永遠の愛を誓ってください
「この度はご婚約、誠におめでとうございます。ご結婚式場に我が社の結婚プランを選んでいただき、光栄に存じます。お二人の一生の思い出となるお式が素晴らしいものになるよう、全力を尽くさせていただきます」
にっこり笑顔で告げた女はその後暫し一組の男女へ式の引き出物や料理などの説明、レクチャーをし、さて、と言った具合に切り出した。
「神父様は如何なさいますか?」
【愛子の神官】
「如何、とは?」
つい先ほどまで浮かれた顔で料理の写真を見ていた女、奏が小首を傾げて問いかける。対して式場の女、浜田は内心でそんなことも知らずにここを選んだのか、と悪態をはきつつにっこり笑顔を崩さずに答えた。
「当式場では、式にて誓約をする際、神を降ろして下さる神父様を選ぶことができるのでございます。どの宗派がいいか、どんな人がいいか、それについてのパンフレットもございますのでご覧ください」
そう言うと同時にスッと淀みない動きで一枚の、パンフレットと言うにはあまりに分厚い本を差し出す。中にはこの式場と契約している神父たちがズラリと説明付きで並んでいた。それをほぇーと気の抜けた顔で眺めていた男女は不意にある1ページで手を止める。
「あの、この方は?」
「はい?…ああ、その方ですか…」
奏が指差した神官の写真を見て浜田は思わず鉄壁の笑顔を崩した。鉄壁のと言いつつ、なんだかんだ崩れやすい笑顔なのである。
「その方がよろしいのですか?」
「えっと…気になっただけなんですけど…珍しいですよね、女性、ですよね?」
眉を潜めて少し面倒そうな顔をした浜田に戸惑いつつ奏が問いかける。浜田はその問いに頷いて、思わず漏れかけたため息を飲み込んだ。
奏の言う通り、その神官は女性で、神父ではなかった。しかし、しっかりとその資格を持った女性だ。
いや寧ろ、この世界の誰よりも神に仕える資格を持つ女性である。
「もちろん、女性の方です。中世的な顔立ちにまだお若いので男と言われれば…まあ、信じられなくはないでしょうけれど」
写真の中の彼女は黒い髪に黒い目の純日本人と言った特徴を持っている。抜けるような白い肌に大きな少し垂れた目と小ぶりな鼻、小さい口が綺麗に配置された、男とも女ともわからない作り物目いた美しさを持っている。それに加えて神父のリストに載っているのだから男かと思われても仕方がなかった。
「綺麗な人だな。女の神官さんなんて珍しいし、この人にしてもらうか?」
「うん!私、この人に誓約したい!」
呑気にそんな会話をする2人に浜田は内心でがっかりと首を垂れた。もちろん顔には出さない。眉が動くくらいは許容範囲内だろう。
「畏まりました。ただし、もうお一方お選び頂けますでしょうか」
「え、如何してですか?」
「この方は大変お忙しい方で、現在、日本におられるか如何かも…お越しいただけない可能性がとても高く、徳も高い方ですので料金の方も高くなります」
「あー、お忙しい方なんですか…けど、料金は気にしないでください。この方でお願いします」
もう一人は式場で勝手に決めてくれと言う新郎にお前の結婚式だろうと内心驚きつつも恭しく頭を下げる。それから幾つかの書類を渡して今日の業務は終了となった。
仕事終わり、同僚の金尾と職場近くの居酒屋で飲みつつ、浜田は今日のことを話していた。
「と言うわけで、今日担当した3組中3組が、彼の方を希望したのよ、あり得なくない?」
「まあ、彼の方は目立つしねぇ…けどさぁ、言うときにいくら写真とはいえ指刺されるのは慣れないわ、彼の方を指差したとか、もし知れれば…って考えちゃうもん」
「そうよね!私もよ!本当に怖かったんだから!彼の方は温厚なんだけどなぁ」
「周囲がねぇ」
そう言って二人同時にため息を着く。もうこの会話はお決まりの沈黙破りの文句になっていた。
「しっかし、人気だねぇ。まあ、お互い頑張ろうよ、彼の方との連絡を」
「もぉ…いやっ!とってるわよ?!私!連絡!!けど、ぜーんぜん!繋がらないのよ!今彼の方どこにいるの?!」
「そんなの私も知らないわよ…けど、そうねぇ。最後に目撃されたのは……インドだったかしら?ゲルマンだったかしら?」
「ゲルマン?それ国じゃないわよね…?」
「民族ね。あそこには北欧神話っていうのがあるのよ。そこの方に会いに行っていたって噂があるわ」
「…相変わらずおモテになるのね…」
金尾は神父との契約管理を主に担当している。普通、契約した神父は事故などで無い限り急に破棄などはされないので、彼女の仕事の大半は例の神官の足取りを追うことだ。
浜田は頭を抱えながらカシスアップルを煽った。2人ともビールはあまり好まず、カクテルや酎ハイを主に飲む。悪酔いはしないが、酒を飲むと口が緩む。
「今、彼の方何人とおつき合いしているの?」
「あらあら、結構な言いようねぇ…それじゃあ、何股もかける酷い女のようだわ、聖女なのに」
「聖女じゃないわ、神官よ?」
「そうそう、聖女らしい性格ではあるけれど、移り気が速すぎる…」
その上に、周囲への注意も散漫になるものだ。
ギギギと油の刺されていないロボットのような動きで浜田が、あらぁ、と余裕のある顔で金尾が急に会話に入って来た声の方に顔を向ける。
そこにはこの世のものとは思えない美貌を優しい笑顔で彩った不思議な色合いの髪と目を持つ女が凛と背を伸ばして立っていた。
「ぎゃ、ぎゃぁあぁあああ!?!?せせせ、聖女様?!」
「あんたが聖女って呼んでるじゃない…」
「うふふ、呼び方なんてなんでもいいわよ?それより、ご一緒してもいいですか?」
「ご、ごごごご一緒ですかっ?!?!えええ、ど、どうする金尾!」
「もちろんいいですよぉ。こんなところでよろしければですが」
「ありがとう、嬉しいわぁ」
急な申し出に、寧ろ急な登場に焦る浜田を置いて金尾に席を勧められた女はにこにこと嬉しそうに席についた。
「あ、ユウちゃん、ユウちゃんも一緒に飲むでしょ?」
「…嫌味ですか?」
メニューを広げてお酒を選び始めた女からそれを取り上げ、疲れたような顔でため息を着くのは女の影のようにそっと佇んでいた少年。見るからに小学校卒業したてくらいに幼い外見に酒を勧めるのは確かに嫌味に取れなくも無い。しかし、女は心外そうに頬を膨らませた。
「ユウちゃんノリ悪いわぁ。常世じゃ、ガポガポ飲むじゃ無い」
「変な擬音使わないでください。あと、あなたもあちら以外での飲食は禁じられているはずです」
「私もたまには現世のご飯が食べたいのー!」
「なりません、いけません。絶対にダメです」
ぷー、とはち切れんばかりに頬を膨らませて怒りを表す女だがその目が涙目になっている。恐らく怒っているというよりはショックなのだろう。今日は本当に食べれると思ったのかもしれない。けれど、そんな女をユウと呼ばれた少年は呆れた目で見返す。
「子供ですか。大体、こちらで何かを召し上がられれば、今度あちらに行ったときにどうなるか…お忘れではないでしょう?」
「ひぅ…忘れては、いないのだけれど…」
「…私が怒られるんですよ?」
「わ、私も怒られるわ!何ならあなたよりーー」
ユウの言いように女が涙目で返しかけるがそんなことは御構い無しとばかりに吐かれた大きなため息によって遮られる。
「あなたは自業自得でしょう?」
「…わかりました、もういいわ…。それで、浜田さん?私に何か御用?」
一通りユウとの攻防を終え諦めた女は結局やってきた店員にお冷すら頼まず、浜田に向かって問いかけた。曖昧な、全ての色を少しずつ混ぜ合わせたような見る角度によって色の変わる大きな目に見られ、浜田は落ち着いてきた気持ちをまた別の意味でざわめかせた。同色の髪も合間って女の神秘性と言ったら宅筆し難いものがある。女でも見惚れてしまうほどに完成された美に無駄に心拍数が跳ね上がる。
「えっと、あの…せ…こほん、神野様は来日されていたんですね…?」
言葉が出ず、なぜ急に用件を聞かれたのか思い当たることもできずにそう呟く。何とか聖女と呼ばずに済んだのは、ふと女…神野の名を思い出したからだ。神野は先に行った通り呼び名にこだわりは無いのでそこを気にすることもなく、少し首を傾げて腰まで届く髪を揺らしながらにこりと微笑んだ。
「ええ。だって、金尾さん以外からの連絡って現世では久し振りだったの。だから、さっき来たのよ?」
何てこと無いように告げられた内容に浜田は思わず目を見張る。それはつまり、浜田が何度もいれた着信通知を見てわざわざ会いに来てくれたということだ。まず覚えられていたこと自体が幸福なのにこんなに幸せなことも無い、と無神教のはずの浜田は浮かれながら考えた。
実際には、神野の全てを管理するユウが浜田からの連絡を確認したのだが。さりげなく連絡を基本無視していると言われた金尾は苦い顔をしていた。
「実は、神野様を希望する新婚夫婦が多く、誓約の神父役を頼みたいのです」
「ああ、なんだ。そんなこと…んー、ユウちゃん、どれくらい時間取れるかしら?」
浜田が要件を言うと神野は軽く答えたがユウはかなり渋い顔をした。嫌そうな、少し困ったような顔だ。その理由に思い当たった金尾は心の中でユウに同情する。ユウは神野の全てを管理する。それはつまり、禁忌の多い彼女が不満をため過ぎないように適度に発散させる仕事でもある。今度のことにしても、人が好きな神野は誓約をしたいと思っているだろう。ユウ的には、そんなことにかける時間は無駄以外の何物でも無いので苦い顔になるのだ。実際、浜田達の式場と契約しているのは彼女の我儘からだった。
「一組だけなら認めましょう。但し、祝福するに値する者に限ります」
「なら、面会の必要があるかしら?!」
「……」
目をキラキラさせて喜ぶ神野にユウは何処からともなく取り出したメモ帳を開いた。全員を祝福に値しないと判断して今回は全て断る流れに持って行きたかったのだが、如何せん、先ほど食べることを止めたばかりである。食べ物の恨みは恐ろしい、今ばかりは強く出ることができず、渋々ユウは面会後一件だけ引き受けることにした。
「次回は伊邪那美命様ですので、冥土の土産といたしましょう」
冥土と言うよりは黄泉ですが、と口の中で転がすユウに神野が抱きつく。
「やったぁ!もう、ユウちゃん大好きよぉ!」
「…。はいはい、わかりましたから離れなさい」
二人がいちゃつく様を浜田は苦笑しつつ金尾は意外そうな顔で見つめる。他の客は神野の美貌と不思議な色と、冥土の土産と言う言葉に困惑しているようだ。
その後、面会の日取りなどを決めた四人は何も食べられない神野に気を使ってーーちなみに禁忌などほとんどないユウは半泣きの神野の隣でもぐもぐと好きなだけ飲食をしていたー一時間ほどで店を出た。終始泣き出しそうだった神野はずっと気を使ってくれていた浜田に懐き、ユウと金尾をそっちのけで甘えている。食べ物を恵まれたときは即座にユウに取り上げられているが楽しそうな様子にユウを含む全員かホッとした。
「あなたも大変ね、夕星様?」
少しの笑と多分の同情を孕んだ声にユウが振り返る。声をかけてきた金尾を目を細めて見据えて、なぜ、と問いかけた。
「彼女は気づいてくれないでしょう」
「……」
「独り占めできない神子は、悲しいわねぇ」
「…そうですね」
暫し警戒するように金尾を見ていたユウは不意にはぁと息を吐いて自嘲気味に笑った。
「独り占めどころか、私では彼女を所有する一人にすらなれません」
どんなに管理しようとも、誰よりも彼女のことを知り、長く共にいようとも、彼女は自分のものには絶対にならない。それは、あちらで決められたルール、彼女は常に、『カミサマ』達のもので、彼女自身のものですらない。
そんな彼女に焦がれた自分が悪いのだ。欲しいと思った自分が悪いのだ。けれど、どれだけ後悔しようとも、ユウは、夕暮れに、少しの間だけ輝く星の守護者は彼女を諦められない。
神ですらない故に、彼女に触れることができないのなら、彼女の全てを掌握したい。
彼女の管理を誰にするかで争っていた神々の間に巧みに入り、見事その権利を得て、何千年。
ユウはとっくに彼女の生理現象から心理状態まで全てを掌握、管理できるようになっていた。
「虚しさは消えません」
ユウは楽しげに笑う神野を慈しむ目で見つめる。
神野が名にこだわらないのは、彼女のそれが数多くあるからだ。数多の神に授けられた名を持つ彼女はもはや自分が元々は何で有ったかなど微塵も覚えていない。
だからこそ、ユウは彼女の名を呼ばない。
「けれど…彼女は、今や息をする許可さえ、声を出す許可さえ私に求めるのです。だから…今しばらくは、我慢しましょう」
「…そう」
黒いものが浮かぶ危険な笑い顔を横目でみた金尾はくすりと笑ってから相槌を打つ。
「なら、私ももう暫くは二人を見守っていようかしらぁ」
「お好きにどうぞ、神懸かり様」
「あら、ただの神殺しよ、私は」
コロコロと笑う金尾にユウも笑顔を向ける。
こうして、夜が更ける。現世でも、常世でも。
軽い説明を…
神野
昔は人間だったものの、十代の半ばに初めて神に見初められて常世に拉致監禁される。以来、神に好かれやすくなる。純真無垢で、素直な性格ながら長く生かされてきた経験からただ単純なだけの思考はできない。独占欲の強い神々のために多くの禁忌に縛られる生活をしている。ユウのことは誰よりも信頼できるとは思いつつ、それ以上には少しも思っていない。
ユウ
神に監禁された神野に惚れた哀れな守護者。各星につけられた数多いる、常世の凡人。神達の独占欲が起こした争いを収めるためと言う名目で神野の管理を請け負うこととなる。策略家で腹黒く、しかし一途にピュアな恋心を持ち続ける歪な人物。神以上の独占欲を持ち、神野を毎朝ユウからの声かけ無しには起きられず、許可なしにはその日の呼吸すら躊躇い、声を出すことは愚か目に、耳にユウ以外の何かを入れることすらできないように調教している。すっかりそれも済んで、最近はそれなりに満たされた想いを抱いている。
金尾
嘗てある星の守護者の恋人を持っていた元人間。恋人を見初めた醜悪な女神から恋人を守り、その際に斧でその神を真っ二つに分けている。神殺しとなり死ねなくなった彼女は彼女に恐れた恋人の元を離れ、金尾と偽名を作り人として現世で、神懸かりを繰り返して生きている。神野との連絡係をしているのは常世に連絡することができるから、自己申告でその役についた。
浜田
この作品唯一の凡人。非の打ち所がない凡人。人間としては脳のスペックは高めだけれども如何せん凡人。