた。

 

 反応があまりにも遅れた。頭部に襲い来る右のかかと落とし。見えてはいるが、最早躱しきれない。下手に躱そうとすれば、むしろそのほうが危険な傷を負ってしまいかねない。

 

 そう悟は瞬時に判断し、両腕で頭部を隠す。が、


「これで借りはなしだぜ」

 

 と、やけに大人びたような少年の声を耳にした直後、ドサリと足元に紫服の少年が横たわった。

 

 紫服の少年に傷はなく、どうやらただ気絶をさせられただけらしい。それをポカンと確認してから目を上げると、倒れた少年の足元に一人の少年が立っている。

 

 黒いシャツの上に黒いマントを羽織り、黒いズボンを穿いて黒い革靴を履いた、全身黒づくめの少年である。おまけにその手には、黒光りする片刃の長剣を持っている。


「テ、テメエ、横取りすんじゃねえよ!」

 

 隠し階段の中から、黄土色の服を着た少年が頭を左手で押さえながら出てくる。


「コイツは俺たちの獲物だ!『騎士』だからって調子乗ってたらぶっ飛ばすぞ、神谷(かみや)!」

 

 神谷と呼ばれた少年は、長い前髪の下で眉間にシワを刻み、


「ああ……? 誰がこのオレをぶっ飛ばすって? お前、今この『真国』で誰がナンバーワンなのか、忘れたわけじゃないだろうな?」

 

 言って、革靴の底を鳴らしながらゆったりと歩き、黄土色の服を着た少年の前に立つ。


「ナ、ナンバーワン? くくっ……わ、笑わせるなよ、神谷。前の『騎士』より弱いって馬鹿にされてるクセに、何を偉そう――」

 

 表情一つ変えないまま、神谷は少年の首めがけて、その長剣を目に見えないような速さで振り抜いた。

 

 悟は動くことすらもできず、斬られた少年の身体が地面に横たわったのを呆然と眺めることしかできない。

 

 不思議だった。

 

 その少年は今確かに首を斬られて倒れたはずだったが、そこにはかすり傷の一つさえも見えず、むしろ生々しいグロテスクな姿になっていたのは、神谷の持っている黒剣のほうだった。


 つい先程まで全てが真っ黒だったはずのその剣の腹には、薄青い光を湛えた蜘蛛の巣、あるいは血管のような模様が浮き出ている。

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