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プロローグ

「2056年 東京オリンピック Ohgui 女子48 kg級」という、以前書いたコアな読者向け短編小説のスピンオフです。「小山真理子の中学時代の話を読みたい」というご感想と、「イリーナ視点の話を読みたい」というご感想をいただきましたので、暇を見つけて少しずつ書いていこうと思います。

「おおっと!ろくじゅうきゅうてんごーさん!ろくじゅうきゅうてんごーさん!これはすごい記録が出ました!ロシアのイリーナ選手の記録を1.2 キロ上回り暫定首位です!残る計量はあと二人、これは少なくともメダル確定、ということですね。いやー、小山真理子選手、よく頑張りました!」

「コンディションをしっかりこのオリンピックに合わせてきたあたりは、さすがとしか言いようがないですねえ。自己ベストを1.2キロも上回ってますね」

「2056年東京オリンピック、女子48 kg級 Ohgui、世界ランキング1位、女王、小山真理子、堂々の貫録です!」


――――――


アナウンサーの声を確認して、達也はそっと目を閉じた。3D眼鏡越しの放送は、あの頃より遥かに成長した「それ」を映し出していたが、どんなに手を伸ばしたところで「それ」に触れられるはずもない。


「よく頑張ったなぁ...」


思わず漏れたつぶやきは、それほど広くはない部屋の中を反響して、消えていった。オリンピックの日本代表として最も注目を集める選手に、いまだ大学時代のワンルームアパートから抜け出せないでいるサラリーマンの呟きなど届くはずもない。彼女は遠くに行ってしまった。二度と俺の呟きが届くこともないだろう。そういうことだ。真理子は遠くに行ってしまったのだ。


達也は目を閉じた。今日のために買ったといっても過言ではない安物の3D眼鏡を、シングルベッドの方へ放り投げた。カシャンと情けない音を立て、眼鏡がベッドの向こうへ転げ落ちた音がしたけれど、達也は目を開けなかった。現実に引き戻されたくはなかった。


あの日の浅い息遣いが、すぐそばに聞こえた気がした。手を伸ばせば、カチカチに張り詰めた、きめの細かな皮膚が触れる気がした。その皮膚にそっと手を置けば、浅い呼吸音とともに、わずかながら上下しているのも分かる気がした。


もしも、あの頃に戻れるなら――もう一度、やり直せるなら――達也は何度思ったことだろう。忘れられないあの頃――まだ10年ほどしか経っていないというのに、前世より遥か昔の出来事に思えるあの頃――達也は幾度となく手繰り寄せた中学時代の記憶に、もう一度身を任せることにした。

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