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第十三話●奔流

 かくして、私と執事と姫君は馬車に揺られていた。


「あーあ退屈ですわぁ」


 姫から暢気な欠伸ともぼやきともつかない声が漏れる。

 そう思うなら会場に留まっていれば良かったのではないかと思う。

 そこまで、誰かをもてなすことが嫌なのだろうか。立場上、最も必要そうな技能に思えるのだけど。


 何かを言う前に、周りが動いてくれる生活を送っていれば、こんな風になってしまうのかしらと彼女を見て思った。必然的に、彼女にとっての会話とは、周りからしてくれるものなのだろう。


 景色は、奥まった森の中へと変わっていた。既に舗装された道ではない。最近見たような気もする。さすがに幾度か訪れただけで木々の風景に見分けが付くとは思えないが、道の感じがどことなくそう思わせた。


「どこへ連れていく気?」

「汚らわしい声で話しかけるな……この場で死にたいのでなければな」


 執事は冷たく遮る。

 その場は仕方なく、黙っていた。


 彼らは何を急いでいるのか。

 予定が狂ったようだが、そもそもなんの予定なのか。

 王を探すにしては、忌み嫌っている私まで連れて行くのはおかしい。何かを企んでいるとでもいうのだろうか。


 ただ、もう一度彼に会って、一言伝えたかっただけだというのに。

 悉く執事には邪魔をされる運命のようだ。

 ここ数日で何度こう思ったことか、私はどうなってしまうのだろう、と。


 目的地へは、意外と早く訪れた。

 舗装されていない道の中、馬車が通るには狭くなったところで止まる。

 その先はやや上り勾配の細い通路。そのすぐ先には見覚えのある建造物。

 驚いたことに、神塔だった。


「ここは……」


 見れば分かるのだが思わず呟く。それは何処なのかを尋ねたのではなく、なぜ此処なのかという気持ちであった。

 私は訝しんで、執事らを伺い見る。

 執事の鬼気迫る態度とは別に、姫は暢気な態度で肩を並べている。

 まるで怖いものなど何もないように。


 なぜこんな所へやってきたのだろう、それも私だけでなく姫も連れて。

 皆が慣れた風に建物の中へ入って行く。

 ここは滅多なことでは、人が近付いて良い場所ではなかった筈だった。


「ねえ、おまえ。私は、もうこんなしみったれた場所での会談には飽きました。どこか美味しい食事をしつつ景色を眺めながら話の出来る場所などはないの?」

「姫、もう少々の我慢でございます。ささ、こちらに」


 悪びれない姫の問題発言に、それに苛ついてはいるようだがどうせ聞き入れないと諦めているのか、執事が行動を促す。


「会場から料理を運んできておくれ。良い果実酒も忘れないように」

「そんな時間はございません」


 先ほどから思っていたが、執事の姫への態度は謙ってはいない。執事の方が仕切っている。

 彼女は世間知らずの我侭に育てられただけの娘の立場であり、執事はそれを甘言にて利用しようとしているのだろうか。


 私達が会場を出る前も、この姫の父が重要であるような物言いだったように思う。

 先日執事が言っていた、向こう大陸との重要な取引相手なのは明白だ。姫へ折り目正しく接しているのも、父君の機嫌を損なうまいとしてなのだろう。

 そんな二人の様子を注意深く見守りながらも、彼らに付いて歩みを進める。


「もう、何週間こんな所に閉じこもって、話ばっかりしてなければならないのよ」

「姫っ!」


 執事が鋭く姫の言葉を制した。


「いいじゃないの、どうせ生きて返すわけではないのでしょ?」


 物騒な言葉を平然と言ってのける。

 彼女は言いくるめられているのではないと確定した。


「そういう問題ではありませぬ。壁に耳あり、ですぞ」


 彼らは、誰憚ることなく近況を語り合っている。

 公式には、先週には国へ到着しているらしい。そういえば、大きな貨物船が幾つか停泊していた。あれの一つがこの姫の父のものだろう。


 しかし、それがこんな森の奥地、国の関係者しか踏み入れることの出来ない塔へ出入りしている。不信感が急速に心を覆い始める。

 姫の不遜な態度もそうだが、執事の方へも「王と国の未来を心配して姫との縁談を進めるために出会いを演出したり尽力しているのでは」、などという前向きな線は完全になくなった。

 何の集まりなのか分からないが、尋常ではない。


「でも彼女、私達が話している間、あの場にいたわよ」

「なに、本当か!?」


 彼らの会話を慎重に聞き入っていると、不意に話が私にも及んだ。

 執事は、また怒りを露わに私を見下す。


 私は、無言でいた。

 意味も状況も理解できないが、下手なことは言えない。

 何を言うこともないけれど……特に、この男には。


 執事は、自らが仕えるべき王を裏切ったというの?

 幼い頃、いえ、先王からの付き合いでしょうに。どうしてそんな真似が出来るの?

 手に余る状況に、胸には沸々と苦い怒りや悲しみが混沌として広がっていく。悲しみは、裏切られたと知った彼の気持ちを思ってのものだ。


「まあ、いい。答えなど聞いても仕方がないからな……」


 彼は蔑むように私を睨むと、細い体をせかせかと動かしながら、見覚えのある青銅の扉を開いた。

 私も従者の一人に腕を掴まれると、小突かれながら塔内へと押し込まれる。

 薄暗い祭壇への通路を、先頭に立つ姫は慣れた自分の部屋を歩くようにしっかりとした足取りで進んでいた。


 祭壇前の低い階段を上って、その背に回ると、天上世界を描いた大きな石のレリーフの前に、姫が立ち止まる。

 執事が恭しく前を通り飾り板の一部をぐいと押すと、四角い穴がぽっかりと空いた。

 隠し扉……そんなものがあったなんて……。

 ごくり、喉が鳴った。


「くくく……今さら怯えているのか? 怖い者知らずのお嬢さん」


 執事は姫を先に通すと、私を後ろから蹴飛ばした。


「だが、もう逃げられんよ」


 執事はそう言うと、どこかへ去っていった。きっと会場も気がかりなのだろう。予定がどうのと言っていたので他にもあるかもしれないが、それは今の私に知る由もない。


 部屋の中は、外の荘厳さとは別の趣がある。ベッドと書き物机に小さな木の台程度の狭い部屋。古めかしい木造の質素な部屋だった。従者は外を見張るようで、机にカンテラを置いて部屋を出ると、私と姫だけ残して隠し扉の戸を閉める。

 元々は神に仕える神師(しんし)がここで生活していたのだろう。だが、生活感があるのはそれだけの為ではないようだ。


 地味な部屋に、ベッドだけが異様な派手さで彩られている。

 木枠はレースやら飾りの布がゴテゴテと巻かれ、上掛けには、金の糸で全面に薔薇の刺繍が施されている。


 楽な姿勢でいられると腕を伸ばした姫は、ソファのように改造されたベッドへ沈むように腰を下ろしている。そこへは背もたれ用にクッションが山のように積まれていた。

 こんなものを持ち込んでいるくらいだ。あの会場の趣味の悪さも、この女の為ならば想像が付く。


 先程、先週から云々と話していたが、他にも荷物が詰められている木箱が隅に、幾つも積み上げてある。ここを彼等は、いつから利用しているのだろうか。住んでいるわけではないようだが、ここ数週間前から潜んでいた程度には思えなかった。

 何のために、こんなことをしているのだろうか。


 ともかく、私と王が二人でここを訪れたときに、執事がその事を知っていたのは、ただ尾行していたわけではなかった。

 姫が私達を見たと言っていたから、そもそもこの場所へ居たのだろう。

 周りの壁を見渡す限りでは、覗き穴のようなものは見当たらないけれど、どこかにあるのでしょうね。


 初めから余所者が迷い込むのを毛嫌いといって良いほど嫌っていた理由も、今ならなんとなく察しが付く。

 彼等はここで、何かしらの取引をしているに違いない。

 それも、この国にとって良からぬ事だ。

 ひいては、王のためにならぬ事だ。


 何かを誓うには打ってつけの場所だろう。私は心を奮い立たせるべく強く誓っていた。何が出来るのかは分からないが、この秘密を暴けるのなら、私は死んだって構わない。

 それで、彼が幸せでいられるのなら。

 彼の国が安泰であるのなら。




 改めて現状を確かめる。

 この狭い部屋に、監視付きで閉じ込められた状況。分が悪そうにも思えるが、力仕事などしたことのなさそうな目の前の姫君と比べれば、私の方がまだ力もあるだろう。

 外にお目付け役がいるとはいえ、無用心ではないかと少し呆れる。


 しかしこの機会を逃す手は無い。別に、人質にとって逃げおおせられるなどとは考えていなかった。体格差はほぼない。思うに、この姫君は、姫といっても、恐ろしさに身が縮んでしまうような類の心根の持ち主ではないだろう。


 後ろから羽交い絞めしたところで、全身で暴れられれば意外と動きを押さえ込むことは難しい。

 騒げばすぐに従者は駆け込んでくるだろうし。それに、部屋の仕組みも分からない。外からしか開閉出来ないのか、内からも出来るのか。

 一通り考えたところで、結局は、できるだけ話をしてみようかと無難なところに落ち着いた。


「ねえ、お前、私はこんな地獄のような部屋にいて死ぬほど退屈しているの。今日一日、芸でもやってちょうだいな。そうすれば、少しは生きながらえてよ」


 どうにか話を切り出そうとしたところで、丁度良いことに姫からの要請だ。

 芸か。そんな技術は持ち合わせていないけれど、細工道具などの小道具で適当にごまかせるかしらと道具袋へ手を伸ばし気付く。そうだった、今は旅人の衣装を脱ぎ捨てていたのだ。

 しかたなく、まずは穏便に姫君を煽ててみることにした。


「普段の姫君が、どのように華やかな生活を送っておられるか興味があります」

「ハン、おべんちゃらなど結構よ。聞き飽きてるの」


 悪巧みへの反応は一級のようだ。

 では素直に行くしかない。


「執事と、あなたのお父様は何か大きな……商売をされてるようですけど、あなたはご存知なの?」


 彼女は、あくまで父の言うとおりにしているのでしょうという風に話す。


「ねえ、つまらない事を言わないで頂戴。目の前の状況を見てそう思うのなら興醒めね」


 別に私が関係あろうとなかろうと些細なことでしょと、その態度は告げていた。


「そんなことより、見てたわよ。ここでのあなたと王様の秘密の逢瀬」


 そう言った姫の真っ赤に塗られた唇の両端が大きく吊り上げられ、細めた目から不気味な輝きが発せられる。本性を体現したように醜悪な笑いだった。


「それにしても残念だったわねえ。会場で私が許婚と発表された時のあなたの反応も見てみたかったのだけど。まさか主役がみんな遅刻なんてね」


 さして、残念でもなさそうに姫は話している。

 彼女から話してくれるなら、それはそれで楽だと畏まって聞いていたが、私は表情に出易いのだというのを忘れがちだった。


「フフ、悔しいみたいね。顔なんかしかめちゃって。でも駄目よ、王は私のもの」


 私の気持ちとは逆に、姫はご機嫌のようだ。

 人をなぶって楽しむ人の気持ちなど理解できない。

 思わず、私も聞いていた。


「小さい頃からの付き合いだって聞きました。ずっと彼の事を想ってらしたの?」


 途端に、盛大に噴き出すと腹を抱えて大笑いする姫の姿に、言葉を失う。さも面白いというようでいて、動きはわざとらしかった。


「アッハハハ、あんな面白みのない男。権威が無ければ誰が相手にするのよ」


 でも真面目で便利そうよね、と付け加えさえした。

 ただの言葉なのに、殴られたようだった。

 私は怒りで青褪めているだろう。爪が手の平に食い込むのも構わず拳を握りこんで耐えていた。今のところはまだ。


「この国の王と結婚してしまえば、内政にも口出ししやすくなるでしょう?」


 彼女の言い方に含みが入る。


「あなたの反応っていいわね。そういう見苦しい顔が見れたのだから、この結婚話もなかなか面白くなったわ」


 舌なめずりする様に、私の反応を楽しんで、さらに獲物をいたぶろうと話を続ける。


「彼はなかなか許嫁というものを認めなかったの。だから、ね? 病床の父王にちょっとばかりお願いしたのよ……意識があったのかはわからないけどね、フフッ」


 彼女はさも可笑しい光景だったと言うように、笑い出した。

 だが、私の目の前のその様は恐ろしいなんてものではなかった。

 寒気がする。こんな人達に、前王は、弱ったところを誑かされていたのだ。


 悔しい……我が身のことのように更なる怒りが沸き体を覆う。

 こんな事が許される筈はない。


 なんて傲慢なの。きっと生まれたときから、甘やかされて育ったんだわ。善悪の判断もつかないなんて。

 それとも、分かっていてこうなのだろうか……。


「あなたのお父様も、こんな醜悪な事を考えてらっしゃるの?」


 つい感情のままの言葉をぶつけていたる

 姫の高笑いに、私の言葉はかき消される。


「……フフ。あら、何か羽虫を潰したような声が聞こえたわね」


 おぞましい言葉に、心底軽蔑の目を向けた。怯むことなく声を上げる。


「あなたのお父様も、このような素晴らしいほど醜悪な娘の姿を喜んでらっしゃるのかと聞いたの。お会いしたこともないけど、あまりに不憫だわ」


 私は来たときと同じ場所に立ち尽くしたまま、精一杯彼女を非難した。

 筋金入りの冷酷な人間に通ずるかは祈るしかなかったが、下に見ている人間から蔑まれるなど、この傲慢な女なら耐えられない筈だ。


「なんですって……気付いてる? 無様な顔をしてるのは、あなたなのよ」


 口では私を罵倒しつつも、一瞬で感情が抜け落ちたように顔色が変わった。


「少し、口が過ぎるようね」


 彼女も立ち上がった。

 つかつかと歩み寄る彼女を見て、平手が飛んでくると思っていた。しかも背筋を伸ばしたまま、避けられるなどとは微塵も考えないような堂々とした動きだ。


 平手打ちされるなら、一度は受けようと思っていた。そうすれば、気に病むことなくお返しも出来る。

 だが、次の行動に心から慄いた。彼女は机の上にあったカンテラに手を伸ばす。

 それが、私に向けて投げつけられるのを、呆然と眺めた。


 幸いにも投げられたカンテラは、とっさに体を捻った横を通り過ぎると壁へぶつかり砕けて落ちた。ドレスへの被害はひとまず避けられたが、柔らかい絨毯や、辺りを飾り立てていたレースに一瞬で火が広がる。

 消そうにも、ここは燃えやすいものが多すぎる!


「なんで避けるのよ!」


 信じられない。この状況に慌てるよりも、私に腹を立てている。

 たとえ私が避けずに燃えていたとしても、状況は同じだったろうに。狭い部屋なのだから。


 はっとして、扉へと飛びついた。

 姫に気を取られている場合ではない。


「だれかっ! ここを開けて!」


 扉へ手を伸ばしたが、何度押しても叩いても、扉は開かない。


「どうしたのよっ、早く開けなさいよっ!」


 ようやく危機を感じたのか、姫も癇癪を起こしたまま、ガンガン扉を殴り始めた。

 それで、私は途方にくれてしまった。やっぱり内側からでは開かないのだ。


 でも、おかしい、誰も見張りがいないなんて。

 それともこんなに叫んでも、声が届かないの?

 でも覗き穴があるはずなのに、声が届かないなら近くには居ないのだろう。外に居るなら、もっと大きな音をたてなければ!


「それなら……」


 近くにあった椅子を手に取ると、思い切り振りかざした。

 扉に向かって何度も叩き続ける。


「はあ、駄目だわ……ケホケホッ……」


 煙が充満してきた。排気はどうやら間に合っていない。

 私は、ここで焼け死んでしまうのだろうか。

 目の前が翳んできた。この感じは記憶にある。息が苦しい。焼けるより窒息死かもしれない。


 そう思った時、目の前の扉は開いた。

 突然大きく開かれたので、私と姫は転がり出る格好となる。

 目の前には、やはり……。

 咳き込みながらも、目を離せなかった。


「なんてことだ、今すぐ治療する!」

「ああ……やっと、会えた……ゲホッ……」


 愛するその人、王は周囲に指示し、私を抱えるとすぐさまその場を去ろうと立ち上がった。

 連れ出す彼の襟元に、私はすがっていた。


「部屋が燃えてるの……お願い、助けて……この神塔を、無くしてしまわないで……」


 他の兵達が部屋の中を見て慌しく消火の指示を出し対処を始めた。怒声が響き、忙しく走り回っている。


「ああ、わかってる。だから、今は黙って……」


 彼の私を抱く腕に、力が込められた。

 出会ったときと同じようだと、感じていた。


 そうだわ、安心して彼にすべてを任せていればいい。

 私は、緊張の糸が途切れ、眠りに落ちていった。



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