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真のこどもたちの国。part1

「懐かしいな。っていうか、こんなにこの建物って小さかったっけ?」

 およそ三年ぶりに『こどもたちの国』を訪れて、悟は軽く感動さえ覚えながらあたりを見回す。 

 

 街から見るよりもずっと近い山々、赤レンガ造りのレストハウス、その傍に広がる大きな池。秋が深まってすっかり枯れた木々の奥に見える、ピラミッドを模した屋内遊技場。

 

 三年ぶりとは思えない懐かしさをその光景に感じて、悟は思わず足を止めた。だが、そんな悟の手を、白いパーカー、赤と黒のチェック柄プリーツスカート、黒いニーハイソックスという姿の桜が、その小さな手でグイグイと引っ張っていく。


「お兄、何ボーッとしてるん。うさうさしてる暇はないんよ」

「『うさうさ』ってなんだよ、それを言うなら『うかうか』だろ」

 

 『見る影もない』なんていう言葉を知っているクセに、なんでそんな間違いをするんだと笑いながらレストハウス脇の路地を歩いていると、突然、


「モイ、桜っ!」

 

 陽気で大きな声が頭上で炸裂した。

 

 わっ、と驚きながら頭上を見ると、路地に面したレストハウスの窓から、映画女優のように金色の髪をした外国人女性が青い瞳でこちらを見下ろしていた。


 が、それよりも悟が驚いたのは、ドカンと膨らんだ女性の巨大な胸だった。


 女性が窓枠に載せている両腕の上に、その濃い緑色のタンクトップを突き上げるようにして巨大な二つのふくらみが載っかっていて、悟の目は思わずそこに釘づけになってしまった。


「モイ、セレ(ねえ)

 

 何が起きているんだと混乱する悟をよそに、桜は手を上げて何やらよく解らない言葉を返す。

 

 『セレ姉』と呼ばれたその外国人女性は、どこか日本人的な微笑を浮かべながら、こちらを物珍しげに見下ろす。肩に少しかかるほどの軽くウェーブがかった髪が、そよ風に揺れて影の中でもキラキラと輝く。


「どうしたの、桜? 今日はボーイフレンドを連れてデートなの?」

「ボイレンって、なんなん。コレは桜のお兄なん」

 

 『セレ姉』とはよく話す仲らしい。桜は物怖じせずそう答える。悟はその青い瞳と金髪、バレーボールが入っているような胸の盛り上がりに圧倒されて、確かに『ボイレン』と聞こえた言葉が、『ボーイフレンド』のことだと気づくのに三秒はかかった。


 悟が外国人女性の何もかもに圧倒されていることに気づいたのか、桜が悟の手をくいくいと引っ張って言う。


「『モイ』っていうのは、フィンランド語で『こんにちは』っていう意味なんよ」

「そ、そうなのか。へぇ……」

「そうなんよ。桜は物知りだから知ってるん」

「あ、ああ……え、ええと、初めまして、桜の兄の、悟です。なんだか、いつも桜がお世話になってるみたいで……」

「あはは。全然お世話なんてしてないゼ。ボクは雪川(ゆきかわ)セレスタ。よろしくだゼ、お兄さん」

 

 ――ボ、ボク? だゼ?


 その言葉遣いに悟はギョッとするが、セレスタは特に何かふざけたという様子もなく、眩しいほど白い歯を見せてニコニコと愛嬌よく笑っている。が、ふと目を丸くして言う。


「あ、デートなら急いだほうがいいゼ。あと一時間くらいで閉園しちゃうから」

「デートじゃなくてお仕事なんよ」

「そっか。じゃあ、お仕事頑張るんだゼ」

「頑張るんよ!」

 

 と、元気に再び足を動かし始めた桜に手を引かれ、悟はセレスタに軽く頭を下げつつ園内へと入っていく。


「外国人が働いてるなんて知らなかった。俺が昔よくここに来てた時は、あんな人いなかったはずだけど」

「セレ姉はいい人なん。アニメの話とかしてくれるし、たまにタダでアイスくれるんよ」

 

 へえ。と、曖昧に返す悟の頭に思い浮かぶセレスタの記憶は、最早既にほとんどが大きなおっぱいに占められてしまっている。

 

 やっぱり外国人はスゴいんだなぁ。としみじみ感じ入っていると、


「お兄、こっち」

 

 不意に、桜が路地を外れて白樺の林の中へと向かい始めた。

 

 だが林と言っても、子供たちが遊びに入ることを前提とした林である。木々は綺麗に間引きされて、地面にはもちろんゴミ一つなく、ただフワフワと絨毯のように枯れ葉が積もっている。


 夕陽が、枯れ葉の積もる林を黄金色に染めていた。

 

 適度に差し込んでくる木漏れ日が柔らかく景色を包み込み、街にいては嗅ぐことのできない濃い秋の香りが空気には満ちている。

 

 ここへ来たのは久しぶりだったけれど、これからたまには桜と一緒にここに来てもいいかもしれない。そう思いつつ枯れ葉を踏んで歩いていると、ふと前方に何か不思議な物体が見えた。


 軽自動車くらいの大きさがある白い岩の中心を、まるでクリームのように丸く滑らかにくり抜いたような、夢の中から出て来たような不思議な物体である。


 モニュメントなのか遊具なのか、それともその両方なのか解らないが、林の中でぽつんと佇んでいるその物体Xへと桜は歩み寄っていき、そのすぐ前で足を止める。


「これは……?」

 

 悟は目を細めて、岩に空いている、人ひとりどうにかとおれそうなその穴を覗き込む。

 

 そこには何か、不思議な『膜』のようなものが張られている。まるで南国の青い海がそこに満ちているように、穴が薄青く光って揺らめいているのだった。


「よかった。お兄にもちゃんと見えるようになってたんよ」

「見えるようにって……これ、なんだ?」

「あっちへの入り口なん」

「あっちって?」

「お兄はもうここに入れなくなってたけど、桜のおかげでまた入れるようになったんよ。その証拠に、お兄の左手にちゃんと『真国民』の紋章が出てるん」

 

 シンコクミンの紋章? と自分の左手を見下ろして、悟はギョッとする。左手の甲に、目の前の膜と同じ色合いをした光の線が、綺麗な真円を描いて現れているではないか。


「な、なんだコレ!?」

「それは『真国』へ入るために必要なモノなん。桜にもあるんよ」

 

 と、桜は左手の甲をこちらに見せる。見ると、確かにその小さな手の甲には、いま悟の手の甲に現れているのと似たような光の模様が現れている。

 

 だが、よく見るとその模様は悟のものとは異なっている。悟の手にある模様は一つの円だけだったが、桜の模様は大きな円の中にもう一つの円が収まっている、二重丸の模様である。


「ところで、お兄、昔のこと何か思い出した? ここによく来てた時のこと……」

 

 急に、桜がこちらの表情を探るような目をしながら尋ねてくる。悟は首を傾げて、


「昔のこと……? いや、別に何も……」

「うん。やっぱり桜の思ってたとおり、お兄は紋章を取り戻したけど、それは特別な入場キョカショーなんよ」

「特別な入場許可証……?」

「少しの間だけ、特別に入っていいですよっていうアレなん。でも、安心して。これからも毎日、桜のヨダレを食べれば、たぶんずっとここに来られるんよ」

「は? お前のヨダレって……なんのことだ? もっと俺にも解るように言ってくれ」

「要するに、お兄の身体には桜の栄養が流れてるん。だから、お兄は今、桜の一部みたいなものなんよ」

「桜の一部?」

「うん。一ヶ月くらい前からお兄の食べる物に桜のヨダレを入れて、お兄はずっとそれを美味しそうに食べてたんよ。血のほうがずっと効果は強いけど、イタイのはいやだからヨダレにしたん」

「な、なんてことするんだ、お前!」

 

 ――いや、でもまあ、桜のヨダレならいくらでも飲めるけど。

 

 咄嗟にそう思ってしまう自分が我ながら怖くはあったが、


「いや、それよりもだ。だから、この変な青いのとか、『真国』とかってのは一体なんなんだよ。お前は俺をどこに連れて行くつもりだ」

「桜についてくればわかるんよ。――あ、そうなん」

 

 と、桜はリスのようにキョロキョロと周囲を見回し始める。


 と思うと、タタタとどこかへ駆け出して、とある木の根元に転がっていた、長さ三十センチほどの細い木の枝を持って戻ってくると、「ん」と、それをこちらへ差し出してくる。


「なんだ? 杖にでもしろって言うのか?」

「違うん。これはどこからどう見ても剣なんよ」

「剣……?」

「お兄はこれで戦うん。それで、色んな人を守るんよ」

「守る……? ああ、なるほど」

 

 勇者ごっことか、そういうのを桜はしたいのだろうか。いや、でもそれにしたって、モニュメントに現れているこの不思議な青い膜や、手の甲に現れている不思議な紋章はなんなのだ。

 

 悟は再びそう尋ねたが、桜は痺れを切らしたように枝を持ったままこちらの手を引き、モニュメントの穴へとくぐって入る。桜の可愛らしい手を振り解くことなどできるわけもないから、悟も身体を屈めて、恐る恐るその後に続く。すると、


「え……?」

 

 瞬間、空気が変わった。肌を引き締めるように冷たかった晩秋の空気が急激にほんわりと緩み、草の青臭さがむっと鼻の奥を満たす。


 驚きながら、穴をくぐるために伏せていた頭を上げて、悟は我が目を疑う。パチパチと瞬きしながら、あたりをぐるりと見回す。


 いつの間にか自分は、山奥も山奥、太古の森林のような景色の中に立っていた。


 冬を間近に控えて枯れていたはずの木々はこれでもかと言うほど緑を蓄えていて、それによく見てみれば、森の表情が見慣れたものとは全く違う。

 

 周囲にある木の幹の太さは、これまでよく見たことがあるもののおよそ三、四倍はあり、細い木と同じぐらいの太さをしたツタが、それらの木に大蛇のように張りついている。

 

 頭上は鬱蒼と木々の葉に覆われ、空はほとんど見えない。小さな崖のようになっているらしい左手からは、ちょろちょろと川のせせらぎのような音が聞こえてくる……。

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